2024年10月29日 10:20 弁護士ドットコム
1966年に静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害された事件で一旦死刑が確定した袴田巌さんの再審で、静岡地裁は9月26日、袴田さんの自白について「捜査機関の連携によって肉体的、精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取り調べによって獲得された」と指摘し、無罪を言い渡した(その後、無罪が確定)。
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密室で行われる取調べは長年問題視されており、一部の事件で録音・録画が導入されるなどしてきた。それでも違法な取調べがなくなることはなく、日本弁護士連合会は現在、取り調べに弁護士が同席する「弁護人立会い」の導入を訴えている。
「弁護人立会い」がなぜ必要なのか。日弁連取調べ立会い実現委員会事務局次長で、海外の取り組みを視察したことがある半田望弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
ーー日本で弁護士が取調べに立ち会うことは法律で禁止されていないそうですが、実際はなぜ行われていないのでしょうか?
捜査機関が被疑者を取り調べる場に弁護人が立ち会うことについて、法律にはこれを禁止する明確な規定はなく、捜査にあたる側の判断に委ねられています。ただし、現在では数例の実践例はあるものの、後述するとおりほとんどの事件では取調べへの弁護人立会いは認められていません。
日弁連での調査の結果、警察は立ち会いを求められたら現場で判断せずに上に上げて組織的な対応をするようにとの内部通達が全国的に出されていることが判明しています。現時点ではこの通達に基づき「組織的に拒否している」と考えられます。ただし、過去には実施できたケースもあります。
現時点で現実的に可能な方法は、身体非拘束事件(在宅事件)や参考人取調べにおいて、弁護人が警察署のロビーや敷地内で待機し、被疑者からの相談にすぐ対応できる場所で待機するという「準立会い」です。
準立会いでは、弁護人は警察署に被疑者と同行し、被疑者が希望した場合や弁護人が必要と考えるタイミングで取調べの中断を求め、必要な打合せを行います。取調べ内容を弁護人が直接確認出来る訳ではありませんが、ほぼリアルタイムで被疑者に対して必要な助言を行えます。
捜査機関は弁護人が取調べに立ち会うことを拒否しますが、準立会いは捜査機関が拒否することはできません。
刑事訴訟法39条において逮捕された被疑者にはいつでも弁護人と面会できる「接見交通権」が保障されていますが、在宅の被疑者と弁護人との面会(打合せ)は、本来はいつでも自由に可能です。
裁判例でも刑訴法30条1項(弁護人選任権)を根拠に、被疑者と弁護人が相談することや電話連絡をすることを捜査機関が制限することはできないということが確立しています(東京高判令和3年6月16日 判タ1490-99、札幌高判令和6年6月28日)。
そのため、任意捜査の段階でも被疑者が弁護人に相談したいと言えば、捜査機関は取調べを中断して弁護人に会わせなければなりません。また、弁護人が被疑者との面会を求めた場合、捜査機関は速やかにその旨を被疑者に伝達し、被疑者が面会を希望する場合には弁護人と会わせなければなりません。
身柄を拘束されずに在宅で捜査される被疑者には警察署に出頭する義務はなく、取調べに応じる義務(取調受忍義務)もありません。ここからも、被疑者が「弁護人と話をしたい」と希望した場合、捜査機関は取調べを中断して打合せをさせるべきということになります。
弁護人の待機場所は取調室に近ければ近いほどいいのですが、警察は施設管理権等を主張して取調室の側での待機は認めません。もっとも、ロビーなどの公共スペースでの待機を拒否することはできませんので、現時点ではロビーや待合室などで待機し、適宜のタイミングで被疑者に戻ってきてもらう、または被疑者を呼んで取調べ状況を確認し、必要な助言を行っています。
取調受忍義務がない以上、取調中でも被疑者が帰りたいといえば帰さなければならないのが本来ですが、弁護人の準立会いがない場合には捜査機関は色々と理由を付けて取調べを続行しようとします。
しかし、準立会いをしていれば、取調べが膠着状態になった場合や長時間にわたる場合、被疑者の心身の負担が過大になっている場合など、弁護人がこれ以上の取調べ継続は望ましくないと判断した場合には被疑者を帰らせるよう求めることもでき、捜査機関もこれを拒否することは通常ありません。
被疑者が黙秘をしている場合であれば、逮捕を避けるために警察署への出頭はさせるものの、黙秘する旨を宣言して短時間で取調べを打ち切らせて被疑者を帰すという活動をすることも考えられます。
捜査機関にとっての武器は時間です。時間をかけて被疑者が根負けし自白するまで問い詰める(捜査機関は「説得」という言い方をしますが、ほぼ「強要」だと思われます)のがこれまでのやり方でした。
袴田事件でもこのような取調べ手法が虚偽自白の原因になっていると思われますが、準立ち会いでは被疑者が取調べに応じるかどうか、供述するかどうかの判断を主体的に行えるように弁護人が支援できます。また、違法・不当な取調べをその場で抑止するための手段としても活用できる点で、弁護活動としては画期的だと思います。
ーー冤罪を防ぐためには取り調べの録音・録画だけでは足りないのでしょうか?
