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電子コミックの源流は“PDA”から――「コミックシーモア」が歩んだ20年、朝日代表に聞く

2024年10月09日 13:41  ITmedia NEWS

ITmedia NEWS

2020年にNTTソルマーレ代表取締役社長に就任した、朝日利彰氏

 もはやマンガを読む手段としてすっかり定着した、電子コミック。旧作から新作まで、スマホやタブレットでいつでもどこでも好きな作品が読める便利さは、毎週決まった曜日にマンガ雑誌を買いに行くしかなかったわれわれ読者の習慣を大きく変えた。


【画像を見る】「コミックシーモア」が歩んだ20年をじっくり振り返る(10枚)


 その中でも老舗とされる「コミックシーモア」も、2024年で20周年。これを記念して、運営会社のNTTソルマーレは9月5日、報道陣を集めて電子書籍事業戦略発表会を開催した。同社はNTT西日本の完全子会社である。


 今回はNTTソルマーレの朝日利彰代表に話を伺う機会を得た。コミック配信事業だけでもすでに30社を超えるという中、電子コミック市場の立ち上がりや現在の状況を伺いつつ、コミックシーモアの特徴や立ち位置を明らかにしてみたい。


●最初はPDA? コミック配信の始まり


──コミックシーモア20周年おめでとうございます。これまでの歩みを拝見させていただいたところですが、最初に「Foobio」という端末ダウンロードサービスから始められてますよね。お金を入れてPDAを接続して、マンガをダウンロードするというサービスだったとか。この端末は東西関係なく展開されたんでしょうか?


朝日:大阪を中心にサービスを開始し、東京にも展開していました。当時は、すでに光回線がありましたので、そこにつなげばどこからでもダウンロードできる形にはなってたと。


──そして04年には、当時のいわゆるガラケー向けにiモードでサービスを展開されています。当時からすでにワイヤレスで、モバイルでマンガを読ませるっていうビジョンがあったわけですか


朝日:「Foobio」の時は、ターゲット端末はザウルスだとかカシオペアのような通信機能を持たないデジタル端末で、コンパクトフラッシュだとかSDカードにダウンロードしましょうっていうビジネスでした。このターゲット端末が携帯に変わることは明らかだったんで、もうこのビジネスは通用しないなっていうことで、3年でサービスを終了しました。


 その3年のうちに、ダウンロードコンテンツではコミックは人気があるということはつかみましたので、私たちはコミックに集中して、しかもダウンロードはお客さんがやる形でビジネスとして立て付けるべきだということで、「コミックi」がまずiモード上で生まれたわけですね。当時はまだ、先行事業社は1社しかなかったんです。


──当時の携帯電話って画面解像度が低いので、そこでマンガを読ませるにはコマごとに切り出すとか、いろんな方法を試行錯誤されてたと思うんですけども。そもそも当時のマンガはデジタルデータになったものはなくて、紙からスキャンしてバラしていったっていう、そういうことですかね?


朝日:まさにおっしゃる通りですね。版面をスキャンして、それをコマに切り取って並べ直して、全体を1つのコンテンツにして。


 もう取りあえずしんどかったって話だけはたくさん聞いてます。それでも最盛期、月間10億ぐらいダウンロードがあったそうです。


──まさに、通信業界イケイケだった時代ですよね


朝日:そうですね。思った以上にユーザーさんの反響があって、iモードだけでなくauさんだとか、当時のvodafoneさんでも同じビジネスモデルをやることになりました。ある意味、日本の携帯を所持してる方全員に向けてコミックビジネスをやっていくってことになったわけです。


●ビジネスの転機となったスマホの台頭


──それがスマートフォン時代になって、やり方なり売り方といったセオリーが、ガラッと変わったわけでしょうか


朝日:まず、携帯からスマホに変わるっていうのは、 いわゆるキャリアプラットホームからオープンインターネットに変わるっていうことと多分同じだと思うんですよね。


 キャリアプラットフォームでは、 キャリアがユーザーさんを連れてきてくれるので、私たち書店が直接顧客に向かって営業することなかったわけですけども、オープンインターネットのスマホに変わったら、私たち自らが広告を打って集客をしなきゃいけなくなった。


