2024年09月28日 14:31 ITmedia NEWS
老舗バッグメーカーのエース(大阪市中央区)が、2023年にスタートしたブランド「UNTRACK(アントラック)」は、「“URBAN×OUTDOOR”をテーマに都市と自然、オンとオフのシーンをシームレスにとらえたバッグとウェアを展開する」(UNTRACK公式サイトトップページより引用)というコンセプトを打ち出している。どちらかというとビジネスバッグを主体にしてきたメーカーが、働き方の多様化に対し、オンとオフの境界を行き来できるバッグのブランドを立ち上げるというのは、構図として分かりやすいし、時代に即したブランド戦略ともいえる。
UNTRACKの製品自体も、なかなか攻めたラインアップで、それはそれで別途、どこかできちんと書きたいと思うのだけど、立ち上げ時の製品発表会で一番驚いたのは、ラインアップの中に“WAER”があったこと。しかも手袋や帽子といったファッション小物的なものではなく、シャツやジャケット、コートなどの洋服がずらりと揃っていたのだ。もちろん、アパレルメーカーとのコラボなどではなく、エースが企画/デザインも行うオリジナルの製品。そして、掲げたコンセプトが「着るバッグ」である。
試着をさせてもらうと、これが着心地も良く、UNTRACK製品らしく、オンにもオフにも使えるように、トラッドなデザインを現在風にオーバーサイズ気味にアレンジしてある、見た目にも無理のない仕上がり。ただ、発表会での試着では「着るバッグ」というコンセプトが、いまひとつ伝わらず、ポケットは多めだけど、それが目立たないデザインの製品という印象以上のものを持てなかった。
そこで、2年目に入ったことを機に、サンプルをお借りして実際に着て生活してみると、これがかなり面白い製品だということに気がついた。同時に、分からない点も色々あったので、UNTRACK WEARの開発を担当する生本紘史さん(ライフスタイル部アーバンアウトドア担当)に、開発の経緯から製品の細部までお話を伺った。
●きっかけはゼロハリバートンのゴルフウェア
「UNTRACKが始まる前に、ゼロハリバートンのブランドでゴルフウェアを作ったんです。これが当たったというか、比較的多くのご支持を頂いて、その流れから、カジュアルウェアも挑戦してみようかという話が上がってきたというのがきっかけです」と生本さん。
その時は、特にバッグメーカーが作る服というよりも、ゴルフバッグなどを作っている流れから、当時の派手目だったゴルフウェアに対して、ゼロハリバートンらしいシックで大人のムードのデザインのウェアを作ったという感じだったという。
「ただ、ディレクションに関わった社員にはかなりゴルフをやっている者も多くて、後ろポケットをスコアカードが入るサイズにするといった、プレイヤーの方に向けた機能性を盛り込んだり、機能素材を使ったりということは自然にやってましたね。そういう部分ではエースらしさを入れていたのかなと思います。」と、エース広報の森川泉さん。
UNTRACKというブランド自体のコンセプトでもあるが、オンとオフをシームレスに行き来できるバッグというのは、時代に沿った展開だとはいえ、では、そういうバッグを持つのはどういう人なのかが、バッグだけだと伝わりにくいのではないか、という点からも、服飾をやる必要性を感じていた。
そこから、実際に服を始めるという思い切りが、まず面白い。ファッションブランドがアイテムの一つとしてバッグを作るというのはよくあるが、バッグメーカーがバッグ的なアイテムとして服を作るというのは、かなり珍しいのではないだろうか。
「冒険でした」と生本さんは話す。
バッグも服も、革やファブリックを裁断して縫製して作るという点では同じだが、技術的にも、使う道具も全く別物で、技術的な共通点はほぼ無いのだそうだ。「ただ、UNTRACKのウェアの場合、バッグのシリーズの1つのつもりで作っています」(生本さん)。
例えば、バッグ・メーカーが作る服として、自社のバッグに似合う服というラインもあったと思うし、実際、UNTRACKのバッグとのトータルでのスタイリングは意識されているのだけど、そこにとどまらず「着るバッグ」というコンセプトを掲げるというのは、かなりの冒険だろう。そのコンセプトは、ユーザー側にしてみれば、かなり期待してしまうし、その分、釣り用やカメラマン用の多機能ベストみたいなものとの差別化も期待する。