捜査の違法性を巡って国賠訴訟が起こされた「プレサンス事件」や、元弁護士の男性に対して黙秘権を侵害する違法な取調べがなされたとして国家賠償請求が認められた事件など、違法な取調べが問題となる事案が相次いでいます。
違法な取調べを改善するだけなら取調べの録音や録画で対応できるという意見もあるようですが、プレサンス事件など最近の状況をみると録音・録画だけでは違法な取り調べを抑止できないことが分かります。
そもそも、録音・録画が義務づけられているのは一部の事件に限られています。録音・録画のない事件の取調べでは一層酷いものもあると思われます。日弁連の「日本の刑事司法見える化プロジェクト」のホームページ(https://www.nichibenren.or.jp/keiji_shiho_mieruka/index.html)で「取調べの問題事例から見える日本の刑事司法」として違法取調べの事例が掲載されていますが、いずれも酷いものです。これが一部の極端な事例とは考えられません。
実際には適正な取調べをする捜査官もいますが、昔ながらのやり方で取調べをする人もいます。また、捜査官の評価は自白を取れるかどうかで判断されている可能性があり、それも違法取調べがなくならない原因ではないかと考えます。
普段から問題のある取り調べをしているから、録音・録画されている状況でも特に意識せずに違法不当な取り調べをするのだろうと思います。
そのため、日弁連の総会決議では、全過程での可視化と弁護人立ち会いをセットにして求めています。
ーー海外ではどうなっていますか?
いわゆる「先進国」と言われる国ではほぼ弁護人の立会いが認められています。東アジアでも台湾が1982年、韓国は2007年に弁護人の立会いを導入しました。
特に韓国・台湾の刑事訴訟法はその歴史的経緯から日本との類似性があるのですが、取調べの立会いについては一歩も二歩も先に行っていることになります。
ーー諸外国では「取調べ立会い」でどのような弁護活動をしているのでしょうか。
立会いが録音・録画と違うところはリアルタイムで状況を把握できるということです。どの国でも、弁護人が取り調べ内容をふまえて被疑者に対し助言を行うことは変わりません。それ以上にどの程度の権限を弁護人に与えるかは国によって違います。
まず一つ目として、「人間カメラ型」と呼ばれる形があります。弁護人が取り調べの場に同席はするものの、発言や取り調べへの介入はできないというものです。
ただ、「人間カメラ型」であっても、取調中に弁護人から適宜休憩や被疑者との打合せを求めることは可能です。ですので、弁護人が必要と考えた場合には被疑者への助言や打ち合わせができます。
次に二つ目の形として、取り調べをする側に不適切な発問などの問題があった場合、弁護人が「その質問はおかしくないですか?」や「その質問は先ほど本人が答えないと言いましたよね?」などとクレームを入れることができる制度を採用する国もあります。
先日視察に行ったイギリスはこちらです。また、韓国も不当な取調べに対しては弁護人が異議を述べることができます。
三つ目は、取り調べ自体に弁護人が意見を述べることができるものです。例えば、被疑者の供述調書に対して弁護人が「被疑者はそう言ったが、その趣旨はこう理解すべきです」などと発言できます。
韓国は取調中に意見を述べることはできないのですが、取調べ終了後に弁護人が意見を述べることができるので、この形になります。
ただし、いずれの場合であっても弁護人が被疑者に代わって質問に回答することはできません。
ーー弁護士会が弁護人の取調べ立会いを求める理由はなんでしょうか?
