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トム・ヨーク、ソロの現在地。来日ツアーが控えるいま、Radiohead以外の音楽的探求を振り返る

2024年10月25日 20:10  CINRA.NET

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Text by 冨手公嘉
Text by 今川彩香

トム・ヨークの来日公演『Thom Yorke: everything playing work solo from across his career』が11月に開催される。

1990年代にデビューしたイギリスのバンドRadioheadのフロントマンとして広く知られるトム・ヨーク。彼はロックバンドのフロントマンという枠を超え、実験的で革新的な音楽を生み出し続ける存在として、世界の音楽業界に多大な影響を与え続けている。そうしたRadioheadとしての輝かしい達成はあまりにも有名だ。

一方で、Radiohead以外の活動に馴染みのないリスナーからすれば、2016年にリリースされたRadioheadの最後のスタジオアルバム『A Moon Shaped Pool』以降の活動を知らない人も少なくないかもしれない。ソロでの来日公演が迫ったいまこそ、トム・ヨークという音楽家の現在地と、彼を突き動かしてきた探究心を浮き彫りにしていきたい。彼のキャリアのターニングポイントや、現在に至るまでの変遷を振り返る。

Radioheadが2016年にリリースした『A Moon Shaped Pool』は、これまでバンドが築き上げてきた音楽スタイルの集大成であり、エレクトロニカ、クラシック、アンビエント、フォークなど、ロック以外のジャンルのさまざまな要素を融合させた作品だ。

Radiohead『A Moon Shaped Pool』ソロ来日ツアーを記念して11月に発売されるLP限定盤

「月の形をしたプール」。このアルバムカバーのイメージが指し示す通り、多くの楽曲は内面的な静けさを暗示している。ストリングス(弦楽器)をフィーチャーした“Burn the Witch”やアンビエント的なアプローチが光る“daydreamimg”の冒頭2曲を筆頭に、極限まで楽曲が研ぎ澄まされており、達観した世界観が感じられるだろう。また『OK Computar』(1997年)期からライブで披露されていた“True Love Waits”が正式な音源として、当初とは大きく異なるアレンジで発表されたことでも話題になった。

Radioheadとしての最後の来日公演は、2016年の『SUMMER SONIC』でのヘッドライナーとしてのパフォーマンスだ。2017年にサウスアメリカでのツアーを終えてから、トム・ヨークはソロ、あるいは、劇伴、そしてThe Smileとしての活動にも注力していく。

Radioheadが長年のバンド活動をいったん区切り、トム・ヨークが個人の表現にシフトした背景には、新たなクリエイティブな挑戦を求める彼の探求心があった。

トム・ヨーク(Thomas Edward Yorke)
1968年10月7日生まれ。英・ノーサンプトンシャー州出身のミュージシャン。オルタナティヴ・ロックバンド、Radioheadのボーカル・ギター・ピアノなどの楽器演奏とソングライターを務めた。2006年にアルバム『The Eraser』でソロデビュー。2015年に2ndソロ・アルバム『Tomorrow's Modern Boxes』を発表。2018年にルカ・グァダニーノが傑作ホラーをリメイクした映画『サスペリア』の音楽を担当。また、人権問題への取り組みなど、社会運動にも参加している。

ソロとしてのトム・ヨークのキャリアを語るうえで、2006年にリリースされた初のソロアルバム『The Eraser』は欠かせない。当時Radioheadとは異なる音楽表現を探求するなかで、沸々と湧き上がる個人的な表現欲求の発露として生まれたものだろうと、私は考える。

音楽性の変化を理解するうえで、重要な位置づけを持っているといえるはずだ。『The Eraser』では生のバンド音ではなく、エレクトロニックシンセを駆使し、自身だけで完結できる音楽制作の可能性が追求されていた。

一方で、その後『The Eraser』は、Red Hot Chilli Pappersのベーシストであるフリーらとつくり上げたバンド、Atoms For Peaceのライブでは身体的な表現をリアレンジして披露するなどした。『The Eraser』は、Radioheadとは異なる音像を追い求めソロとして制作したこと、加えてライブの場に落とし込むうえで別のバンドが結成されたこと、その2重の意味合いを持つ作品となった。のちにAtoms For Peaceとしてリリースされたアルバム『AMOK』はこのライヴでの表現を求めた先に結実したものだと言えよう。