 ただ一方で、非常にマンガの作り手が増えて、作り方にもバリエーションが増えました。例えば昔からのマンガってのは、編集者とマンガ家が二人三脚で作るものでしたが、その作り方や作り手っていうのが、ものすごくバリエーションが増えたっていう時代でした。


 やっぱり1番大きいのは、ユーザーが時間や場所を選ばずダウンロードできるようになった。その手軽さだとか消費性っていうのがどんどんに向上していって、それがものすごい正のスパイラルになって、ここまで電子コミック市場だ成長してきたんじゃないかなって思います。


──コミックシーモアは12年にサービスインされてますけども、 僕の感覚で言うと、書籍の電子化ってやりたいところはすごくやってるんだけど、なかなか全体が乗ってこないっていう時期が長かったように思います。12年っていう時代って、やはり出版社によって温度差があったわけですよね


朝日:ありましたね。ただもうiPhone自体が08年に日本に上陸してましたから、私たちの参入は決して早い段階でもなかったと思います。事実私たちは携帯でこの世の春を謳歌してたものですから、当初スマホでの売り上げが伸びていかなかったのは、そこでアクセル踏み遅れたんですよね。


──それに関連するのかもしれないですけども、御社のサービスって、いわゆるWebブラウザ上で展開していらっしゃいますよね。今多くのマンガ配信プラットフォームはアプリ上で展開しているわけですが、やっぱりそういうところも関係するんでしょうか


朝日:もちろん会社の裏側の事情などはありますけども、やっぱりWeb型とアプリ型では当然その開発費が変わってきます。それはさておきなんですけど、僕らとしてはサービスを進化させていくにあたって、やっぱりアプリ型っていうのは不自由だと。


 ご存じの通り、アプリはOSプラットフォーマーを介して提供していくので、例えば画面を少し変えたいだとか、あとサービスを少し拡張したいだとか、変更したいと考えた時に、スピード感が全く違うんですね。われわれはWeb型の方が圧倒的にそれを柔軟に早くできるっていうことを、重視してます。それとオープンインターネットですから、さまざまなところからリンクで顧客の流入を取ることができるっていう点だとか。


 あとアプリと違うのは、決済手段が多様に設定できる点もあります。この3つのメリットを重視して、Web型で今のところ進めているところです。


 一方でアプリ型のメリットもあります。ホーム画面にアイコンが載れば、 そこがもう流入口になりますし、習慣として繰り返し流入を取ることができるという利点もありますね。どちらのメリットを重視するかで、今アプリ型とWeb型が分かれていたり、あるいは両方やられる事業者さんがいらっしゃったりというのが現実だと思うんですよね。


 私たちの場合は、購入はWebで行っていただくんですけど、いったん購入いただいたコンテンツは本棚のアプリっていうのを用意していて、そちらでダウンロードしてライブラリ化していただける。読むことに関してはアプリからでもやっていただけるような立て付けになっている状況です。


──話が少し戻りますけども、コミックシーモアって、サービスインした当初は女性向けのマンガが主力だったような気がするんですよね。その背景ってどういうものがあったんでしょうか


朝日:最初に持たせてもらった作品がもう20作品しかなかったわけなんですけども、当時はやっぱり電子コミックなんていうのは、大手の出版社からも疑心暗鬼に思われてた。そんな中で、女性向けコミックの出版社さんは割と協力的だったっていうところはあります。


 ただ実際に少ない作品で始めてみると、女性ユーザーの反響がやっぱり大きかったです。


 これは想像なんですけど、私たちの若い時っていうのは、普通に表でも電車の中でもマンガを読んでいたんですけども、やっぱり女性でそういう人を見かけることって、ほぼなかったと思うんですね。だから割と女性が外でマンガを読むっていうことが、 ちょっと恥ずかしかった時代なのかなという風にも思うんです。