日本の捜査では被疑者に対し密室で長時間の取調べを行うことが常態化しており、被疑者が憲法上保障されている黙秘権を行使することも難しい状態です。また、取調べは被疑者の言い分を聞く手続のはずですが、実際は捜査機関の見立てを押しつけてそれに沿う供述を獲得する捜査手法となっています。
このような事態を打開し、被疑者の供述の自由が守られることが、虚偽自白によるえん罪や違法捜査を抑止し、被疑者・被告人の人権を守るために不可欠だ、ということが理由です。
また、私は弁護人の立会いには弁護活動のさらなる実質化という効果もあると考えています。
これまでの刑事弁護は、全く情報がない中で被疑者の言い分を元にして弁護側のストーリーを構築していくしかありませんでした。
弁護人は、取り調べの情報を得るためには被疑者から聞くしかありません。しかも、被疑者は取り調べ中にメモも取れません。捜査段階では、取調べでどんなことがあったかを弁護人が知る手段は、被疑者の記憶頼りになるのです。
録音録画がされていても、開示されるのは起訴後です。もし違法な取調べがなされたとしても、あとから国賠(国家賠償請求訴訟)で争うしかありません。弁護人からの助言も取調べが終わったあとしかできません。
野球で例えると、監督が試合を見ないまま試合が終わって選手から聞いた試合の情報をもとに「明日はこう戦おう」などと指示するようなものです。試合中に相手チームが反則していても、リアルタイムで確認できないのでどうしようもできません。
しかし、立会いで取調べをリアルタイムで確認できれば、質問内容から捜査機関側の証拠構造を推察することが可能になります。また、違法不当な取調べがあった場合には、その場で異議を述べることもできます。
韓国の弁護士からは「日本では弁護人が取り調べに立ち会えずにどうやって被疑者の権利を守るのですか?」と言われたことがあります。また、イギリスの警察官は「弁護人が取調べに立ち会うことは被疑者の権利を守るために不可欠だ」と言っていました。
いずれの国でも、違法捜査の抑止だけではなく、弁護活動をより実効的にするために立会いが不可欠だという認識がありました。日本でもこのような理解が市民に浸透しつつあると思います。
ーー捜査機関の反対は強いと思われますが、取調べ立会いは実現するのでしょうか?
