仕事と育児に奮闘するヒロインの奇想天外な冒険を描き、2017年にオフ・ブロードウェイ・アライアンス最優秀ミュージカルを受賞した傑作『アーネストに恋して(原題 Ernest Shackleton Loves Me)』が、松竹ブロードウェイシネマに登場。10月4日に公開される。これを記念して、本作の発案者で、作詞を務めるだけでなく、キャット役も演じているヴァレリー・ヴィゴーダにインタビュー。作品が生まれた経緯や、日本の観客に伝えたいメッセージを語ってくれた。
【写真】時空を超えた出会いから始まる物語『アーネストに恋して』場面カット
本作は、子育てと作曲家としてのキャリアとの両立に奮闘するシングルマザーが、20世紀を代表する伝説の冒険家アーネスト・シャクルトン(1874~1922年)と時空を超えて運命的に出会う、奇想天外で独創的なミュージカル冒険劇。2017年オフ・ブロードウェイ・アライアンス最優秀ミュージカル賞を受賞、セカンド・ステージ・シアターのトニー・カイザー・シアターでニューヨーク・プレミアを迎え、シアトルでの初演を経て、ニュージャージーとボストンを巡り、オフ・ブロードウェイに展開した。
ある夜更け、出会い系サイトに自己紹介動画を投稿した主人公キャット(ヴァレリー・ヴィゴーダ)のもとに、突然20世紀を代表する冒険家である南極探検家のサー・アーネスト・シャクルトン(ウェイド・マッカラム)から返信が届く。南極で船が難破し流氷の上で身動きが取れなくなったシャクルトンは、時空を超えてキャットにアプローチし、壮大な冒険の旅へと誘う。思いがけないことに、2人は互いの中に自らを照らし導く光を見いだすのだった。
――本作に登場するアーネスト・シャクルトン(1874~1922)は、英国の南極探検隊を3度率いた冒険家だそうですね。なぜ彼をモチーフにミュージカルを作ろうと思われたのですか?
ヴァレリー:2003年に元パートナーと博物館に行ったのがきっかけです。そこでは当時、アーネスト・シャクルトンについての展覧会が行われていました。
シャクルトンと言えば(船が難破したものの、類まれな行動力と精神力で絶望的な状況を乗り越え)22人の隊員を救ったエピソードが知られていますが、展示はただでき事を紹介するだけでなく、写真や映像を通して彼が探検の間、どんな生活をしていたかを“体感”できる、すばらしいものでした。
それから5年間、私は人としてヒーローとしてのシャクルトンに夢中になり、リサーチをするにつれ、さらに感銘を受けました。こんなに大変な思いをした彼に比べたら、今の私の問題なんて、なんとちっぽけなものだろう。“雨が降ってきた”とかささいなことでくよくよする私を見て、彼だったらどう思うだろう? と考えるようになったのです。
脚本家のジョー・ディピエトロと会い、新作のアイディアを話す中で、私はシャクルトンを推してみました。すると、探検に加え“音楽”という要素があるのが面白いね、という話になったのです。シャクルトンは探検にバンジョーを携行し、それを演奏することで心の支えとしていたそうなのですが、音楽が彼の探検にとってどれだけ重要だったかにフォーカスして、話を膨らませてみようということになりました。
そこで、NYブルックリンに住む寝不足シングルマザーの音楽家が、時空を超えて彼と出会うというアイデアが生まれました。現代のヒロインと20世紀の探検家の交流を描くことで、シンプルな冒険記にロマンスやコメディーの要素を付け加えていったのです。
――本作はその壮大な物語を、二人芝居というミニマルな形で表現しているのがユニークですね。当初からの構想だったのですか?
ヴァレリー:もともとは一人芝居だったんです(笑)。最初に考えていたのは、寝不足の主人公の妄想の中に、シャクルトン含め、いろいろな探検家から電話がかかってくるという物語で、私の声を録音して加工することで、全ての登場人物の声を私が担当する…というコンセプトでした。
でも、それがうまく行かなくて(笑)。声を低く加工したら連続殺人鬼みたいに恐ろしくなってしまったし(笑)、演出家として加わることになったリサ・ピーターソンと読み合わせをした時、最初の質問は「分かった、シャクルトンの話がたくさん出てくるけれど、いったい彼はどこ? 彼に会いたい」でした。
今後ロンドンなどでも上演する可能性があるなら、隊員役など登場人物を増やしてもいいかもという話も出ましたが、今のところは2人プラス映像にとどめておこうという話に落ち着きました。キャットが演奏するのが彼女自身の中から生まれ出てくる音楽という設定なので、出来るだけ要素を絞って上演したかったということもあります。
■主人公・キャットは「かなり私に近い」自身との共通点とは
――キャットの人物造型にはどの程度あなた自身が投影されていますか? キャットはヴァレリーさん自身でしょうか?
