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「同業他社への転職は認めない」ルールは有効なのか? 会社は「競業避止義務違反」を主張、裁判の行方は

2024年10月27日 08:50  弁護士ドットコム

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前に勤めていた会社から、競業避止義務違反で訴えられてしまった——。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。


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営業職の相談者(40代)は、転職で年収アップの夢が叶いました。しかし、前職のA社から「顧客リストを流用して営業している」として訴えられたというのです。



A社は過去に同業他社への転職者に対して訴訟を起こした事を知っていたので、男性は一切顧客と接触していませんでしたが、それでも訴えられてしまったことに困惑しています。



男性としては、訴訟にかかる費用や現職の会社に迷惑がかかる事に頭を抱えていますが、どのように対応すればよいのでしょうか。石濱嵩之弁護士に聞きました。



●競業避止の範囲は様々、「同業他社全般への転職を禁止」の場合も

——競業避止義務とはどのようなものでしょうか。誓約書がなければ、義務を負わないのでしょうか。



会社に対する労働者の競業避止義務は、株式会社に対する取締役の競業避止義務(会社法356条1項1号)のように法律上定められた義務ではなく、その内容は1つに定義づけることはできません。



労働者が会社に対して、どのような内容の競業避止義務を負っているのかは、労働契約や就業規則、誓約書などの個別合意によって定まることとなります。



そのため、誓約書を作成していないような場合でも、入社時の労働契約や就業規則に規定があるケースにおいては競業避止義務を負っていると判断される可能性があります。



反対に、こうした競業避止義務を負うことを内容とする合意が何もないという場合には、労働者は競業避止義務を負っていると判断される可能性は乏しいといえるでしょう。



——同業他社へ転職した場合、営業先が重なることは珍しくないように思えますが、これは原則として競業避止義務違反に当たるのでしょうか。



この点についても、個別事情の下で、労働者が会社とどのような内容の競業避止義務を負うことについて合意したのか(競業避止条項)を考えていくことになります。



労使間の競業避止条項には、同業他社全般への転職を禁止するという規定もあれば、退職してから●年経過していれば規制対象外とするものや、営業エリアが重ならなければ規制対象外とするものまで様々です。



転職先の同業他社が、こうした条件に照らして規制対象となる場合には、競業避止義務を負っていると判断される可能性があるということになります。



しかしながら、以下に見ていくように、裁判例においては、労使間の競業避止条項の有効性について相当に制限する立場を取っているように分析されます。



●裁判例で示された考え方

——過去の裁判例ではどのような判断があったのでしょうか。



アサヒプリテック事件(福岡地裁平成19年10月5日判決)は、会社Xの元従業員であったYが、入社時の誓約(「在職中の会社の全取引に対して、退社後3年以内は会社と同一又は類似の業務は致しません。上記各条項に反し万一会社に迷惑をかけたときは、その損害を賠償致します」)及びXの就業規則に規定する退職後の競業避止条項に違反したとして、損害賠償などを求めた事案です。



この事案で、裁判所は次のように判断しました。



「退職後一定期間は使用者である会社と競業行為をしない旨の入社時における特約や就業規則の効力は、一般に経済的弱者の立場にある従業員の生計の方法を閉ざし、その生存を脅かすおそれがあるとともに、職業選択や営業の自由を侵害することになるから、上記特約や就業規則において競業避止条項を設ける合理的事情がない限りは、職業選択の自由等を制限するものとして、公序良俗に反し、無効となるというべきである」



「従業員が、雇用期間中、種々の経験により、多くの知識・技能を取得することがあるが、取得した知識や技能が、従業員が自ら又は他の使用者のもとで取得できるような一般的なものにとどまる場合には、退職後、それを活用して営業等することは許される」



基本的なスタンスとして、労使間で競業避止義務を定めることは、労働者の職業選択の自由等の重要な権利を侵害するものであるから、公序良俗(民法90条)に反し無効であり、就業中に取得した知識等についても、それがその会社でしか得られないような特別なものでない場合には、そうした知識等を転職先で利用しても問題ないと理解できます。



