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強盗に入られたら、どこまで反撃していい? 94年前にできた「盗犯等防止法」が定める正当防衛の基準

2024年10月22日 11:31  弁護士ドットコム

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闇バイトなどを実行役に使った強盗事件が相次いでいる。もし強盗に押し入られた場合、私たちにはどこまでの反撃、防御ができるのか、気になるところだ。


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刑法の特則である「盗犯等防止法」は、被害者が現在の危険を排除するためであれば、強盗や窃盗などの不法侵入者を殺しても罪に問わないと規定している。



条文だけみれば「斬り捨て御免」のバイオレンス感漂う法律だが、なぜこんな特別法が生まれたのか。そして実際の事件ではどのように運用されているのだろうか。(ジャーナリスト・角谷正樹)



●東池袋の強盗返り討ち事件でも盗犯等防止法を適用



強盗が押し入った先で被害者の返り討ちに遭って死亡する事件は、最近では昨年(2023年)3月に東京で起きている。



東京都豊島区東池袋のマンションにある会社事務所兼社員寮に5人の男が点検業者を装って押し入り、経営者の40代中国人男性と30代女性の手足を縛り、現金約110万円とノートパソコン5台などを奪った。その際、強盗犯の1人でモンゴル国籍の20代の男が中国人経営者から反撃され、はさみで首を複数回刺されて死亡した。



警視庁は昨年12月、強盗を死亡させた中国人経営者について、殺人容疑の上、盗犯等防止法に基づく正当防衛として不起訴にするべきだとの付帯意見をつけて書類送検している。



●緊急立法のきっかけとなった「説教強盗」



盗犯等防止法(盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律)は、1930(昭和5)年に帝国議会に急きょ立案され、同年成立・施行された。制定の目的は、当時世間を騒がせた「説教強盗」などの強盗事件続発による社会不安に対処することにあった。



「説教強盗」こと妻木松吉は、1926(大正15)年から4年間にわたって東京周辺を荒らし回り、1929(昭和4)年に逮捕されるまで65件の強盗と30件の窃盗を繰り返した。



押し入った先で金品を奪った後、たばこを吸いながら被害者に「お宅の戸締まりは弱い」「犬をお飼いなさい」などと防犯の心得を説く大胆不敵な犯行で恐れられ、「説教二世」「説教三世」といった模倣犯まで出現。新聞で連日大きく報じられ、犯人逮捕につながる情報には懸賞金もかけられた。



礫川全次著「サンカと説教強盗」によると、「説教強盗」の命名は、当時この事件の報道で活躍した朝日新聞記者・三浦守によるものという。



三浦は事件の取材中、ある刑事が「説教強盗はサンカではないのか」と漏らしたのを聞く。サンカとは、かつて山奥や川原などを漂泊しながら生活を送っていた人々のことで、警察用語では「山窩」と書き、野盗集団のようなニュアンスでも使われていた。



実際には妻木は左官工で、サンカ出身ではなかったようだが、刑事のひと言がきっかけとなって三浦はサンカに興味を抱き、のちにサンカ小説の第一人者・三角寛として知られるようになる。



妻木は1929(昭和4)年2月、侵入先に残した指紋が手がかりとなって逮捕され、無期懲役刑に処せられたが、1947(昭和22)年に仮釈放で出所。その後は各地で防犯に関する講演をしていたというから、根っからの説教好きだったのだろうか。1989(平成元)年に87歳で死去している。



●正当防衛の成立要件を緩和

昭和初期の強盗事件多発をきっかけとして制定された盗犯等防止法。



その1条では刑法36条の特例として、強盗や窃盗に対する被害者側の正当防衛の成立範囲を拡大している。



1条1項は、
(1)盗犯を防止しようとするとき、または盗品を取り戻そうとするとき
(2)凶器を持ったり、門戸や塀を乗り越えたり壊したり、鍵や鎖を開けたりして人の住居などに侵入する者を防止しようとするとき
(3)ゆえなく人の住居などに侵入した者や、要求を受けても人の住居などから退去しない者を排斥しようとするとき
-の三つの場合に、自己または他人の生命、身体、貞操に対する現在の危険を排除するために犯人を殺傷したときは罰しないとしている。



さらに1条2項では、上記の三つの場合には、自己または他人の生命、身体、貞操に対する現在の危険がなくても、行為者が恐怖,驚愕(きょうがく)、興奮、ろうばいによって現場で犯人を殺傷したときは罰しないと定めている。



●実際の事件ではどう判断しているのか?



