トップへ

校外PC利用が先進国でビリでも「日本はよくやっている」と思う理由 GIGAスクールの次のステップ

2024年10月17日 16:51  ITmedia NEWS

ITmedia NEWS

写真

 経済協力開発機構(OECD)では3~4年に1度、15歳の学習到達度調査(PISA)を行っている。直近の調査は2022年だが、日本経済新聞が調査報告書を分析したところ、日本はPCやタブレットを校外で毎日に触れる割合で、最低水準となっていることがわかった。”生成AI(人工知能)などが成長をけん引するデジタル時代の人材育成で世界に後れを取りかねない”と警鐘を鳴らす。


【画像を見る】先進国の中で日本がトップを走る教育分野とは


 一方でスマートフォンの利用時間は、世界との差はない。スマートフォンはコンテンツを消費する道具で、PCはコンテンツを制作する道具であるから、学校外でのPC利用率が低いのは問題だ、という趣旨は分かる。その一方で、教育ってそんな単純な話なんでしたっけ? という疑問もある。


 そこでOECDの元データを当たって、日本の子ども達はそんなにマズいのかと調べてみたら、驚いた。


●日本は、うまくやっている


 PISAのレポートは英文だが、文部科学省と国立教育政策研究所がポイントを日本語でまとめたレポートがある。今回はそちらで見ていく。


 まず「平均得点および順位の推移」のグラフを見ていくと、22年の日本は、科学的リテラシーで1位、数学的リテラシーでも1位、読解力で2位となっている。「3分野の得点の国際比較」の表組を見てみると、読解力はアイルランドと同点なので、これは2位ではなく同率1位と考えるべきだろう。


 注目すべきは、18年までの下降路線から反転して、どの分野でも平均点を大幅に上げてきているところだ。全体平均のグラフは2022年で下がっているので、問題が易しかったというわけではない。


 日本では20年から21年にかけて、GIGAスクール構想にて全国の公立小中学生全員にPCやタブレットを配備した。PISAは15歳の調査なので、日本では中学3年生が該当する。まさにこの成績は、GIGAスクール構想の影響を無視して評価するわけにはいかないだろう。まだ短期的にではあるが、成績向上に効果があったと判断できる。


 一方で校外でPCを触っている2トップ、デンマークと米国の状況を見てみると、「数学的リテラシー」でデンマークが9位、「読解力」でアメリカが6位に顔を出す程度であり、その他は圏外である。


 “生成AI(人工知能)などが成長をけん引するデジタル時代の人材育成” は、そもそも15歳の時点から差異が発揮されるものだろうか。それよりも、その前段階として数学的・科学的リテラシーと読解力を無視しては、なり立たないのではないか。


 日本は「授業でのICT利用頻度」において、OECD諸国と比べて低いという結果がでている。だが授業中のICT機器利用により注意散漫になることが圧倒的に少ないというデータも出ており、今のところ日本の教育は、かなりうまくやっている。これはひとえに先生達の頑張りの賜だろう。


●「PCじゃないと」はもう古いのでは?


 PCとスマートフォンの関係でいつも思い出すのが、13年に筆者のメールマガジンでベテランPCライターの山田祥平さんと対談したときの話である。この時印象的だったのは、山田さんが「スマホでもできるんだけど、細かいことになってくると"ああめんどくさい"と言いつつパソコンを取り出す」というお話をされていた。


 当時の筆者は、今後はスマートデバイスが主力になり、PCは衰退するのではないかと考えていた時期だった。iPadだけで本を一冊書いたりもしていた頃なので、そういう山田さんの意見にあまり共感できなかったのだが、今はめちゃめちゃ共感できる。スマホでも散々やろうとしたが、PCのほうが画面はデカいしキーボードは快適だし、クリエイティブに必要なツールがそろっている。


 ただこうした考えは、われわれオジサン世代にとってPCは共に成長してきた盟友であり、知らない事がほとんどないから分かりやすいだけのことのような気がする。


 昨今ではスマホで小説を書いてしまう作家や、スマホで動画を撮影・編集してメディアへ乗せてしまう記者や、iPadで作曲してしまう音楽家も登場している。使い慣れたツールであれば、それがPCだろうがスマホだろうが、もうクリエイティブとは関係ない。


