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活況の「退職代行」、サービス提供の弁護士にもジレンマ 「慎重に決断して欲しい」と語るワケ

2024年10月20日 09:30  弁護士ドットコム

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近年注目を集め、新年度などに話題を集める「退職代行サービス」。会社などを退職したい本人に代わって必要な手続きを進める“心強い味方”として、利用が広がっている。


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9月は年度の上半期終わりで、夏のボーナス支給後となる企業なども多いため、年度末の3月ほどではないにしても、退職者が多い月とされる。職を辞すにあたって、退職代行サービスを利用した人もいそうだ。



“生涯一企業”というワークスタイルの人は以前より減少し、転職が珍しくない時代にマッチしたサービス業なのかもしれない。しかし、「退職」が本人にとって大きな転機で、その決断の重みはそれほど変わっていないのではないか。



数年前から退職代行サービスを提供し多くの依頼に対応した経験を持つ竹内瑞穂弁護士は、「単に『辞めます』と伝えるだけのサービスが広がれば、本人が慎重な判断をせずに退職を選択することを後押ししてしまうのでは、という懸念はある」とし、退職の決断を尊重しつつも、「辞めた後どうするのかというビジョンが大切」と警鐘を鳴らす。(編集部・若柳拓志)



●権限「民間<労組<弁護士」 費用「民間≦労組≦弁護士」

退職代行は、従業員本人に代わって会社に対し退職の意思を伝えるサービスで、弁護士の提供以外では、主に民間企業や労働組合(が運営する業者)が実施している。



民間企業によるサービスでは退職する意思を伝えるのみで、会社との法的な交渉などは「非弁行為」に当たるため、おこなうことができない。



労働組合の場合は、憲法が認める団体交渉権に基づき、退職の意思を伝える以外にも、未払いの残業代や退職金などについての交渉も可能だ。ただし、会社側から訴訟を起こされたなど法的紛争に発展した場合の対応までは難しいとされる。



弁護士であれば、法的な交渉はもちろんのこと、訴訟などに発展した場合でも対応しやすい。対応可能な範囲という点なら「悩むまでもなく弁護士」でいいはずだが、利用者にとって悩ましいのが「サービスの費用」だ。



民間企業や労働組合の場合、サービス内容にもよるとはいえ、おおむね3万円以内に収まる範囲でサービスを提供しているところが多い。中には2万円以下で提供している業者もいるようだ。



一方、弁護士に依頼した場合は5万円以上のケースが多い。竹内弁護士が退職代行サービスとして提供している「基本プラン」も71500円(管理職以外)だ。



退職の意思を伝えるだけでなく、退職日の交渉のほか、引継ぎに関する交渉や私物引き取り、貸与品返却の連絡、離職票などの書類発行依頼などのサポートも含まれているがゆえの費用設定だが、それらサポートが不要という利用者にとっては割高感があるかもしれない。



竹内弁護士は、「退職が一筋縄ではいかないケースやトラブルなどに備え、なおかつ弁護士としての業務が成り立つギリギリの費用設定として、この金額にしている」と話す。



「退職で悩む人が、『弁護士に頼むと高いのではないか』という不安で依頼できないということがないよう、通常の弁護士業務の費用に比べて安価で収まるサービスとして提供しています。



それでも、容易に退職できるケースであれば、『弁護士に依頼して費用もったいなかったな』となる方もいるでしょうし、一方で容易でない退職手続きとなったケースなら、『最初から基本プランでお願いしておいて得したな』となる方もいると思います。



退職代行を利用して退職の意思は伝えたものの、最終月の給料が振り込まれない、退職金がもらえないと相談に来る方がいます。



私は、弁護士ではない退職代行サービスを利用したものの退職に失敗した場合、基本プランより費用を抑えたサービスを提供していますが、それでも時間や労力は返ってきません。費用を抑えたい気持ちは理解できますが、一方で『最初から弁護士に依頼してくれれば』というケースもやはりあります」



●退職を言い出せず、自死する人もいる

竹内弁護士は、退職代行サービスについて、「会社を辞めたい人の退職を後押しする“身近”なサービス」と表現する。



「辞めたいなと思ってるけど辞められない、あるいは辞められないものと縛られている人が、思い悩まずに利用できるように生まれたサービスだと思うんです。



たとえば、キャリアアップできるチャンスなので退職日を絶対に死守したい、引き止められたり退職届を受理されないと困ると悩んでいる、転職活動に時間を割きたいから退職のためのやり取りをしたくないなどの理由で利用してもらってもいいと思います」



退職代行サービスが受け入れられ始めている背景には、「サービスを利用しないと辞められないような企業が実在するなら、そこまで苦しむ必要はないのでは」という認識が世間に広まったからでは、と分析する。



「『退職代行なんか使って会社を辞めることは恥ずかしい』と思わずに、サービスを使えるようになってきたことは、本当に悩んでいる人にとっては良いことだと思います。



『退職したい』と言い出せないがために追い込まれて、自死された方もいます。そんな社会に対して、そこまで思い悩む前に、自分の人生観で退職が妥当だと思った時には身構えずに退職代行サービスを使って辞めればいいんだよ、ということを私もずっと伝えてきました」



しかし、「退職することの意味が変わったわけではない」と釘を刺す。



「思い悩んで一刻も早く辞める必要があるとしても、退職すれば『明日から無職』です。本人がその事実と向き合わなければならないのは、退職代行を利用したとしても同じです。



退職した後のビジョンを持つ、退職するか否かをきちんと天秤に乗せて検討することの必要性、重要性は少しも変わっていません。



サービスの広がりによって、退職手続きの“身近”さだけが独り歩きしていくのだとすれば、それは恐ろしいことだと思います」



●“身近”のジレンマ「辞める辞めないの判断は本当に難しい」

竹内弁護士も、退職代行サービスを提供していて、どう“身近”であるべきかを悩むことがあるという。



「就職1年目の人から辞めたいと依頼されたら、『職場環境や条件がすべて良い職場なんてそうあるわけじゃないよ。色々頑張った結果もう無理なの?まだ1年目で研修受けただけでしょ?』とお節介だとわかってても、思うことはあります。



依頼者にしても、依頼された側はそんな余計なことを考えず、ポンポンと自分を辞めさせてくれればいいと考えているかもしれません。



退職代行サービスを使うか否かでは悩んでほしくない。その意味では“身近”でありたい。でも、辞めるか辞めないかの判断要素は大抵複雑で、本当に難しいです。



私が辞めない方がいいのではと思っても、言い方を間違えれば、『あ、やっぱり退職代行を利用してはダメなんだ』と誤解されるおそれもあります。



一人ひとりと向き合うサービスである以上、画一的な正解はないと思います。『きちんと将来のこと考えてる?』というお節介心を忘れずに、『何も考えずに退職できる』ことを後押しするようなサービスにはしたくないですね」




【取材協力弁護士】
竹内 瑞穂(たけうち・みずほ)弁護士
大手企業内部の労働問題の解決だけでなく、自身の経験を活かし、弁護士による退職代行のパイオニアである小澤亜季子弁護士とともに退職・辞任に関する様々な問題の解決に尽力している。また、特許事務所での勤務経験から特許、商標などの知的財産権にも精通している。
事務所名:赤坂山王法律事務所
事務所URL:https://mizuho-rlo.themedia.jp/