Text by 小林真梨子
Text by ISO
Text by 廣田一馬
映画を誰もが楽しめる社会をつくるための取り組みとして、「バリアフリー上映」が広がりつつある。
台詞だけでなく作中の音や音楽も説明することで、音が聞こえない人でも楽しめるバリアフリー字幕や、画面に映されているものを言葉で説明することで目が見えない人でも楽しめる音声ガイド付き上映がその代表例。2016年から「UDCast©」というアプリケーションの提供も始まり、音声ガイドは好きなタイミングでユーザーのスマートフォンからイヤホンを経由して提供されるようになり、スタンダードになりつつある。
しかし、字幕の方はアプリでの提供はあるものの、基本的にはスクリーンでの上映が圧倒的に求められているにも関わらず、上映回数の少なさなどの課題がある。
今回は、10月4日から公開されている映画『HAPPYEND』の空音央監督と、映画・演劇のバリアフリー字幕や音声ガイドを手掛けるパラブラの山上庄子代表が対談。
『HAPPYEND』のバリアフリー字幕を制作した際のエピソードや現状のバリアフリー上映の問題点、バリアフリー上映がよりポピュラーになることで映画界にもたらされる良い影響などについて語り合ってもらった。
—まずは『HAPPYEND』をバリアフリー上映するに至ったきっかけを教えて頂けますか?
空音央(以下、空):これまで日本映画で観たい作品があってもなかなかバリアフリー上映していなかったり、DVDでも字幕や音声素材がなかったりということをいろんな人から見聞きしていて。それでプロデューサーの増渕愛子の後押しがあって、『HAPPYEND』に関しては公開時からきちんと準備するようにしよう、と決めたというのが経緯です。増渕はパラブラさんのワークショップに行ったりもしていたので。
—私もソーシャルメディアでろうの方とやり取りすることがあるのですが、邦画は著名なものでもDVDに日本語字幕がないことが多くて悲しいという話はよく聞くので、今回の試みに心から賛同します。
空:バリアフリー上映をすれば単純に観客層が広がるので、なぜみんなもっとやらないんだろうと思います。しかもバリアフリー字幕や音声ガイド制作には国から助成金もでるので、みんな積極的に利用すればいいのですが。
空音央(そら ねお)
ニューヨークと東京をベースにフリーランスの映像作家、アーティスト、翻訳家として活動。短編映画、ドキュメンタリー、PVなどの監督を務める。10月4日公開の『HAPPYEND』で長編劇映画デビュー。
—バリアフリー字幕や音声ガイドはボランティアの方が制作することが多いというイメージですが、実情はどうなんでしょうか?
山上庄子(以下、山上):地域では現在もボランティアの方に支えられている部分もあるのですが、2016年に「障害者差別解消法」という法律が施行されたことと、「UDCast©」というアプリでの提供が始まったことが大きなきっかけとなり、映画業界ではメジャー系の会社から徐々にバリアフリー字幕をつけることが増えてきましたね。
山上庄子(やまがみしょうこ)
映画、映像のバリアフリー制作やコンサルティングを専門とするパラブラに立ち上げから参加し、2017年より代表取締役に就任。近年は演劇やイベントなどのバリアフリーコーディネート、字幕や音声ガイドの提供などを通じてアート・カルチャー体験の可能性を広げるポータルサイト「UDCast©」の運営などにも取り組んでいる。
—バリアフリー字幕と音声ガイドは具体的にどのようなプロセスで制作するのですか?
