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タワマン住民、隣地のタワマン建設に待った「眺望を阻害している」 “高さ”めぐる紛争、裁判所はどう判断してきた?

2024年10月31日 10:00  弁護士ドットコム

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名古屋市内にある42階建てタワーマンションの住民が、同タワマンを建てた住宅メーカーなどが隣地で建設を進めている39階建てのタワマンの30階以上の建設中止を求める訴訟がにわかに注目を集めている。


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日経クロステックの報道などによると、2014年に完成した42階建てのタワマンは高さ約152m、建設中のタワマンは高さ約136mで、42階建てタワマンは眺望が売りだった。原告の住民らは、販売担当者から「隣地に建物が建つとしても29階まで」などと聞かされていたようだ。



住宅メーカー側とのやり取りは不調に終わったため、工事中止を求める仮処分申し立てを経て(その後取り下げ)、差し止め訴訟を提起したという。



メーカー側は答弁書で、「マンション西側隣接地における建物建設計画は現在未決定。本マンションの周辺環境・景観・眺望及び日照条件に変化が生じる可能性がある」などと記載された書面を購入者と交わし、口頭で説明したと主張しているようだ。



過去には、マンション購入者の花火の観望を売主自身が別のマンションを建てて妨げたとして慰謝料が認められたケースなどもあったが、タワマン住民にとっての「眺望を妨害されない権利」とは法的にはどのように扱われているのだろうか。不動産トラブルに詳しい秋山直人弁護士に聞いた。



●眺望利益が保護されるかどうかはケースバイケース

──「眺望を妨害されない権利」は法的にはどのような位置づけでしょうか。



現在のところ、裁判例において、「眺望を妨害されない権利」が「権利」として確立しているとまではいえない状況です。



眺望に関する利益は、一定の場合には、民法709条(不法行為)において「権利」と並んで規定されている「法律上保護される利益」に該当すると解されています。



一定の場合とは、建物の所有者によるその建物からの眺望利益の享受が、主観的なものにとどまらず、社会観念上からも独自の利益として承認されるべき重要性を有するものと認められる場合(東京高裁昭和51年11月11日決定・判例タイムズ348号213頁)、などとされています。



一方、「大阪市大阪の中心部、都市計画法上の商業地域に位置し、建築基準法上の日影規制もなく、容積率は1000%とされている土地の上に立てられた居住用マンション」の事案について、眺望利益の享受が、社会通念上独自の利益として承認されるべき重要性を有しており、法的保護に値するものであったとは認められない、と否定している裁判例もあります(大阪地裁平成20年6月25日判決・判例タイムズ1287号192頁)。



大都市で、高層マンションや高層ビルが建つことが想定されている地域であることから、眺望利益の保護を否定したものです。



次に、裁判例は、眺望に関する利益が「法律上保護される利益」に該当する場合でも、眺望利益の侵害行為について違法性が認められるのは、「侵害行為が、具体的状況の下において、・・・行為者の自由な行動として一般的に是認しうる限度を超えて不当にこれを侵害するようなものである場合に限られる」(前記東京高裁昭和51年11月11日決定)と判示しています。



その趣旨としては、眺望利益の性質が、騒音や大気汚染、日照ほどには切実なものではないとの観点や、眺望利益を保護することで、周辺の土地の財産権に重大な制限を加えることになるとの観点から、違法性が認められるのは、侵害行為の態様や程度において社会的に容認された行為としての相当性を欠く場合に限られる、というものと解されます(景観利益に関する最高裁平成18年3月30日判決・判例タイムズ1209号87頁参照)。



●眺望利益に関する紛争、2つのタイプ

──今回のケースを理解するうえで参考となる裁判例はありますか。



眺望利益に関する紛争については、大きくは次の2つのタイプに分けられます。



(1)契約関係にない相手方が、建物所有者の有する既存の眺望利益を不法に侵害したと主張するタイプの紛争
(2)マンション販売業者とマンションを購入した顧客といった契約当事者間において、眺望利益に関する信頼違背が生じたことを理由として損害賠償等を求めるタイプの紛争



いずれについても複数の裁判例があり、前記東京高裁昭和51年11月11日決定などがリーディングケースとされていて、少数ですが建築差し止めを認めた裁判例もあります(横浜地裁小田原支部平成21年4月6日決定・判例時報2044号111頁など)。



今回のケースは、(2)のタイプの紛争に分類できます。



(2)のタイプの紛争では、たとえば、マンション購入の際に隅田川花火大会の花火をマンション室内から観覧できるという触れ込みのもとに当該マンションを分譲販売したマンション販売業者が、後に近くに別のマンションを建築して花火が見えなくなってしまったことについて、信義則上の義務違反を認めて、慰謝料合計60万円、弁護士費用6万円の支払を命じた裁判例(東京地裁平成18年12月8日判決・判例タイムズ1248号245頁)があります。



●差し止め請求「ハードル高い」→慰謝料決着の可能性「かなりある」

──今回のケースで、仮に「隣地に建物が建つとしても29階まで」と担当者が言っていた場合、あるいは約束の形にまでなっていた場合、その一点で差し止めが認められるようなことはあるのでしょうか。



前述(2)のタイプの紛争では、マンション販売業者等が、買主に対して、購入時にどのような説明をして、どのような期待を持たせたかという点が重要です。



仮に担当者が「隣地に建物が建つとしても29階まで」と多くの購入者に明言していたとの事実が証拠上認められるような場合には、信義則上の義務違反を認める重要な根拠になり得ます。



もっとも、通常、裁判所の判断は、諸般の事情を総合的に考慮してなされるので、その一点で差し止めが認められる可能性は低いと思われます。



仮に営業担当者がそのようなセールストークをしていたとしても、一方で重要事項説明書において、「本マンションの周辺環境・景観・眺望及び日照条件に変化が生じる可能性がある」などと記載して説明していた場合には、その点も考慮されると思われます。



そもそも、建築の差し止め請求は、仮に認められれば土地所有者の所有権に対する重大な制約となりますので、一般論として、そう簡単に認められるものではなく、ハードルは高いといえます。



仮に「隣地に建物が建つとしても29階まで」と担当者が言っていたという事実が認められたとしても、建築の差し止めまでは認められず、信義則上の義務違反による慰謝料等が認められるにとどまる、という可能性もかなりあるものと予想されます。



〔参考文献〕 「眺望を巡る法的紛争に係る裁判上の争点の検討」(弁護士伊藤茂昭ほか/判例タイムズ1186号4頁) 『隣地・隣家紛争 権利主張と対応のポイント』(弁護士川口誠ほか)




【取材協力弁護士】
秋山 直人(あきやま・なおと)弁護士
東京大学法学部卒業。2001年に弁護士登録。所属事務所は四谷にあり、不動産関連トラブルに特化して業務を行っている。不動産鑑定士・宅地建物取引士・マンション管理士・賃貸不動産経営管理士の資格を保有。
事務所名:秋山法律事務所
事務所URL:http://fudosan-lawyer-akiyama.com/