ヴァレリー:ある程度はそうです。(脚本家の)ジョーには執筆にあたり、私の個人的な話もたくさんしたので、かなり私に近いです。ただ、キャットは最先端な女性でアクティブで、体のあちこちにタトゥーを入れたりしていますが、私は全くないです(笑)。そういう違いはありますが、内面的なところではだいぶ私のパーソナリティに近いでしょう。
これはたまたまなのですが、本作を作り始めた2009年当時、私はシングルマザーではなかったのですが、2017年にオフ・ブロードウェイで上演するころには、キャットと同じシングルマザーになっていました。自分もその立場を経験することで役への共感が深まり、よりキャットに近づくことができたと感じています。
もう1つお話したいのが、私の音楽への影響です。作曲の過程でキャットが行っているライヴ・イベント・ミュージック(聴衆の前で即興的に演奏する音楽)を学んだことで、私は現在、ループを使った音楽(短いフレーズを重ねたり繰り返しながら演奏する音楽)のアーティストとしても活動しています。この役が私をアーティストとしても成長させてくれたと思っています。
――作曲にあたってはどのようなコンセプトをお持ちでしたか?
ヴァレリー:キャットはブルックリン在住のルーピング・アーティストでゲーム音楽の作曲家なので、冒頭のナンバーのようにエッジーで都会的、アヴァンギャルドな音楽を作っていたのが、シャクルトンの登場によって、徐々に彼の音楽性と融合して行く……という過程を表現したいと思いました。
バンジョーの音色や、当時の流行曲(「It’s a long way to Tipperary」)のような旋律を取り入れて行くことで、よりシネマティックに、趣のある音楽に変わって行く彼女の音楽を通して、キャットとシャクルトンの世界の一体化を感じていただけたらと思います。
――シャクルトン含め、いくつもの男性キャラクターを巧みに演じ分けているウェイド・マカラムさんとの共演はいかがでしたか?
ヴァレリー:大好きな俳優さんです。彼は俳優としても歌手、パフォーマーとしても才能豊かだし、人としてもすばらしい、太陽の光のような人です。
彼とは以前、1度仕事をしたことがあって、2006年にディズニーのクルーズのために1時間に短縮した『トイ・ストーリー』のショーを書いたのですが、その最初のリーディングに、ウッディ役で参加していたのがウェイド。その時の印象が強くて、シャクルトンを演じられるのは彼しかいない! と思い、お声がけしました。
彼はすごくスター性があるし、キャラクターの演じ分けもスイッチのように素早く正確に出来るし、とても面白い人。のみならず、体力的にも驚異的な人で、冒険中に登っている動きをする時、懸垂をめちゃくちゃゆっくりやって見せるんです。滑らかに、ゆ~っくり(笑)。客席のお客様たちも毎回、息をのんで観ていました。
■「楽観的なパワーを受け取っていただきたい」ヴァレリーか込めた思い
――本作で1番伝えたいメッセージはどんなことでしょうか。
ヴァレリー:シャクルトンは南極で船が難破するという最悪の事態に見舞われましたが、楽観主義と忍耐、そして音楽を手放さなかったことで、困難の中にも美を見出し、苦境を脱することが出来ました。
もしシャクルトンにできたのなら、私たちだって何でもできる。観客の皆さんには、ぜひそんな、楽観的なパワーを受け取っていただきたいです。
こうした思いを象徴するものとして、NYの初日にお客様全員に配ったパッチには、“Hope creates miracle(希望が奇跡を作る)”と印刷してもらいました。また、冷蔵庫などで使っていただくバンジョー型マグネットには、“Play On(弾き続けなさい)”というフレーズがつけられています。
――ヴァレリーさんは現在、何か新作に取り掛かっていらっしゃいますか?
ヴァレリー:はい、本作で組んだ脚本家のジョー、音楽監督のライアン・オコネルととともに、『Miss Foxhole 1975』という新作を準備中です。(注・2023年にカリフォルニアでリーディングを実施)
1975年に士官候補訓練の卒業前にミス・コン出場を命じられた女性たちを巡る、実話に基づく物語です。実は私自身、年代は違いますが、まさに主人公と同じ軍隊訓練の経験があるんですよ(注・士官候補訓練を受けることで得られる大学の奨学制度Army ROTCに参加)。とても楽しい物語なので、わくわくしながら準備しているところです。
――では最後に、『アーネストに恋して』に興味を持たれた日本の方々に向けて、メッセージをいただけますか?
ヴァレリー:アーネスト・シャクルトンという人物になじみのない方であっても、本作をご覧になって、こんなにも素敵なヒーローがいることを知ったら、きっと彼のことを好きになっていただけると思います。
彼は一般的にはその“偉業”で知られていますが、本作ではそれにとどまらず、彼の魅力的な人となりを知っていただけると思いますし、現代女性の視点を通して、人と人との心の繋がりがどのように育まれていくか、しっかり描くことが出来たと思っています。
きっと前向きな気持ちになっていただける作品を、どうぞお楽しみください。できれば私も日本に飛んでいって、皆さんとご一緒したいです(笑)。(取材・文:松島まり乃)
松竹ブロードウェイシネマ『アーネストに恋して』は、10月4日より全国順次限定公開。