●バッグになるコートを着てみよう
今回、実際にお借りして試したのは、「Essential Balcollar Coat」(5万5000円)。生本さんも、実際に作っていて楽しいのは、色々な要素を入れられるアウターだと言っていたし、一番、「バッグとしての服」というコンセプトが分かりやすいのではないかと思ったので、まず、コートから試したいと思ったのだ。
分かりやすい特徴としては、内ポケットが4つ用意されていること。これだけなら、ただのポケットの多いコートなのだけど、そのポケットは全て開口部が縦になっていて、それぞれにファスナーが付いているのだ。
まず、この縦に開いた内ポケットというのが使いやすい。これが一般的なコートのように上に開口部があると、モノを出し入れする時に、肘が上がってしまう。スマホなどの頻繁に出し入れするものを入れている場合、腕の動きが少なくて済むポケットが、とても快適。これだと電車で座っている時などに、隣の人に迷惑をかけずにスマホの出し入れができるのだ。さらに、ファスナーが付いているので財布なども入れておきやすい。
また、それぞれの内ポケットに様々なものを入れていても、あまり着崩れしたり、ポケットの膨らみが気になることもない。
「ジャストサイズにすると、外側に入れたものの形が出たりして、着た時の見え感やバランスもよくないので、サイズ感にはこだわりました。リラックス・サイズといいますか、オーバーサイズになり過ぎないけれどゆったり着られるという辺りのサイズになるように気を遣っています。オーバーサイズが流行ってきていたので、タイミング的にも良かったですね」と生本さん。
また、各内ポケットには、そこに入れるものを示すアイコンが印刷されている。左上はスマホ、左下が鍵とイヤフォン(キーチェーン付き)、右上に財布、右下がパスポートのアイコンという具合だ。「アイコンに関しては、ポケットが多いと、何をどこに入れたか分からなくなることがあるので、それを避けたいと思いました。定位置管理的な発想を服の中に入れ込んだ感じです」と生本さん。
もちろん、アイコンは無視して、好きなものを好きな場所に入れればいいのだけど、この表示があることで、ある程度、頭の中が整理できる部分は確かにあると思った。このあたりもバッグ的な発想といえるかもしれない。
また、ポケットが縦開きで、縦にファスナーが付いているという構造も、同社の「ガジェタブル」などで多用されている、縦ファスナーのポケットから引き継がれているようにも思える。実際に生本さんに尋ねてみたら、意識はしていなかったということだったが、「どこか当たり前のこととして自然にやっていたかもしれない」という答えが返ってきた。
ファスナー自体が小さくて、目だたないように付けられているのも、バッグのフロントポケットなどでよく見られる手法。そういう作り方が、当たり前のように身に付いているスタッフが作ると、服もそんな風にバッグ的なディテールになるのかもしれない。
「ファスナーに関して、コンシール・ファスナーを使っているのは、目だなくするという以前に、表に響かない、務歯が出ないようにするためです。中に務歯が出ていると、中の服に引っ掛かったりする可能性があるので、それを避けたいというのが大きかったんです」と生本さん。そして、ファスナーを閉めてしまうと、ポケット自体も全く目だたなくなってしまうため、ポケットの位置を示すためにもアイコンを付けたという。
ファスナーの引き手も畳むとロックされるタイプなので、チャリチャリ音がしないのもありがたい仕様。こういったファスナーの扱いにも、バッグっぽさが表れていて面白い。
ビジネスバッグは、基本的に表側はポケッと一つくらいのシンプルなルックスで、内装に機能を盛り込むのが一般的だし、そのシンプルなデザインの中に機能を豊富に詰め込んだのが、エースの「ガジェタブル」シリーズだったりする。その意味でも、この目立たないところに様々な機能を盛り込んだコートも、とてもエースらしいといえる。
●両脇下のファスナーは何のため?
