2024年10月24日 10:40 弁護士ドットコム
「家族に危害が加えられるかもしれないと考えて断れなかった」。横浜市青葉区の住宅で男性が殺害されて現金が奪われた事件で、強盗殺人の疑いで逮捕された容疑者はこう供述しているという。
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首都圏を中心に闇バイトによる強盗事件が相次いでいるが、報道によると、この容疑者はSNSで「ホワイト案件」という投稿を見つけて、闇バイトと知らずに指示役とつながったとみられている。
本当に「家族に危害が加えられる」としたら、同情する余地は少しありそうだが、ネット上は否定的な声が多い。はたして、法的にはどう考えられるのだろうか。本間久雄弁護士に聞いた。
家族に危害を加えると脅されていたとしても、原則として、犯罪は成立します。ただし、緊急避難が成立したり、期待可能性がないとされた場合は、犯罪は成立しません。
緊急避難とは、自己又は他人の生命・身体・財産その他の法益に対する差し迫った危難を避けるために、ほかに方法がない場合、やむをえず他人の法益を害する行為をいいます。
緊急避難が成立する場合、刑法上の違法性がないため、罰しないとされています(刑法37条1項)。
期待可能性とは、違法な行為をした者が、具体的な事情の下で、違法な行為をしないで、他の適法な行為をすることが可能であることをいいます。期待可能性がない場合は、刑法上の責任を問うことはできないとされています。
この点が問題となった裁判例として、東京地裁平成8年6月26日判決(判タ921号93ページ)があります。
この事案は、オウム真理教元信者の被告人が、被害者と共に母親を連れ出そうと教団施設内に入ったところを見つかって取り押さえられ、教団施設内の一室に連行され両手錠を掛けられたまま教団幹部らに取り囲まれる中、教団代表者から被害者を殺さなければ被告人も殺すと言われ、被害者を殺害したというものです。
判決では、「緊急避難における『現在の危難』とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいうのであり、近い将来侵害を加えられる蓋然性が高かったとしても、それだけでは侵害が間近に押し迫っているとはいえない。また、本件のように、生命対生命という緊急避難の場合には、その成立要件について、より厳格な解釈をする必要があるというべきである」としたうえで、被害者の殺害を断っても、直ちに被告人が殺害されるような状態にはなかったと事実認定して、緊急避難を認めませんでした(結果として、「過剰避難」の成立は認められて、執行猶予付きの有罪判決となっています)。
また、この判決は、期待可能性の問題について、「期待可能性の理論による責任の阻却は、厳格な要件の下に認められるべきであり、客観的にみて当該行為が心理的に抵抗できない強制下において行われた場合など、極限的な事態において初めて責任が阻却されるにとどまるというべきであろう」とし、極限的な事態ではなかったとして、期待可能性の理論の適用を認めませんでした。
闇バイトの事案では、家族に危害が加えると脅されても、警察に通報したり、家族を一時的に避難させるなどして家族への危害を回避させることは可能であり、危害が間近に押し迫っているということは認めることは困難です。緊急避難の成立も期待可能性の理論の適用もできないでしょう。
また、刑法は「犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる」と情状酌量を規定しています(刑法66条)。
脅しの態様などによっては、酌量減軽がなされる可能性がありますが、闇バイトの手口や闇バイトに引っかかりそうになったときの対処法(警察への通報や周囲の人々への相談)についてマスコミ報道で大々的に報じられていますので、脅されたとしても、警察や周囲に相談しなかったほうが悪いとして、さして情状酌量はされない可能性があります。
「家族に危害を加える」と言われたとしても、犯罪の実行を拒否した闇バイト応募者に対して、いちいち復讐をしていたら、それだけ犯罪グループが捕まるリスクが高まるわけですから、実際に家族に危害を加える可能性はさほど高くないのではないかと思います。
闇バイトに引っかかりそうになったら、まずは警察や周囲に相談するということが大事です。
【取材協力弁護士】
本間 久雄(ほんま・ひさお)弁護士
平成20年弁護士登録。東京大学法学部卒業・慶應義塾大学法科大学院卒業。宗教法人及び僧侶・寺族関係者に関する事件を多数取り扱う。著書に「弁護士実務に効く 判例にみる宗教法人の法律問題」(第一法規)などがある。
事務所名:横浜関内法律事務所
事務所URL:http://jiinhoumu.com/