2024年10月31日 12:21 ITmedia NEWS
記者という仕事をしていると、日々さまざまなニュースの“ネタ”が舞い込んでくる。すでに大手が報じているもの、まだ誰も見つけていないもの、あまり面白くないものと種々だが、最近よく見かけるのは“あざといもの”だ。
メディアやSNS受けを狙ったものと言い換えてもいい。あえて過激なことや奇特な発言をし、SNSで注目を集める。数字が集まるとメディアが注目するので取材に来る。取材の場で詳しい情報を出し、さらに耳目を集める──そういう“メディアとの共犯関係”を狙った話題のことだ。
これを、資金調達直後のスタートアップでよく見かけるようになった。確かに合理的だ。大きなニュースがあったタイミングで、noteなりオウンドメディアで過激な発言をする。そこで注目を集め、起業家や投資家の間で話題を起こす。そうするとメディアが寄ってくるので、そこで発信し、一般向けにも話題にする。掲載実績もバッチリ、広告費も浮く。
最近だと、飲食店向けのモバイルオーダーサービスなどを手掛けるダイニー(東京都港区)が目立った。同社の山田真央CEOは9月、74億6000万円の資金調達を発表すると同時に、自身のnoteで「『1塁打』を狙う日本のVCに、存在価値はあるのだろうか?」というタイトルの記事を公開した。
内容は目先の数字を追う国内のVC(ベンチャーキャピタル)やスタートアップエコシステムを批判するもの。併せて、同社が外食産業向けサービスに取り組む理由などを紹介していた。
ダイニーによる9月の資金調達は、海外のVCからのみの調達だったこともあり、投資家や起業家など“スタートアップ界隈”はしばらくこの話題で持ち切りに。SNSでもさまざまな議論の火種になった。
生き馬の目を抜くスタートアップ業界において、使えるものは使うべきという考えは当たり前だろう。とはいえ過激な情報発信は、転じて周囲の不信感や嫌悪感も買いかねない。ある意味でリスキーで覚悟がいるやり方だと思うし、同じく情報の発信者として思うことがないでもない。
そこで今回は、ここまで話したような情報発信の背景や戦略について、スタートアップに直接意見や疑問をぶつけてみた。相手は先述したダイニー山田CEOと、同社広報の根岸紗菜さん。全て素直に答えてもらえたわけではないだろうが、その回答からはスタートアップによるクレバーな広報戦略の一端がうかがえた。
●あの記事どこまでマジなんですか? 率直に聞いてみた
──まず率直にお伺いしますが、noteの内容はどこまで本気なんでしょうか?
山田CEO:2000%本気です。各省庁が出しているホワイトペーパーなどを見てもらえれば分かりますが、(日本の)貿易赤字が広がってきています。
自動車産業がなんとかけん引していますが、肝心なエネルギーは輸入頼みですし、日本人が得意だったはずのサービス産業自体も厳しい状況で、いわゆる知的サービス産業といわれるIT・コンサルティングはほぼ外国からの輸入に頼っている状態です。かつて栄華をほこった経済大国日本が沈んで行ってしまうんだろう、というのは、世の中一般でいわれていることですし、数字を見ると手に汗握るほど危ないと感じています。
そうすると、僕らの子どもや孫の世代が苦しい思いをするのだろうな、というのが目に見えています。日本人は勤勉ですが、それが格安の労働力として未来が見えていて、それが嫌だなと思いました。それを避けるためには日本人全員がイノベーションを起こし、資本主義を戦っていくしかないな──と思い、(noteのような)発信をしました。
──いまお伺いした内容と、山田さんが発信していた内容は少し遠いような気もします。noteにあったようなエコシステムへの投げかけと、日本経済についての懸念はどうつながるのでしょうか
山田CEO:2013年のスタートアップエコシステムで回っていたお金がだいたい2000億~2200億円くらいです。そこから、VCは最低でもその3倍くらいを自分の取り分にしなければいけないわけです。つまり23年には6000億~6600億円くらいにする必要がありました。
しかし計算してみると、上場したスタートアップが60社くらい、平均時価総額が170億円程度で、だいたい1兆円くらい。VCの取り分が50%だとして、5000億円くらいにしかなっていません。最低限を割ってしまっているのが現状です。