2014年の2ndアルバム『Tomorrow's Modern Boxes』は、BitTorrentを利用した独自の配信方法でも話題を呼び、業界に一石を投じようとする姿勢と革新性が際立った。サウンド面ではラフスケッチのようなニュアンスのIDM的なトラックが多く、佳作としての評価が大方だ。しかしあらためて聴いてみると、“The mother Lode”など、複雑なリズムへのアプローチが際立っており、いまでも新鮮な発見がある。

トム・ヨークのキャリアにおいて一つの大きな転機となったのが、映画音楽への進出だ。彼は2018年にリメイク公開されたホラー映画『サスぺリア』(ルカ・グァダニーノ監督)のために初めての映画音楽を手掛ける。このプロジェクトは彼にとって新たな音楽表現の可能性を模索する場となり、結果的に彼のソロ作品における音楽性に大きな影響を与えることとなった。

これは従来のアルバム制作とは異なり、視覚的なコンテキストに音楽を合わせるという新しい挑戦だった。『サスペリア』のために実験的でアンビエントな楽曲を制作した経験が、音楽における「空間」の概念や、リスナーの感情を引き出すための音響的手法の探求を触発したことは想像に難くない。映画音楽の制作を経て、彼は音の配置やリズムの選択、サウンドスケープの構築においてより繊細かつ緻密な手法を採用するようになったのだ。この音楽表現の深化は、その後の作品において、明確に現れる。

彼は2019年にリリースしたソロアルバム『ANIMA』で、カール・ユングが提唱した心理学用語をモチーフに政治的・社会的なテーマに深く切り込む。同時に、音楽的にはさらに実験的な方向へと進化していく。

このアルバムでは、特にアナログシンセサイザーを多用したサウンドが特徴的で、従来のロックやポップスの枠を超えた独自の世界観を打ち出した。このとき、ソロとして『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演、WHITE STAGEのトリを飾っている。トム・ヨークがギターではなくベースの高音弦を触りながら、見事に歌い上げる姿が印象に残っている人も少なくないだろう。

『ANIMA』は、『サスペリア』での経験が反映された作品として位置づけることができるかもしれない。このアルバムでのトム・ヨークは映画音楽から得たインスピレーションをもとに、より抽象的な音楽表現に取り組んでいるとともに、リリックでは、断片的ではあるものの、具体的な社会的事象を追求しているように感じられる。

Show me the money /Party with a rich zombie / Suck it in through a straw / Party with a rich zombie / Crime pays, she stays / In Kensington and Chelsea / And you have to make amends / To make amends to me

<<お金(証拠)を見せて / 裕福なゾンビとパーティーをして / 全部それをストローで吸い込んで / 裕福なゾンビとパーティーを続けて / 犯罪は報われ、彼女はそこに留まり続ける / ケンジントン・アンド・チェルシー区(筆者註:ロンドンにある高級住宅街)で / そしてあなたは償わねばならない / 僕に償わねばならない >> - 『Traffic』より抜粋、筆者拙訳『ANIMA』の制作過程では、映画音楽で培ったスコアリング技術や、リズムのミニマリズム、音響的な空間の使い方が大いに活用された。例えば、“Dawn Chorus”といった楽曲におけるボーカルのメロディーラインにはほとんど起伏がなく、語りに近いほど朴訥としており、ミニマルだ。シンプルなコードでありながら、後半のタイトルにもあるような鳥の鳴き声にエフェクトがかったような環境音、シネマティックなサウンドスケープが特徴的で、リスナーに強烈な視覚的イメージを喚起させる。

またビジュアル面では、ポール・トーマス・アンダーソン監督が『ANIMA』に収録された3曲を映像化。Netflixで公開され、話題をさらった。このショートフィルムは『ANIMA』の楽曲を視覚的に具現化したもので、トム・ヨークの音楽と映像の対話がさらに深化した作品と言えるかもしれない。このフィルムと『ANIMA』は、「映画本編とサウンドトラック」という主従関係ではなく、一つの芸術作品として機能しているのだ。

コロナ禍で数多くのミュージシャンがライブ活動を停止を余儀なくされた2020年を経て、2022年の年明けには、Radioheadのメンバーであるジョニー・グリーンウッドと、トム・スキナー(元Sons of Kemetのドラマー)との新バンド「The Smile」を結成し、突如フェスティバルでパフォーマンスを行なった。

このバンドでトム・ヨークは、ボーカルに加えてベース、ギター、シンセを駆使し、より自由で実験的な音楽を展開してゆく。デビューアルバム『A Light for Attracting Attention』は、トム・ヨークがこれまで追求してきた音楽的要素を集約しつつも、よりダイナミックなサウンドが特徴的だ。複雑なリズム構成やトリプルギターによるアンサンブル、彼自身で手がけた奥行きのある歌詞に加えて、映画音楽から得たであろう空間を意識した音の使い方が明確に感じられる。

The Smileでは、従来のバンド編成の枠を超えた自由なサウンドを展開すると同時に、3ピースのバンドならではの初期衝動を感じさせるアグレッシブな楽曲も生み出している。言うなれば「老成された初期衝動」なのかもしれない。

The Smileはデビューアルバム『A Light for Attracting Attention』に続き、2024年に新たなアルバムを2枚リリース。3月にリリースされた2ndアルバム『Wall of Eyes』のなかでも注目を集めたのは“Bending Hectic”だろう。車が崖から落ちてゆく様子がスローモーションの映像のように浮かび上がる歌詞が印象的な楽曲だ。

筆者も今年ベルリンでThe Smileの公演を観たのだが、楽曲の後半1分近く鳴らされるストリングスの時間は、いまでも忘れられないくらい記憶に焼きついている。

2ndアルバムのタイトルにもなった“Wall of Eyes”は、軽やかなサウンドスケープと人間心理を描写する鋭いリリックが特徴だ。曲全体を漂う緊張感と、エレクトロニックなビートが織りなす不穏な雰囲気は、まるで暗闇のなかで視線を感じ続けるような感覚をリスナーに与える。MVでは常に外側から世界を見ている「壁の目」としての心情がうまく描かれている。

10月4日に発売された3rdアルバム『Cutouts』の収録曲“Zero Sum”と“Foreign Spies”は、“Wall of eyes”の有機的なサウンドと対極となるような楽曲だ。Radioheadが2000年にリリースした『Kid A』に近いエレクトロニックなサウンドをフィーチャーした『Cutouts』のムードを示す、象徴的な楽曲と言えるかもしれない。

『Cutouts』では個人的で内面的な葛藤に加えて、コロナ禍や紛争、戦争により混迷を極めて以降の社会的なテーマを皮肉めいた表現で扱っている。またAI時代における技術をビジュアル面で器用な手捌きで採用している。歌詞においては、明確に批判的な言い回しや断言を避けることによって聴き手を不安定な状態に置き、緊張を強いている。

とはいえトム・ヨークのボーカルは、内省的かつ不安定な感情を表現していても、実験音楽としてでなく、大衆に響くポップスとして音の配列の気持ちよさに帰結する。それがボーカリストとしてのすごみと言えるだろう。

音楽を通じて、個人的な感情と普遍的な問題の両方を交錯させること。ロックバンド的高揚だけでなく、音楽を通じてリスナーに対して深い問いかけを行なうこと。この両方に彼のミッションがあるのかもしれない。

そしてその探求心から、ソロや映画音楽の劇伴を通じて、アイデアの断片をスケッチしたような作品も披露する。Radioheadファンからすれば簡素で難解に聴こえたとしても、そこで描いた世界や到達した境地をすぐに実践してきたのだ。新しいアイデアを惜しみなく取り入れるが故に活動範囲がとりとめもなく見えるが、これまでのプロセスは一貫していると、私は考える。

長い年月をかけて、音楽シーンの頂点とも言えるポジションを確保したにもかかわらず、ひと所に留まることなく、さまざまな新しいアプローチにチャレンジし、それを生のパフォーマンスに還元する。この往来のたびに、自身の音楽を唯一無二のものにしていったのだと言えないだろうか。

そして2024年11月、日本での初となるソロツアーでは、トム・ヨークがこれまでに培ってきた音楽的な探求の成果と、最新のクリエイティブなエネルギーを体感できるはずだ。

齢50半ばにして、キャリアハイとなるような楽曲を生み出し続けるトム・ヨークが、晩節に向かう道筋で、これからどのような音楽的旅路を歩むのか。再びRadioheadでの活動に舞い戻るのか。さらなる個人的探求が続くのか。その岐路となるいまを見届けることができる最高の機会に、期待が高まるばかりだ。