2024年10月31日 08:31 ITmedia NEWS
中国の青島大学などに所属する研究者らが発表した論文「Multi-omics landscape and molecular basis of radiation tolerance in a tardigrade」は、新種のクマムシを発見し、その放射線耐性のメカニズムを解明した研究報告である。
クマムシは体長1mmにも満たない8本足の生物で、極限環境での生存能力の高さから科学者たちの注目を集めている。特に放射線への耐性は驚異的で、人間の致死量の約1000倍もの放射線に耐えられる。これまでに約1500種が見つかっているが、その特性が詳しく研究されているのはほんのわずかだった。
今回研究チームは、中国河南省で苔のサンプルを採取し、そこから新種のクマムシを発見。この新種は「Hypsibius henanensis」と名付けられた。研究チームがこの新種のゲノムを解読したところ、1万4701個の遺伝子が存在すると分かり、そのうちの約30%がクマムシにしか見られない特殊な遺伝子であることが判明した。
研究チームはこのクマムシに、人間なら即死するレベルの放射線(200Gyと2000Gy)を照射する実験を行った。その結果、2801個の遺伝子が活性化することを発見した。これらの遺伝子は、放射線で損傷を受けたDNAの修復、細胞分裂の制御、免疫反応の調整などに関わっている。
特に注目されるのが「TRID1」と名付けられた遺伝子で、これは放射線によって切断されたDNAの修復を助ける特殊なタンパク質を呼び寄せる働きをすることが明らかになった。
さらに興味深いことに、クマムシは進化の過程で他の生物から遺伝子を取り込んできたこと(遺伝子の水平伝ぱ)も判明した。全遺伝子の0.5~3.1%がこのように獲得されたと推定される。
例えば、細菌から獲得したとみられる「DODA1」という遺伝子は、4種類の抗酸化物質(ベタライン色素)を作り出す。これらの物質は、放射線による細胞損傷の主な原因となる有害な活性物質の60~70%を無害化できる。研究チームがヒトの細胞にクマムシのベタライン色素を与えたところ、放射線への耐性が大幅に向上したという。
この発見は、宇宙飛行士の放射線防護や原子力発電所の事故処理、さらにはがん治療の改善など、幅広い分野での応用が期待されている。また、クマムシが持つ極限環境への耐性メカニズムを研究することで、ワクチンなどの医薬品の保存期限を延ばす技術の開発にもつながる可能性がある。
Source and Image Credits: Lei Li李磊 et al.,Multi-omics landscape and molecular basis of radiation tolerance in a ardigrade.Science386,eadl0799(2024).DOI:10.1126/science.adl0799
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2