 一方で電子コミックっていうのは、24時間場所も時間も選ばないっていうところで、特に女性に利用されるっていうことが、始めてみてわかったんですよね。ですので女性向けの作品を充実させるとこから始めていったのが、そのきっかけといえばきっかけですね。


──現在電子コミック業界には、30社以上のプレーヤーがいらっしゃいます。これだけの競合プレイヤーがいて、各社どうやって成立しているのか、謎なんですよね


朝日:音楽とか映像の配信サービスっていうのは、かなりここ10年ぐらいでサブスク型に変化してしまったと思うんですよね。ただコミックの配信の場合は、サブスク型、いわゆる読み放題型みたいなのは一部あるんですけど、大半はまだまだアラカルト型なんですよ。これがやっぱり音楽とも映像とも1番違う点だろうなって思う部分ですね。


 業界の中でこれだけのプレイヤーがいても成り立っているというのは、作品と出会うことが重要であって、だからこそ書店に違いがあって、そこを回遊するユーザーにとっては意味があるというふうにつながってくるのかなって思います。


──やっぱりそのコンテンツ1個1個の強さとか魅力みたいなところが、このビジネスのキーになるんだろうなっていうのは、お話を聞いててなんとなくつかめてきたところです。 ではそこで、どういうコンテンツを手配すればいいのかっていうところになってくると思います


朝日:映像や音楽と違ってマンガってのは、実はユーザーが知らない作品が最も多いジャンルじゃないかなって思うんですよね。


 音楽なんかだと、どこかで聴いたことがあるっていうことがあり得ると思うんですけど、 コミックは本当に読んだことがなければもうほぼわからない。そういうコンテンツの性格を帯びてるって私個人としては思うんですけど。


 そういう意味では、そのマッチングをしてあげることに対する付加価値が高いわけなんですよね。ユーザーが自ら探しに行くのがなかなか難しいとも言い換えられるかもしれませんが。


 そこに書店としての付加価値を出していく。書店の中のイベントだとか企画を通じて、出会うはずもなかった作品に出会ってもらう、もしくは昔あったんだけどもうない、そうした忘れたものにたどり着いてもらう。


 そういう機会を私たちの中で演出する。これも書店の仕事かなと思っています。


──紙の書店と大きく違うのは、販売データをダイレクトに持っていて、解析できるっていうところが大きいのかなという気がします


朝日:そうですね。それはどこでもやられてますけど、ある程度ヘビーに使っていただけると、お客さまの読まれる傾向も分かってきますので、その中で過去作品や新作がおすすめしやすくなります。マッチング精度も上がると思いますので、そういうデータの活用っていうのは、書店としてはしっかりやんなきゃいけない。


 だからこう、通り一辺倒に新作が出れば100万人、200万人同時にメルマガを送るっていう、そういうビジネスとは違うのかなって思ってます。


──僕個人がマンガのタイトルに出会うのって、やっぱりSNSのWeb広告が多いかなと思うんですよね。Web広告って作品の一部を切り出して作られるわけですけど、どこのコマをどう切り取って、ここまで見せてさあ続きは……っていう風に構成するのか。そのノウハウって、電子書店ならではのものがあるわけですよね


朝日:はい、ございます。うちにベテランの書店員何人もおりますので、第1話の中でも、限られた広告の中でどう切り出すか。当然、切り出す場所によって売り上げも変わるんですね。もっと言うと、キャラクターが右向いてるか左向いてるかでも変わる時があるんです。


 それくらい、熟練した人でないとできない部分もあるんです。それがうまく作れれば、 その作品を収めていただいてる出版社からも喜ばれますし、作家さんにも喜んでいただける。そこは一生懸命やる部分ですね。


──これはやっぱり、職人技みたいなところになってくるんですか。AIでは難しいですか?