山上:通常の字幕や吹替と同様、映画が完成したらシナリオと映像をお借りして初稿をつくります。そして当事者のモニターからも意見をもらいつつ、監督やプロデューサーをはじめ作品側の方々と中身のすり合わせをしながら最終的に仕上げていきます。音声ガイドの場合はそこから原稿を読み上げるナレーターを決めて収録していく、という流れですね。同時に進行してだいたい1か月半くらいかけて制作します。
空:ナレーションにどういう声色の人をキャスティングするかや、その人にどう表現してもらうかにも創造性がありますよね。基本的には最小限の説明をフラットに入れてもらうんですが、シーンによってはフラットすぎるとかえって感情移入しにくくなる。そういう場合は少しだけ緊張感を出してもらうよう演出したりと、初めてのこともたくさんありましたが、面白いプロセスでした。
—現状のバリアフリー上映の問題点について教えてください。
山上:みんな映画を初日の舞台挨拶から観たいし、好きな日に好きなタイミングで観たいですよね。でも字幕の場合、バリアフリー字幕上映日は公開して2~3週目のタイミングで1日か2日だけ設定されるくらいの状況で、そのわずかなチャンスを逃せば、配信待ちになってしまう。「UDCast©」など映画館で使用できる専用のバリアフリー提供アプリもありますが、せっかく劇場に観にきているのだから、洋画と同じく大きなスクリーンで字幕付きで作品を観たいですよね。でもその数が少ない、それが一番の課題かなと思います。
空:日本映画は基本的に映画祭に出品したり、海外で発売や配信するために英語字幕を作ります。だから英語字幕をつけるのと同じような感覚で、日本語字幕とか音声ガイドとかもつくればいいのになと思います。ポン・ジュノ監督が「字幕という1インチほどの壁を越えれば、もっと多くの映画に出会える」というような発言をしていますが、それと同じだと思います。
—先日ソーシャルメディアでも、聴覚障害者を描く作品のバリアフリー字幕上映がすぐに上映が終了してしまうことが指摘されていました。収益との兼ね合いによる劇場の判断もあると思いますが、その点を改善していくためにはどうすれば良いと思いますか?
山上:バリアフリー字幕上映を「耳が聞こえない人だけのもの」と考えてしまい、一般のお客様が自分たちのものではないと思い、その回を避けているという話を聞くことがあります。でもつくり手の我々からするとそれは意図していないし、せっかく監督が自ら監修してくれているので2回目や3回目はぜひバリアフリー字幕で観てほしいんですよね。そのために私たちも「バリアフリー字幕」という言い方を変えていきたいとも考えていて。
字幕ユーザーってじつはかなり層が広くて、日本の作品でもドキュメンタリー映画だと字幕が最初から組み込まれていたり、外国人や高齢者、配信で邦画を観るときも字幕付きを選んで観る若い人も多いですよね。それくらいの感覚で、バリアフリー字幕も気軽にあり・なしを選ぶくらいの存在になっていくのが上映の方式として正しいのかなと。洋画の字幕と吹替えを選ぶような、そういう位置付けにしていきたいですよね。
空:バリアフリー上映を文化のひとつとしてノーマライズしていくことは、業界の制度を変えるのとは別にしていくべきことですよね。その文化が広がれば、必要とする人が映画を観にいくことができますし、これまで一緒に映画に行けなかった友人を誘っていくこともできるかもしれない。単純にターゲット層が広がるので、収益にもつながると思うんです。
—バリアフリー字幕と通常の字幕の違いについて教えていただけますか?
山上:まずは話者名の表記です。会話中に必ずしも顔がアップで映る訳ではないので、口元が見えなければ台詞だけ読んでも話者が誰かわからないときがあるんですよね。そして音情報、音楽情報の表記。映画はあえて消さない限りは何かしらの環境音がしていますが、全部字幕にするとせっかく映画を観にきているのに字を読みに来た感覚になるので、観ただけではわからない音や、作品のなかで重要な音情報を中心に文字にしていきます。ただこの部分は監督がどういう意図で音を入れているのかを聞き出さないと判断が難しいですね。
山上:あとはルビに関しても通常の字幕よりも多いです。聴者はさらっと聞き流しができても、音がなければ読みに迷う固有名詞や読み方が数通りある言葉もあるので。
空:ただし解釈は観客に委ねたいので、なるべく解釈を入れず客観的に音を表現する言葉を選びます。
山上:映画は観る人によって違う感想が出てくる自由なもの。監督はこういう意図で入れているけど、もちろん違う受け取り方をする人もいて。たとえば私が「楽しい音楽」と感じても、それが楽しいと思うかは個人差がありますよね。だからできるかぎり客観的に「躍動的」とか「アップテンポ」とか情報としてヒントになることを、監督とバランスを相談しながら決めていきます。そこはつくり手が映画の一部としてとらえてほしいところでもあり、基本的に私たちが勝手に決められないと考えています。