もっとも、裁判所は、無条件に競業行為や知識等の利用を労働者に許そうとしているわけではありません。



個別具体的な事情の下で、会社にとって競業避止条項を設ける必要性や規制内容の相当性を慎重に検討することで、当該競業避止条項に合理性があるかどうかを判断していくという立場を取っています。



たとえば、会社で得た知識等という点については、以下の判決文にもあるように、情報の秘密性の高さや独自性、会社における経済的負担などの要素に着目しています。



「当該従業員が会社内で取得した知識が秘密性が高く、従業員の技能の取得のために会社が開発した特別なノウハウ等を用いた教育等がなされた場合などは、当該知識等は一般的なものとはいえないのであって、このような秘密性を有する知識等を会社が保持する利益は保護されるべきものであり、これを実質的に担保するために、従業員に対し、退職後一定期間、競業避止を認めることは、合理性を有している」



「顧客を奪われることを主として問題とする場合でも、会社が保有していた顧客に関する情報の秘密性の程度、会社側において顧客との取引の開始又は維持のために出捐(金銭的負担等)した内容等の要素を慎重に検討して、原告に競業避止条項を設ける利益があるのか確定する必要がある」



また、裁判所は、競業避止条項を結んだ労働者が、会社においてどのようなポジションで、他の従業員に対する影響力がどの程度であったのかという点も、競業避止条項の必要性について判断する要素となると考えているようです。



「当該従業員が、会社において一定の重要な役職に就いている等、他の従業員等に対し多大の影響力のある場合には、会社にとって、退職した者に対し競業避止を求める必要性が大きいといえる」



次に、規制内容の相当性に関して、裁判所は、労働者の職業選択の自由等を侵害する程度に着目するとともに、代償措置にも一定の意義を認めているのがわかります。 「競業制限の程度(範囲、期間等)によっては、従業員の生存権や職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が小さく、実質的に見て、これらに影響を与えない場合もありうる」



「会社側が従業員に対し十分な代償措置を図っている等の事情があれば、従業員の利益は一定程度図られることになる」



●相談ケース「多くの場合は競業避止には当たらないとみられる」

——今回のケースでは、男性は前職の顧客とは接触していないとのことですが、それでも顧客リストの流用に当たることはあり得るのでしょうか。



男性が前職の会社との間で、競業避止条項を結んでいたのか、結んでいたとしてどのような内容の競業避止条項なのかを第一に検討することになります。そして、どのような場合に“顧客リストの流用”として規制されうるのかを考えます。



男性はそもそも前職の顧客と接触していないということですので、多くの場合にはこの段階で会社側の請求に理由がないと判断できるのではないかと思われます。



しかし、前述のとおり、どのような内容の競業避止条項なのかは男性と前職の会社で合意されたことですので、極端な話をすれば、“同業他社に転職しただけで顧客リストの流用とみなす”というような規定があるのかもしれません。



次の段階として、男性が結んだ競業避止条項について、裁判所が公序良俗違反で無効と判断する見込みを検討していくことになります。



前述の裁判例を参考として、男性の前職でのポジションや競業避止条項の内容、代償措置の有無、顧客リストの具体的な内容やその重要性の程度などが検討要素となるでしょう。



——競業に関する訴訟を避けるためには、どんな対策が考えられますか。



まずは、どのような競業避止条項を結んでしまっているのかを確認することが重要です。確認の結果、今後の人生設計や直近の転職先での活動を制限するような競業避止条項があった場合には、これを会社との間で解約するよう交渉することが考えられます。



交渉の際にも、前述の裁判例の基本的なスタンスや必要性・相当性の程度などを踏まえて問題点を洗い出し、会社に対して指摘していくことが有効となりうるでしょう。



最終的には退職時に作成する合意書(退職合意書)などで競業避止条項に効力がないことを合意するというのが1つのゴールとなります。




【取材協力弁護士】
石濱 嵩之(いしはま・たかゆき)弁護士
社会全体が活気をもって健全に発展していくため、新しい挑戦や新しい価値を追求していく方々を法律家として支えていきたいという思いで活動しています。様々な人との出会いから培ったバランス感覚や温かみのある解決力が強みです。
事務所名:万里一条法律事務所
事務所URL:https://www.banri1-law.com/