直近のファンド組成を見ると、2022年度は6000億~7000億円くらい。ということは、10年後には3兆6000億円まで伸ばし、1兆8000億円を作らなければいけません。
しかし、それを本当に作れるんでしょうか? 10年後に上場する会社の時価総額を全部足した際に、本当に3兆6000億円になっているかと問われると、結構難しい状況だと思います。もちろんダイニー単体で3兆6000億円くらい大きな金額でのIPOをしたいと考えていますが。
しかも、日本に存在する優秀な人材は数が限られます。3兆6000億円はリソースを分散していては実現できない規模感です。だからスタートアップ全体の未来を考えると、どこかに人材やお金を集中すべきだと思っています。いずれにせよオールジャパンで挑まなければいけない。
じゃあ「どこにリソースを集中しますか?」となったときに、ダイニーだとうれしいな、という。
──なるほど。ゆえに「ホームラン狙い」を強調していたと。ちなみに、note記事内では「海外はホームラン狙い」「日本は一塁打狙い」としていましたが、この差にはいつどのように気付いたのでしょうか
山田CEO:2023年に、NotionやAirbnb、Stripe、Toastといった米国企業の経営層と直接話をしました。会話をしてみると「なんで日本人は日本だけで動いているんだろう」など、自分も含めそもそも視座が違うことに気付き、強烈に反省しました。
実際に資金調達を開始してからも、50社くらいのグローバル投資家と話をしたのですが、「あなたはホームランを打てますか」というコミュニケーションも多く、彼らは本当にホームランを探していると感じました。
日本の投資家からは(同様の質問を)されたことがありません。「ペイバックどれくらいですか?」「KPIどのくらいですか?」「何年くらいに東証でIPOしますか」など、目先の話が多かったなという印象で、そういった経験を通した違和感がありました。
──一方で後日、記事について「採用の加速が狙いだった」との“ネタばらし”もありました。効果のほどはいかがでしたか?
山田CEO:応募の数は前月までの平均で約10倍になりました。
──人材採用に当たっては他にもさまざまな手段があったかと思いますが、今回のような一手を選んだ理由は
山田CEO:採用面で言えば「日本のスタートアップ界隈を憂いていて、一定の実績を持ったうえで、VCと対等にコミュニケーションできるスタートアップ」というポジションががら空きだったので、そこを取りに行きたかった、というのはありますね。
「エンジニアリングの強い会社」「セールスの強い会社」とかは無限に挙がるんですが、このポジションはがら空きだったので、オンリーワンになれるな、と。
──なるほど。ビジネス、特にスタートアップにおいて本音と建前が混在するのは当たり前とは承知の上で、いち記者としては、本来の目的を隠して“あおり”を含んだコンテンツを発信するのは、情報の受け手に対してあまり誠実でないというか、さまざまな意味でリスキーなコミュニケーションとも感じます。山田さんが今回のような情報発信をしようと考え至った経緯を教えてください
山田CEO:自分の中では、本音と建前というより“先行指標と結果指標”みたいな分け方をしていました。採用は数字は先行指標として見ていただけで、結果指標は日本からホームランを出すことにあります。
世界で“場外ホームラン”を打っている会社は、プライベートエクイティの状態で1000億円規模の資金調達をしています。上場のタイミングではさらに1000億、2000億と調達します。これだけのお金があると、産業は変わります。一方で日本の場合はIPO時の時価総額の平均がだいたい170億円くらい。資金調達も16億円程度です。これで産業の変化は起こりません。
同じように革命を起こそうとしている人がいて、世界では高い値段が付くのに、方や日本はこれだけです。VCも期待値170億円なので低い企業価値しかつけないし、低額の投資しかしないゲームになってしまっています。
(業界が)こういったデッドロックに陥っているので、誰かが声を上げないと変わらないなと思いがありました。ただ、これは数カ月では確認できません。5年、10年単位で見ないと、効果があったかは確かめられません。
──具体的に、スタートアップやそれを巡るエコシステムをどのように変えたいと?