実際の事件への適用例はどうか。過去の報道をもとに確認してみたい。



水戸地検は2004年1月、水戸市内の土産物店で盗みに入ったとされる男性を取り押さえる際に首を圧迫して死亡させたとして重過失致死容疑で書類送検された元同店会長の男性について、盗犯等防止法に基づき、不起訴処分にした。<朝日新聞2004年1月7日など>



また、2002年3月、大阪市住吉区のマンションに窃盗目的で侵入したとみられる無職男を包丁で刺殺したとして殺人容疑で送検された会社経営者の男性について、殺意を否認したことから大阪地裁は傷害致死容疑に切り替えて捜査をしてきたが、同年5月、盗犯等防止法に基づき不起訴処分としている。<産経新聞2002年5月2日など>



以上は不起訴処分となった事例だが、無罪判決が出た事例もある。



福岡市で1999年7月、元会社員男性が自宅に押しかけてきた知人の首を絞め死亡させたとして殺人罪に問われた事件で、福岡地裁は2000年3月、無罪判決を言い渡した。



裁判長は「深夜に突然自宅に侵入され、蹴られて左目が見えなくなった被告が恐怖を感じ、慌てたのは当然」とし、さらに「大柄で体格差のある被害者から極めて強度の暴行を一方的に受け、被害者を押さえ続けなければ反撃される恐れがあった。やむを得ない行為だった」とし、盗犯等防止法の適用を認め、正当防衛が成立するとした。<毎日新聞2000年3月23日など>



●条文にない「相当性」の要件



一方、盗犯等防止法に基づく正当防衛を認めなかった判例もある。



中学生7人から強盗目的で暴行を受けた高校生が、持っていたナイフで中学生の1人の胸を刺し失血死させた事件で、最高裁は1994(平成6)年6月、盗犯等防止法1条1項の正当防衛が成立するための条件として、次のように判示した。



「当該行為が形式的に規定上の要件を満たすだけでなく、現在の危険を排除する手段として相当性を有するものであることが必要」



「ここにいう相当性とは、同条項が刑法三六条一項と異なり、 防衛の目的を生命、身体、貞操に対する危険の排除に限定し、また、現在の危険を 排除するための殺傷を法一条一項各号に規定する場合にされたものに限定するとともに、それが『已ムコトヲ得サルニ出テタル行為』であることを要件としていないことにかんがみると、刑法36条1項における侵害に対する防衛手段としての相当性よりも緩やかなものを意味すると解するのが相当である」



この最高裁決定では、中学生たちの暴行がメリケンサック以外の凶器を用いておらず、生命にまで危険を及ぼすようなものでなかったのに、高校生はナイフでいきなり中学生の胸を刺して死亡させたと指摘。



高校生の反撃行為を「身体に対する現在の危険を排除する手段としては、過剰なものであって、相当性を欠く」とし、盗犯等防止法に基づく正当防衛の成立を否定し、過剰防衛の成立を認めた原判断は正当との判断を示した(最高裁平成6年6月30日決定)。



●盗犯等防止法は今の日本社会に合っているか

昭和初期の強盗事件多発に対処するため制定された盗犯等防止法は、今の社会状況に照らして適切なものだろうか。



警察庁の集計によると、刑法犯の認知件数は2002(平成14)年をピークとして、2003(平成15)年から2021(令和3)年まで一貫して減少し続けてきた。ところが戦後最少となった2021年からは2年連続で増加し、2023(令和5年)は70万3351件と、前年比17.0%も増加している。治安は再び悪化の兆しを見せているのだ。



そんな中、いま世間を騒がせているのは、闇バイトなどを実行役に使った「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」による強盗事件や特殊詐欺事件の続発だ。



こうした事件では、実行役はSNSなどを通じたあいまいな文言での募集にアルバイトのつもりで応募し、指示役に身元を知られた上で脅迫されて不本意ながら犯行に加わっている場合もある。そのようなケースで、強盗の実行役が侵入先で返り討ちに遭っても殺され損というのでは、いかに強盗犯に非があると言っても、ちょっと酷な気がする。



盗犯防止法には、1条の正当防衛の規定以外にも考えるべき課題がある。



2~4条では常習・累犯者に対する刑の加重を定めており、3条では、常習として窃盗や強盗、またはその未遂罪を犯した者で、その行為前10年内に同様の罪で3回以上6ヵ月の懲役以上の刑の執行を受け、またはその執行の免除を得た者には、窃盗では懲役3年以上、強盗では懲役7年以上を科すとして、刑法より重罰化している。事件や裁判の取材でよく聞くのが、この常習累犯窃盗だ。



ただ、常習的に盗みを繰り返す人たちの中には、金がないとか物が欲しいといった動機もないのに盗みの衝動が抑えられないという人もいる。



「クレプトマニア(窃盗症)」と呼ばれ、現在では精神疾患の一種であることが明らかになっているが、裁判で心神喪失や心神耗弱が認められることはほとんどない。こうした精神疾患で盗みを繰り返すような人たちについては、盗犯等防止法の常習累犯窃盗罪を適用して刑務所で長期間服役させるより、適切な治療を受けさせるべきではないだろうか。



94年前にできた盗犯等防止法が今の日本の実情に合っているかどうか、いま一度、検証する必要がありそうだ。