この点は海外の事例が参考になります。私が日弁連の調査で訪問したイギリス・韓国の事情をご報告します。
イギリスでは1970年代から80年代にかけて、テロ事件の捜査において被疑者に対し自白を強要する取り調べを行い、その結果えん罪を生んだ事件が続きました。その反省から捜査の適正化と被疑者の権利擁護のために法整備がなされ、弁護人の取調べ立会いもその中で認められました。
韓国では検察が警察より力が強く、警察と検察との間で権限争いがあっていました。そのような中で1999年に警察が検察より自分たちの方が人権保障が進んでいることのアピールのため、裁量として弁護人の立会いを認めました。
検察は最初はその流れに乗らなかったのですが、2002年にソウル地検で被疑者を拷問して死なせる事件が発生し、検察権力に対する国民の批判が強くなったことを受けて、検察も弁護人の立会いを導入しました。
その後、大法院(日本の最高裁判所に相当)や憲法裁判所が「取調べに弁護人を立ち会わせる権利(弁護人参与権)」を認め、2007年の開示訴訟法改正において立法化がなされた、という経緯があります。
日本でも立ち会いの導入には捜査機関や一部の学者から「取調べの真実発見機能が害される」などという理由で強い抵抗がなされています。
ただ、イギリスでも韓国でも、導入する時には捜査機関から「捜査ができなくなる」という抵抗があったそうですが、今は弁護人の立会いは裁判官にも警察官・検察官にも「当然の制度」として認識されています。また、真実発見は被疑者・被告人の人権保障に優先しないという考えも定着しています。
日本の議論状況を見ても、袴田事件やプレサンス事件をきっかけに、取調べの在り方に疑問を呈する声も増えてきたと思います。法務省や警察庁にはこれらの声に真摯に向き合っていただき、被疑者の人権を守り捜査の適正を図る手段として、諸外国の例にならって取調べへの弁護人立会いを考えていただきたいと思います。
また、捜査機関にとっても弁護人の立会いを認めることには一定のメリットがあると思われます。例えば、弁護人が取り調べに立ち会うことで、供述の任意性が争点となる可能性はなくなります。
海外調査では、警察官や検察官から、弁護人が立ち会うことで被疑者が安心してくれる、被疑者が供述を覆すことが減る、弁護人が争点整理をしてくれるので取調べがスムーズに行える、などのメリットもあるとの話を聞きました。
確かに、弁護人が取調べに立会うことで供述を得にくくなるということはイギリスでも韓国でも言われていましたが、いずれの国でも「そこは捜査機関の創意工夫と技術で何とかすべき問題で、技術不足や捜査の必要性を理由に人権を侵害していいということは考えられない」と言われていたのが強く記憶に残っています。
立ち会い弁護の取り組みは、日本の刑事司法の問題と言われてきた供述(自白)中心主義と人質司法を大きく変えるきっかけになると思います。
海外視察に行って感じたこととして、犯行の動機を重視する国は日本や韓国ぐらいということがあります。日本の捜査が自白偏重になっている理由は、動機の解明に過度に重きを置いていることもあると思います。これが日本の刑事司法の諸悪の根源ではないかという気がするくらいです。
なお、韓国では日本とよく似た刑事司法制度でありながら、弁護人の同意がない供述調書の証拠能力が否定される法改正がなされ、客観証拠中心の刑事司法に転換していることは興味深いものといえます。
例えば、弁護人が立ち会わないと取り調べができないように変わったら、おのずと取調べ重視、供述調書重視の方針はとれません。そうすると客観証拠の比重が上がるでしょうし、その結果として「人質司法」と批判される現在のような長期間の身体拘束も必要なくなるかもしれません。
取り調べの機能や被疑者の自白を得ることを捜査の中でどう位置付けるのか、という点を考え直すことも必要です。客観的な証拠がしっかりあれば、被疑者の供述がない状態であっても起訴できるし、有罪の認定も取れると思っています。
にもかかわらず、なぜ捜査機関が被疑者の自白供述を取りたがるのかという点が取調べの問題を考える上で重要なことだと考えています。起訴・不起訴の判断や量刑判断をする際に被疑者の反省(自白)の有無や犯行動機を重視する日本の価値観の是非が問われる時期が来たのではないでしょうか。
袴田事件やプレサンス事件等に対する世論からもわかるとおり、大きな流れとして密室での取調べが問題だということや、取調べの在り方を改善する必要があることについて、社会全体の理解は広がっていると感じています。
この問題意識をどうやって良い形にしていくか、具体的な議論や取り組みが必要だと思います。
【取材協力弁護士】
半田 望(はんだ・のぞむ)弁護士
佐賀県小城市出身。主に交通事故や労働問題などの民事事件を取り扱うほか、日本弁護士連合会・接見交通権確立実行委員会の委員をつとめ、刑事弁護・接見交通の問題に力を入れている。また、地元大学で民事訴訟法の講義を担当するなど、各種講義、講演活動も積極的におこなっている。
事務所名:半田法律事務所
事務所URL:https://www.handa-law.jp/