—音の表現という点では「無音の演出」も文字にするのは難しそうですね。
山上:無音の意図も監督によって異なりますからね。たとえば心情を表す場合もあれば状況の変化を示す場合もある。それ次第では「音が遠ざかっていく」という表現をすることもありますが、表情や画から十分に意図が伝わると感じた場合は何も入れないという判断をする場合もあります。もちろん当事者の賛否はあると思いますが。
空:『HAPPYEND』にも無音のシーンがありますが、じつはちょっとしたテープノイズを入れていたりして、どう表現するか難しかったですね。あとテクノが流れますが、「テクノ」と言っても聞いたことがないからそれが何かわからないモニターの方もいました。劇場で観ればなんとなく音響システムで振動を感じられるかもしれないけど、字幕制作現場はそういう場所ではないんです。それをどう伝えれば良いのか考えることも苦労しました。
山上:だから一周回ってシンプルになっていくことも多いです。でもそこに至るまでの過程がすごく大事で、その表現で本当に良いのかモニターさんと会話しながら何度も確認していきます。今回は監督がモニターさんから言葉選びのヒントをたくさん吸収してくれて、最終的な方向を決めて落とし込んでいきました。
映画は音と映像を組み合わせたものなので、映像だけでも語っていることはたくさんあります。日常的に視覚情報だけで生活されている方はその延長線上で映画を観ているので、あまり字幕だらけになっても世界観が崩れてしまうんですよね。だから映像だけを観る時間もある程度確保したいなということも考えながらつくっています。
空:ただシンプルすぎるのも良くない場合もあります。多くの字幕の場合、音楽が鳴るときは音符マークだけなんですが、「さすがにそこは一言入れてほしい」と耳が聞こえない友人に言われたことがあって。だから今回も音楽を一言でどう表現するかはかなり考えました。
山上:音符マークはルンルンな印象があるので、シリアスなシーンで音符だけだとミスリードが起きてしまう可能性があります。画に合った音楽であれば映像の情報通りなので説明を入れないこともありますが、シリアスなシーンにあえてポップな曲を合わせる映画もありますよね。そういう場合は説明を入れないと、聞こえる人とシーンの受け取り方が異なってきてしまい、まったく違う印象を抱きながら映画を観ることになってしまいますよね。
—通常字幕の制作には1秒4文字までといった文字数制限などのルールもありますが、そこは同様なんですか?
山上:パラブラではバリアフリー字幕の場合、台詞に関しては言い淀みや笑い声なども含めて入れることを優先し、文字数の厳密な制限はなく作っています。口の動きと字幕が合っていないことに気持ち悪さを感じる人もいますし、言い淀みなども含めてそのキャラクターだと思うので、そこはなるべく音どおりに字幕化していく。よっぽど読み切れないときは調整することもありますが。
空:僕は仕事で通常の字幕づくりをしていたことがあるんですが、字幕づくりって意外とクリエイティブなプロセスなんです。ちなみに、この映画に関しては英語字幕は自分でつくりました。もちろん違いもありますが、いかに適切な表現や言葉を探すかというのはバリアフリー字幕と共通する部分です。いかに違和感なく映画を伝えられるかを突き詰めていく。
山上:そこは一緒ですね。バリアフリー字幕も違和感のない空気のような存在を目指しています。そのために必要なのは経験値と映画リテラシー、そして当事者の意見を聞くこと。中途失聴や難聴の方とろうの方ではバックグラウンドや音の捉え方にも違いもあるので、本当は2種類つくりたいぐらいなんですが、そこは最大公約数的にこの字幕でいきましょうと決めていきます。
—今作のバリアフリー字幕制作では、モニターの方々とはどのように意見を交わしたんでしょうか?
空:モニターの方々に「こういう表現はどうでしょう」と確認していくのですが、当たり前に感じ方は人それぞれ違います。特定の表現でも伝わる人、伝わらない人がいるので、確認しつつちょうど良い塩梅を探していきました。
なかでもわかりづらい箇所などは「製作者としてはこう受け取ってほしい」とお伝えして、「ならこういう表現はどうか」「そこまで説明しなくていいのでは」とみんなでディスカッションしながら案を出していきました。音楽で伝えたい曖昧な感情を、曖昧なまま言葉で伝えるという点で字幕が特に難しかったですね。
山上:モニターの方々からはたくさん意見をいただくのですが、かといってすべてその通りにしても上手くいくとは限らないんですよね。作品性を同時に守ってこその映画だと思うので、大切なのは作家と当事者の意見をすり合わせてチューニングしていくことだと考えています。
—『HAPPYEND』くらい監督がバリアフリー字幕・音声ガイド作成に関与してくれることはよくあるんですか?