 日本経済新聞が10月1日付で報じたところによると、現在米国15の州、オランダ、ニュージーランド、フランスでは、学校でスマートフォンの利用を禁止する法律が相次いで施行されているという。学習の妨げになる、依存やいじめの問題が深刻化しているとの理由からだ。


 日本においてこれらの問題は、「いつか来た道」だ。すでにケータイの時代から小中学校は持ち込み禁止、高校はスマートフォンを学校に預けるというシステムが完成しており、むしろ「学校でICT使わなさすぎ」が大問題だった。先進国の方向と逆向きだったわけである。そして今はそれらの国が、日本のやり方に向き直り始めた。


 ケータイ・スマホ問題を通り過ぎた日本の状況は、年齢層は下がるが電通メディアイノベーションラボと東京大学名誉教授 橋元良明氏との、23年の共同研究に見て取れる。


 これによれば、0歳から12歳までで最も多く利用するデジタル機器はスマートテレビであり、年齢が上がるにつれて家庭用ゲーム機が上がってくる。スマートフォンは利用低年齢化が懸念されてきたところだが、12歳で58.5%へ到達というのは、体感的には納得できる数字だ。またPCが全年齢で不調なのは予想通りである。


 家庭でPCが利用できないのは、環境が整っていないということもあるが、そもそも子どもが欲しがらないからということが大きいのではないか。それは家庭用ゲーム機の普及率との違いを見れば明らかだ。


●「うまくいっているシステムはさわらない」の原則


 米国で子どものPC利用が盛んなのは、ゲーム機として使われているからという視点は無視できない。米国ゲーム市場の中心はPCであり、子どもが欲しがる。これは日本の家庭用ゲーム機に匹敵するパイがある。ハリウッド映画に出てくるキッズハッカーはだいたいPCゲームオタクだが、あれは米国にはよくいるタイプなのである。


 では日本でもああいう子たちを増やしていくべきなんですかね? と言われれば、それは違うだろう。筆者はインターネットユーザー協会代表理事としてICT教育の旗振りをしてきたものの1人ではあるが、それはICTが扱える者と扱えない者との格差が拡がる事を懸念したからだ。


 だが誰もがICTが扱えるようになったら、その次に目を向けるべきタイミングである。アプリケーションやネットサービスの開発はPCが有利だろうが、それを全員がやる必要はない。作物を育てたり、家を建てたり、教育をしたり、都市に公園を作ったりすることは、15歳からPCを家で触ってたこととは関係ない。


 これは日本が、1964年という早い時期にOECDに加盟し、いわゆる「先進国クラブ」への仲間入りを果たした、成熟した国家であるというところと関係がある。国家が成熟すると、「あり得ないこと」は起こりにくくなり、新しい発明や発見の余地が小さくなる。


 90年代のバブル崩壊以降、日本にずっと閉塞感があるのは、社会システムが成熟してしまったからだ。だがその社会システムでは、いよいよ立ちゆかなくなってきたのが今である。


 次に起こるのは、「広義の編集」だ。ゼロから何かを産むのではなく、これまでの既存システムをいったんバラして組み替えたり、システムとシステムを思ってもみない方法でつないだりして、新しい価値を創造する行為である。


 それは、必ずしもIT上で起こるとは限らない。社会を変える、社会を動かすとはすなわち、すごい人とすごい人を出会わせたり、ものすごい人数を集めてきたりといった、人を動かして事(こと)を起こすことであり、ある意味で「コミュニケーションのオバケ」みたいな人材が大量に必要になるタイミングが来る。そういう人が生まれてくるスキも作っておかなければならない。


 子ども達に家庭でもPCを使わせろという人達もでてくるだろうが、筆者の技術者としての経験からすれば、「うまくいっているシステムはさわらない」ことをお勧めする。日本の教育は、失敗していなかった。いじるなら、うまく行かなくなった兆候が見えてからだ。しばらくは日本の教育者に任せて、様子をみようではないか。