山田CEO:僕が考えた結論は「黒船を連れてくる」ことです。不遜な言い方にはなりますが、日本のスタートアップエコシステムは、ダイニーという素晴らしい日本発スタートアップに対し、残念ながら投資の機会を逸してしまいました。
ダイニーがどれだけもうかっても、日本のVCはさほどもうからない──という構造を意図して作りました。こういう構図を作ることで「“170億プレイ”をしていたらいい会社に投資できない」と、日本のVCもようやく気付くだろう、と。
実は、問題はもう一つあります。スタートアップとVCの“主従関係”です。投資をしてもらう以上仕方ないですし、VCも「偉いのは起業家ですから」と言いますが、日本は投資家とスタートアップの数が釣り合っていないので、どうしても投資家の方が偉い構図になってしまいます。これは誰が悪い、というわけではないのですが。
とはいえ、この状態で声をあげられるのはスタートアップだけです。VCにとっては低いバリュエーションで投資できる、“安く買って高く売れる”良い状態なので、抜け出すことはできません。そう思って今回のような発信をしました。
──note内ではいわゆる“スタートアップ界隈”を指して「いやしくてつまらない『界隈意識』と、くだらない『同調圧力』を楽しんでいる」と批判していました。一方で、それを受けた起業家とのやりとりや、その他VC関係者の反応などは、これぞまさしく内輪な“スタートアップムラ”だったのでは、と思うところでもあります。山田様が意図したような“界隈”を発奮する効果は得られたのでしょうか
山田CEO:メジャーリーガーでも、野茂がいて、松井秀樹がいて、イチローがいて、そして世界のトッププレイヤー・大谷翔平が出てきたように、パイオニアがいて、そこからすごい人が続きました。同じように「こいつにもできた(から、自分にもできるだろう)」という見せ方はできたんじゃないかなと思います。他の起業家とあまりつながっていないので、SNS上での反応を見ただけ(の感想)ではあるのですが。
あとは、グローバルでは「非参加型」(非参加型優先株式:優先株式を有する株主が配当を受けた後、残余の分配額から配当を受けることができない形式。一般に起業家に有利とされる)が主流ですが、日本ではほぼそうではない「参加型」が主流で、投資家が優位になっています。
しかし、SNSでは(noteでの発信以降)、VCの人と思しきアカウントから「変えた方がいいんじゃないか」というコメントしている人もいたので、そういう意味でも一定の効果はあったかと思います。
──ちなみに社内含む関係者は、今回の発信をどの程度認知していたのでしょうか。投資家などに事前に説明はあったのでしょうか。10月16日には、日本から投資しているVC3社の一つ、Coral Capitalからはブログでの言及もありましたが
山田CEO:僕とPRチームは全部把握しており、既存の投資家3社には「あなたがたを非難しているわけじゃないけど、こういう声明を出すよ」とは共有していました。
──発信後、投資家からの反応はいかがでしたか
山田CEO:もともと似たようなことを言っているのは知られていたので、「頑張ろうね」と(笑)
──PR担当の根岸さんに質問です。今回のような発信をしたい、と山田さんが言い出したときの率直な感想を教えてください
根岸さん(以下敬称略):影響力のありそうな記事になりそうだったので、ネガティブなコメントは絶対にあると思っていました。そのネガティブなコメントを全体の何%に抑えるかが広報の役目と思ったので、そこは私もやり切ろうと考えました。
──具体的に何%に抑えようと、どんな工夫が行われたのでしょうか
根岸:実は記事自体も短期間にできたものではなく、書いていく中で最終的に何度かアップデートして今の形になっています。軸は全く変わっていませんが、言い回しや“言葉の強さ”を変えました。
ネガティブなコメントは、7~8%以下に抑えられればと考えていました。15%までいくと(批判的なコメントに)乗じてネガティブなコメントが増えてしまいますが、逆に少なければそうはなりません。全体感として「良いコメントが多いが、中には強い(批判の)コメントがある」というバランスになるよう見ていました。
──記事が出た後の感想は
根岸:前のめりに働いている方が情報のインプットに充てているであろう午前7時台に公開したのですが、(記事を)出してから30分くらいはずっと張り付いていました。こういう発信は初速が大事なので、緊張しました。
──いち記者の視点ではありますが、今回のダイニーの発信は、同様のPR施策の中でも成功例に属すると感じました。まねをしたいスタートアップは多いと思うのですが、振り返っての気付きや後続へのアドバイスはありますか
根岸:ダイニーはこれまで発信やメディア露出を全くできておらず、むしろ状況としては「この機会を逃すと、目立てるチャンスがない」という状況でした。私も広報3年目でペーペーなので、他社の発信を見て勉強しているんですが、それをベースに欲張ったのが今回のプラン……という感じです。
山田CEO:前提として自分たちのことはまだまだだと思っていますし、こんなレベル感のヤツが何を言っているんだとも思っています。その上で僕の目線から一つ言うとすれば、発信の全体的なデザイン・グランドデザインをできる人材や広報チームを固定することが奏功したのかと思います。あのnoteも単体で考えていたわけではなく、(数カ月程度の)流れで発信した一連のコンテンツのうちの一つだったので。
──山田さんはSNS(X)の発信も積極に行っていましたね
山田CEO:7月くらいから毎日SNSでの発信を始め、その後会社全体のリブランディングや、新しいプロダクトのリリースや資金調達の発表、note記事がありました。うまくいった理由はそこ(全体的なデザイン)なんじゃないかと思っています。
インタビューからは、単に過激なだけでないPR戦略と、山田CEOが“界隈”に発破をかけた背景が垣間見えた。とはいえ、ダイニーが投じた一石は大きい。果たして同社が“あざとさ”に見合う魅力を身に付けられるか──今後が見物だ。