機能として面白いのは、両脇の下に付けられたファスナーだ。これは内側ではなく、表から開閉するのだけど、私は当初、このファスナーが何のためにあるのかが分からなかった。ポケットになっているわけでもなく、開けるとそこに内側があるだけなのだ。ベルトを内側から通す穴なのかとか思ったが、それも変だ。
「エア・ベンチレーショ・ファスナーなんです」と広報の森川さん。「あと、ジャケットのポケットなどにコートを着たままでもアクセスできるようにということも考えました」と開発の生本さん。
なるほど、冬場に電車の中などで、コートを脱ぐのは面倒だけど、ちょっと熱がこもることがある。そういう時に、コートの中に風を通せるのは助かるかもしれない。下に着ているジャケットなどのポケットへのアクセスというのも納得だ。夏場に背中の風通しが良いビジネスリュックなどを作っているエースならではの配慮だ。
UNTRACKのウェアは、コート以外のアイテムも充実している。シリーズ内で一番売れているのが、ジャケットとパンツのセットアップなのだそうだ。このジャケットも、コート同様に4つの内ポケットを内蔵しているのだけど、丈が短い分、下部のポケットは、上開きでファスナーではなくスナップボタンで留めるタイプになっている。
オンにもオフにも使えるバッグに合わせる服という提案のシリーズで、セットアップが一番売れるというのは、狙いが当たっているということでもあるのだろう。ただ、そのジャケットも、無難なものを作るのではなく、デザインこそイギリスなどの伝統的な形を元にしているものの、生地にコーデュロイを使ったり、UNTRACKのバッグにも使われているベンタイルを使ったりと、素材的には中々攻めている。また、ジャケットの内ポケットに縦開きでファスナー付きというのも、相当珍しいだろう。
「ファスナーは、多分、開けっ放しで使っている人も多いとは思うんです。それでも全然いいんですけど、バッグ・メーカーとしては、付けてしまいがちというのはあるかもしれません。あと、ポケットの内側は柔らかいパイル地になっているんです。これも、エースのバッグでよくやるんですけど、中にいれたスマホなどに傷が付きにくいようにという配慮です」と生本さん。
内側がパイル地になっているのは、外側のポケットも同様。コートなら表側のポケットにファスナーが付くのは一般的だが、ジャケットのポケットで、しかも縦開きになっているのは、かなり珍しい。
さらに、アウターだけでなく、「着るバッグ」のコンセプトの元に、シャツなどもラインアップに加えているのも面白いというか、勇気があるというか。
「やっぱり、トータルで提案するとなると、シャツも必要だと考えました。見た目はオーセンティックな形で、内装を充実させるというコンセプトはシャツでも踏襲していて、左右両方に内ポケットを設けています。スマホを入れても目立ちにくいようにするなどの点もアウター同様ですね。ただ、内ポケットはボタンを上まで留めるとアクセスできなくなるので、提案としては、シャツジャケット的に使ってもらうことも想定しました」と生本さん。
Tシャツの上から羽織ると、このシャツがボディバッグの代りになるという感じだろうか。2024年秋冬モデルのシャツは、やや薄手の柔らかい生地だが、2023年モデルでは、もう少し張りのあるシャツジャケットっぽい素材だった。「ガジェタブルは、形が同じで素材違いのモデルを出しています。その発想に近い感じかもしれないですね」と森川さんは話す。
シャツについては、ボタンがスナップボタンになっているのも、シャツジャケットっぽいし、着脱が楽そうだ。
「もちろん、『着るバッグ』というコンセプトを大事にしていますが、それ以前に、どのアイテムも着心地の良さや快適さ、使い勝手の良さというところがポイントになっています。なので、ストレッチ性があって動く作業がしやすいとか、コートなどでも撥水性が高くて自宅の洗濯機でも洗えるとか、そういうことを実現するために、機能素材を使っているものも多いですね」と生本さん。
機能素材としては、UNTRACKのバッグでも使われていて、ジャケットにも使われているベンタイトも昔ながらの機能素材といえる。コットン100%の素材ながら、撥水性が高く、ポリエステルやナイロンと違って、経年変化で味が出てくる素材だ、もちろんコットンだから洗濯機で洗える。元々、服地として使われることが多い素材を、エースではバッグに使い、さらに服にも使っているそうだが、この妙に逆転した流れが、このブランドらしさだ。
例えば、今回メインでレビューした「Essential Balcollar Coat」は、イングランドのバーバリーが'80年代に採用していたデザインをベースにしている。元々はスコットランドハイランド地方のバルマカーンで生まれたものらしい。そんな風に、ベーシックなデザインを基本にしながら、内装や素材を現代的なものにして、なおかつバッグ的な要素を入れ込む。その絶妙なバランス感覚が、このブランドのウェアの魅力だろう。
Essential Balcollar Coatの場合も、裾の後ろ側の割れている部分にボタンを付けるとか、襟の後ろの部分にステッチワークを入れて、襟を立てやすくするといった、バルカラー・コートとしての特徴をしっかりと再現している。
「バルカラー・コートは防風性の高さがポイントなんです。なので、ステッチを入れたり、襟ボタンを2つ付けて、首のサイズに合わせられるようにしています。襟回りは凝って作ってます」と生本さん。伝わりにくい細部も結構こだわってやってますと笑う。
印象としては、とても考えてよく作られているし、実際、私は購入を考えているが、まだ「着るバッグ」というコンセプトの可能性を残しているようにも思う。ただ、「バッグ・メーカーならでは」という部分がきちんと特徴になっているし、スマホやイヤフォンといった、できればポケットに入れておきたいものにきちんと対応しているところなど、少なくともコートとセットアップに関してはボディバッグやサコッシュの代りくらいには十分なりそうだ。内ポケットのパスポート入れあたりに、エコバッグを入れて、手ぶらで出掛けたい。