朝日:今のところは、職人ですね。もちろん、2つのパターンを一定期間出してみて、どっちがこうユーザーのクリックが多かったとか数値化して見ていくことはあるんですけど、 基本的にこういうクリエイティブがいいんじゃないかっていう、その選別の目っていうのは、書店員の目ですね。


──一時期、というか今でも漫画村のような違法配信サイトは常に問題になるところですけど、違法対策としては隣接権を持ってる出版社は法律で戦えます。一方書店って、権利では戦えないんですよね。これ、書店なりの戦い方ってどういうスタイルになるんでしょうか


朝日:究極、違法配信サイトはゼロにはならないっていう原則論に立てば、これはもうどこまで行っても読み手のモラルの問題だったりするわけなんです。それはもう啓蒙していくしかないっていうところで、出版社を中心とした連合に私たちも参画していますけども、電子書店同士でも連合を作って、啓蒙活動を一緒にやらせていただいてるところです。


──コンテンツが魅力的で、あとは品ぞろえと入手のしやすさ、価格とか信頼度ですね、そういうところで悪貨を駆逐していくみたいな方法論かと思うんですけれども。そういった意味では、オリジナルコンテンツを持っていて権利者側になるっていうのも結構大事なポイントになってくるのかなと。御社はオリジナルコンテンツの開発とかクリエイター支援策は、どのようにやってらっしゃるんでしょうか


朝日:もともと以前からオリジナルコミックも持ってるんですけども、 最近注力してるのは、そのコミックシーモアが持つ多彩なデータ。ジャンルごとの売り上げの推移だとか、人気の作品等からのトレンドをつかみながら、お読みになれてるユーザーの性別、年齢などの相関を分析したり。あとはWeb広告の反応の良しあしなどから、どういった描写、シーンが読者を引きつきつけるのか、そういう分析結果を実際の作品作りに生かして、オリジナルコミックを作っています。


 クリエイター支援策としては、いわゆるコミケ、コミックマーケット等にはほぼブースを出して、持ち込みされた作品を1つでも多く拝見させていただいて。世の中に広めるべきものであればピックアップさせていただいて、シーモアコミックスから出していこうという取り組みをやらせていただいてます。


──発表会のプレゼンテーションでもおっしゃってたんですけど、海外マーケットにも力を入れていますよね。日本のコンテンツを世界標準に合わせるんじゃなくて、「ネオガラパゴス」っていう、日本の中で熟成させていくんだという発想が、これまでコンテンツの海外進出っていう手法と違って非常に面白いこと考えられてるなっていう気がするんですよ。 逆に言うと、日本で濃く熟成させた方が、世界で戦えるというふうに見てらっしゃるってことですか


朝日:そうですね。もちろん宗教的なこととかにはカルチャライゼーションしていかなきゃいけないと思うんですけど、基本的には日本で人気のマンガがそのまま海外でも人気が出るっていうのは、割とこれ相関がありまして。


 ですので、基本的には国内で芽が出るもの、芽が出そうなものをいかに手早く海外にも広められるかっていう勝負かなっていうふうに思ってます。もちろん1つずつの国のマーケットが大きくなっていけば、その国独特の文化だとか宗教に合わせてコンテンツを作っていくっていう目線もあると思うんですけど、まだちょっとそこまでには至ってないですね。


 ただ海外は意外とまだ、紙文化なんです。


──そうなんですか!?


朝日:おそらく90%以上はまだコミックが紙で読まれてる可能性があるんですね。ですので、これからどのように電子コミック市場が育成されていくかっていうところが、1つ僕らがビジネスに関わっていけるかなっていうふうに見てますね。


 筆者は割とマンガは読む方なのだが、出版社が運営しているものはまあなんとなく分かるとして、多くの配信事業者が同じマンガを配信してなぜお互いが食い合わないのか、ビジネスがよく分かっていなかった。実際に話を伺って、書店という形でも逆流してコンテンツに関わっていけるというところが、市場のダイナミズムを産んでいるということがわかった。


 紙のマンガ文化を懐かしく思うこともあるが、1週読むチャンスを逃してしまうともう読めないというもどかしさから解放されたのは、電子コミック配信事業の活性化の恩恵だろう。


 日本が世界に誇れるオリジナルの文化の1つであるマンガは、ネオガラパゴス化した中でさらに成熟し、先鋭化していく。まさに現代を生きるわれわれは、その過程に立ち合っているところである。