山上:ここまで演出までしっかりと参加してくださるケースは珍しいです。ただ、どんなかたちでも一度関わっていただくと、自分の映画の客層が広がったとか、当事者の人にこう観てもらえるんだと実感もしていただけるので「今後もぜひやりたい」と言ってくれる方は少しずつですが増えつつあります。監督の製作プロセスのひとつとして受け取ってくれると私たちとしても安心ですね。
山上:たまに製作側の方に関わっていただけない場合も経験値からまま字幕や音声ガイドを制作する場合もあるのですが、どうしても奥行きのないサラッとしたものになってしまうんです。製作側との関わりによって相乗効果的にクオリティに変わってくるので、今回は本当にありがたかったですね。あと映画の音にはすべて意味が込められていますが、それを監督から直接聞かせていただける贅沢さはありました。時間が許すならずっと聞いていたかったくらいで(笑)。
空:モニターのみなさんも本当に映画が好きで。話を聞くと、そこまで深く読み取ってくれたんだという嬉しさもありました。みんなで力を合わせて作品をつくりあげていくようで、すごく楽しい経験でした。
—『HAPPYEND』のバリアフリー上映で注目してほしいポイントはありますか?
空:バリアフリー字幕にしたことで、自分でも想定していなかったユーモラスな瞬間が作中にあることに気付いたんです。ただの環境音のひとつと考えていたある場面の咳払いが、絶妙な瞬間に字幕として出てきて思わず噴き出しちゃって。そういう思わぬ注目ポイントもありますし、音楽が文字でどういうニュアンスで表現されているのかを見れば解釈や受け取り方も変わってくると思うので、ぜひ一般上映で観た人ももう一度観てほしいですね。
—10月9日には手話・文字通訳付きの監督Q&Aトークイベントを開催していましたね。それも素晴らしい試みだと思います。
空:あらゆる人に向けた情報保障についてはプロデューサーの後押しに加え、デモの現場で学んだというのが大きいです。去年からパレスチナ解放デモによく行くんですが、情報保障の文化がすごく根付いていて。開催する際にも画像にはALT(画像を説明するための文言)を付けて、現場で情報保障があるのかという情報が必ず入っていますし、当然のように毎回UDトーク(音声認識によるリアルタイムでの文字起こしや自動翻訳ができるアプリ)や筆談が用意されているんです。そこに参加すればするほど、僕のなかでも当たり前の認識になっていきました。
山上:当事者が出ていたり、障害を扱う映画だからという理由で情報保障付きのイベントが開催されがちですが、当然障害を扱う映画ばかり観たいわけではないですよね。誰しも好きな映画を、同じように選んで楽しめたらと思います。
—今後バリアフリー字幕上映が増えることにより、社会にどのようなポジティブな変化があると思いますか?
空:単純に映画好きの総数が増えて、よりいろんな人と語り合えるようになるのは嬉しいですよね。国籍やジェンダー、生まれ育ちの違いによって映画の解釈が異なるように、バリアフリー字幕や音声ガイドユーザーもまた違った解釈があると思うので、その解釈の違いから生まれる映画の奥行きや新鮮な感動、そこから見える本質を感じられるようになるのかなと。それは映画製作者にとっても喜びでもあるので。
山上:共生社会の実現という社会的な目標は福祉的な視点で語られることが多くて、映画のような文化はつい後回しになりがちだと思うんです。でも私も映画からたくさん影響を受けたように、映画ってときに人生を変えたり生きるための活力になったりもしますよね。そういった文化を多様な人たちが同じように楽しめるようにすることが、結果的に共生社会実現の近道となるのかもしれないと感じていて。だからバリアフリー上映によって、映画文化が生活の一部として開かれたものになっていってくれたらいいなと強く願います。それが映画の観客を増やすことや、映画文化をより豊かにすることにもつながると思うので。