Text by 生駒奨
9月27日、映画『SUPER HAPPY FOREVER』が劇場公開された。『息を殺して』(2014年)『泳ぎすぎた夜』(2017年)でその才能を知らしめた映画監督・五十嵐耕平の長編最新作。第81回ヴェネチア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門で日本映画初のオープニング作品に抜擢――。さまざまな意味合いで封切りを待ち望まれた作品だ。
大きく高まった観客からの期待を、本作は静かな熱狂とともに超えていこうとしている。この映画は現代に何を描き出し、未来に何を残そうとしているのか。去る9月28日、新宿武蔵野館で行なわれた公開記念舞台挨拶で語られた監督・キャスト陣の言葉を交えながら、94分の上映時間に込められた意味に想いを巡らせてみたい。
この映画は「凪いで」いる。「凪」とは、海風が止み、波がなくなり、一瞬訪れる静寂のこと。劇中では、2018年と2023年の2つの時間軸が描かれる。そのあいだの5年間には数えきれない変化や雑音があったはずだが、作品内の時間は静かで、「喪失」だけが強調されている。
2023年、幼馴染の佐野と宮田が伊豆のリゾートホテルを訪れるところから、本作は始まる。海が見える部屋で佇む佐野に、宮田は「この部屋で合ってる?」と聞く。佐野は、5年前に同じホテルに泊まった際に出会った女性・凪(演:山本奈衣瑠)の影を追ってここにいた。凪と結婚した佐野だったが、5年後、彼女はこの世を去った――。
佐野(左)と宮田(右) ©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
「佐野」と「宮田」を演じるのは、NHK連続テレビ小説『舞い上がれ』(2022年)の佐野弘樹と、映画『悪は存在しない』(2023年)などに出演した宮田佳典。本名がそのまま役名になっていることからも推察できるように、『SUPER HAPPY FOREVER』はこの2人が起点となって始まった。
「6年前、僕と佐野くんでカフェに入り浸って、『2人の作品をつくろう』という話をずっとしていました。そのなかで、監督をしてもらうなら誰がいいか、というのも議論していて。たくさんの監督さんの作品を一緒に見て、2人とも『この人だ』と感じたのが五十嵐耕平監督だったんです」(宮田)
「『息を殺して』など五十嵐監督の過去作を見たときに、『この人の作品のなかに僕たち2人がいたらどうなるんだろう?』と感じたんです。それをぜひ見てみたいと。とくに企画や脚本のアイデアはなかったのですが、とにかくこの人に撮ってもらいたいと強く思って、直接メールでアプローチしました。いま、それが実っていると思うと感慨深いです」(佐野)
「佐野」と「宮田」はもちろんフィクションの登場人物だが、役者である佐野弘樹と宮田佳典の人間性が色濃く反映されている。佐野は「特別な役づくりをする必要はなかった」と語るし、宮田は「作中の僕は看護師の設定で、シャドーボクシングをするシーンもありますが、実際僕自身も救急看護師とボクシングをずっとやっています。あと、作品を見てくれた人はおわかりかと思いますが、実際の僕も『運命』みたいな考え方が好きですね」と話す。
『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真 ©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
すこしだけ「運命」の歯車がずれていたら、これが現実だったのではないか。パラレルワールドを見ているような錯覚に陥るのが、この映画の特徴だといえる。
山本奈衣瑠が演じる凪の職業はフォトグラファー。2018年の夏、凪は友人とともにZINEをつくるために、伊豆に取材を兼ねた旅行にやってくる。しかし、友人は身内の不幸で参加できなくなり、急遽一人旅に。そこで偶然出会った佐野たちと交流を深めていくことになる。
凪という役もまた、現実の山本奈衣瑠とリンクしている。山本はモデルとしてキャリアをスタートし、ファッション雑誌やアパレルブランドの広告などに数多く登場。ファッションアイコンとして注目を集めた。しかし、モデル事務所を退所して独立し、2019年にフリーマガジン『EA magazine』を創刊。徐々に俳優としても地位を確立し、クリエイター・表現者としての道を歩んでいる。『SUPER HAPPY FOREVER』のなかで、何かを焼きつけるようにフィルムカメラのシャッターを切る凪の姿は、表現活動に情熱を燃やす山本の「素の姿」と大きな違いはないはずだ。
山本自身も、「私は『自分がいなくなった世界』を知らないので、この映画ではただ楽しく、その場を生きることを意識して演じました。等身大で、そこで生きている姿を残すことが凪の役目だなって」と話す。
『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真 ©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
この旅で凪にとって重要だったことの一つが、ホテルで清掃員として働くベトナム人アン(演:ホアン・ヌ・クイン)との出会いだ。わずかな滞在期間中、従業員とゲストという関係を超えて仲を深めた2人。凪はチェックアウトの直前、この映画のキーアイテムともいえる「あるもの」をアンに託す。そして、「いつかもう一度泊まりに来るから、また会おう」と約束する。
2023年、ホテルは閉館することが決まり、アンもベトナムへの帰国が決まっている。佐野と宮田がふたたびホテルを訪れたのと同じタイミングで、アンは最終出勤日を迎えていた。そして、ホテルを去るアンは、凪から託された「あるもの」をしっかりと身につけていた。
アン(左)と凪 ©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
この世にいない凪、過去にとらわれる佐野と、つぎのライフステージに向かうアンが鮮やかに対比される。
本稿の冒頭でも触れた映画のファーストシーンで、2023年の佐野は大きなバックプリントが入ったスポーツブランド「アンブロ」のTシャツを着ている。そして、2018年の旅行の最終日に佐野と凪が再会するシーンで彼が着ているのも、同じアンブロのTシャツだ。ある意味、本作を象徴するアイテムの一つといえる。
2018年と2023年という2つの時間軸を描きながら、その時間がひとつながりであること、登場人物たちにとっては2018年も「いま」であることが示されているように感じる。たとえば、佐野と凪の関係性。凡百の作品ならば、2つの旅のあいだにある2人の時間や、凪の死の顛末が語られるだろう。しかし『SUPER HAPPY FOREVER』には、伊豆での時間だけが粛々と写し出される。佐野、そしてもしかすると凪にとっても、あの時間こそが「いま」なのだ。
「過去」でも「未来」でもなく「いま」を描き切る。現実と隣り合わせな物語でありながら、テーマに手垢のついた古臭さを一切感じさせない。作品タイトルとも強く結びついているスピリチュアルな「運命論」に対しての各登場人物の向き合い方も、数年前の作品ならこうはならなかっただろうと感じさせるものだった。
2024年に封切られるのが「運命」だった――。そういわれて納得できる「同時代性」を持つのが『SUPER HAPPY FOREVER』だ。現代を生きるあなたはこの映画を見て何を思うか。劇場で確かめてほしい。
『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真 ©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz