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『極悪女王』が再現した歴史的残酷ショー 輝きたい女たちと搾取する男たちとの関係性

2024年09月27日 22:11  日刊サイゾー

日刊サイゾー

長与千種を演じる唐田えりか(写真/Getty Imagesより)

 アダルトビデオ界の風雲児・村西とおるの浮き沈み人生を描いた『全裸監督』(19年、21年)、ビートたけしと師匠・深見千三郎との出会いから別れまでを描いた『浅草キッド』(21年)と、Netflixが放った実録ドラマはどれも大ヒットしている。9月19日の世界配信前から大きな話題を呼んでいたのは、ゆりやんレトリィバァ主演の『極悪女王』全5話だ。配信開始翌日には、国内人気ランキングのトップになる好調ぶりを見せている。

 舞台となるのは、1980年代の女子プロレス界。空前の大ブームとなったクラッシュギャルズと敵対し、ヒール軍団・極悪同盟を率いたダンプ松本の半自伝的物語だ。全米進出を目指すゆりやんは1年間におよぶトレーニングを受け、撮影に臨んだ。恋愛スキャンダルで女優としてのキャリアを半ば失っていた唐田えりかがクラッシュギャルズの長与千種、剛力彩芽がライオネス飛鳥になりきり、プロレスシーンを演じているのも大きな見せ場となっている。

 ダンプ松本こと松本香が、女子プロレスの世界に飛び込んだのは家庭事情があった。父親は根っからの遊び人で、たまに稼いだお金はギャンブルや酒に使い、家庭には一円も入れなかった。そのため松本家は貧乏を極め、松本は学校の給食費を払うのにも苦労したという。「父親を殺してやりたい」という憎しみと、「母親を早く楽させたい」という優しさから、松本は「全日本女子プロレス」に入門する。

 厳しいトレーニングに加え、先輩レスラーたちのいじめやえこひいきも待っていた。同期入門の女の子たちが次々と去っていく中、松本はしぶとく生き残った。父親への強い怒りと母親への想いがあったからだ。そんなドロドロの人間関係の世界を、『凶悪』(13年)や『孤狼の血』(18年)などで知られる白石和彌総監督が、ホームグラウンドのように生き生きと描いている。白石監督は少年期に両親の離婚を体験しており、複雑な家庭で育った主人公たちへの感情移入もあるように思う。

女優としての再起を狙う唐田と剛力の迫真バトル

 第1話で、松本香(ゆりやん)は同期入門の長与千種(唐田)と仲良くなる。のちにライオネス飛鳥に改名する同期の北村智子(剛力)は身体能力に優れ、先輩たちに気に入られているのに対し、2人は落ちこぼれだった。長与は親が借金を背負ったために、親戚の家に預けられ、たらい回しにされたという境遇もあり、松本とは似たもの同士だった。

 だがその後、長与はライオネス飛鳥とタッグを組み、クラッシュギャルズを結成したことから爆発的な人気を得る。かつては親友だったはずの長与と松本の間に、大きな隔たりが生じていく。

 物語が俄然盛り上がるのは、第2話からだ。当時の全日本女子プロレスは一時代を築いたビューティペアブームが去り、会場は閑古鳥状態だった。実力ナンバーワンのジャガー横田(水野絵梨奈)やヒールのトップに立つデビル雅美(根矢涼香)では、お客を呼べずにいた。

 そんな中、いつまでも芽の出ない長与は、シングル対決が決まった同期の飛鳥に対し、今の女子プロレスに対する不満をぶつけるべく、ガチな試合を申し出る。飛鳥もこれに同意。2人の女子レスラーの魂と魂が、リング上でスパークする。お互いが闘志をむき出しにした熱戦だった。この一戦がきっかけで、女子プロレス界に革命をもたらすクラッシュギャルズが爆誕する。

 長与と飛鳥がシングルで激突したこの試合を、唐田と剛力は体を張って再現してみせた。唐田は長与が得意技としたローリングソバットを、剛力はジャイアントスイングをお互いに見舞う。基本、ドラマや映画で俳優同士がぶつかり合うことは非常に稀だ。相手に怪我を負わせたら大問題になる。普段から鍛えているスタントパフォーマーを相手にすることが多い。それだけに、唐田と剛力がぶつかり合うこのシーンは大いに盛り上がる。カメラも長回しで、2人を懸命に追っている。

 女優として再起を狙う唐田と剛力の情念が、レスラー生命を賭ける長与と飛鳥との真剣勝負と重なり合う。唐田と剛力が汗まみれで組み合う姿は、官能的でもある。ドキドキさせる。『極悪女王』屈指の名場面だろう。この好カードは、第4話でもう一度再戦されることになる。

 プロレスは1人では成り立たない。常に相手を必要とする。クラッシュギャルズの人気が爆発したことから、対抗する悪役が必要となる。優しい性格もあり、それまでリング上で目立つことのできなかった松本香は、ようやく第3話で極悪メイクを施した「ダンプ松本」へと変身する。竹刀とチェーンが、彼女の必須アイテムだ。

 この変身シーンは実話をかなり脚色したものとなっており、評価が分かれるところだろう。久しぶりに実家に戻った松本は、あの憎んでも憎み足りない父親(野中隆光)が、母親(仙道敦子)と妹(西本まりん)とすっかり馴染んでいることに驚く。少ない給料から松本は母親に仕送りしていたのだが、そのお金を母親は父親に渡していたことも分かる。彼女がプロレスの世界で必死でもがいている間に、実家での彼女の居場所はなくなっていたのだ。親友のはずの長与も、はるか遠い存在となっていた。

 やり場のない怒りと悲しみが、松本香をダンプ松本へと変貌させた。この変身に至るくだりは、ホアキン・フェニックス主演で大ヒットした犯罪映画『ジョーカー』(19年)を思わせる。実話ベースの物語に、ハリウッド映画の二番煎じ的な描き方を用いたことには少なからず違和感を覚えた。

 プロレスを多少でも観たことのある人なら、ベビーフェイス(善玉)かヒール(悪役)かは興行側が決めることはお馴染みだろう。仕事だと割り切り、プロレスラーたちはリング上でキャラクターを演じ、組み合う。プロレスならではのギミック(仕掛け)が、日本中を大熱狂させたおかしみにこだわってもよかったように思う。

 メイクによって別人格へ変身するという分かりやすい演出は、演技経験が多くはないゆりあんを生かすためのものだったのだろうか。白石監督に対する期待が高い分、残念に感じた。

鈴木おさむが体験した生放送の残酷ショー

 最終話となる第5話には、もうひとつの大きな見せ場が用意されている。ヒール道を極めるダンプ松本と、人気絶頂期の長与千種が、大阪城ホールでシングル対決することになる。1985年8月に行われた「敗者髪切りデスマッチ」だ。フジテレビ系で生中継されたので、記憶に残っている人もいるだろう。松本のしつような凶器攻撃、セコンドを務めるブル中野ら「極悪同盟」の介入もあり、長与は全身血まみれとなる。

 このデスマッチシーン、ゆりやんも唐田も取り憑かれたように血みどろになる狂乱ぶりを見せ、歴史の一部分になっている。再現場面ながら、充分にヤバさが伝わってくる。

 そして敗者に待っているのは、観衆の前で丸刈りにされるという屈辱だ。女子プロレス史上に残る伝説の試合であり、生中継していたテレビ局には苦情が殺到した。今では地上波放映は無理であろう残酷ショーが、80年代にはまだテレビ放映されていた。

 本作を企画・プロデュースし、脚本も担当したのはバラエティー畑出身の鈴木おさむだ。長きにわたってテレビのバラエティー番組の構成作家を務めてきた鈴木が実話ベースのドラマを企画したことに、配信前は疑問を感じていた。だが、最終話の髪切りデスマッチを見て、納得した。

 鈴木おさむは人気番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の生放送の番組冒頭、SMAPが視聴者ならびにジャニーズ事務所の創業者に解散騒ぎが起きたことを謝罪するという異例の事態を、間近で目撃している。SMAPが読み上げた謝罪文は彼が書いたそうだ。「公開処刑」と騒がれたテレビ史に残る事件だった。

 すでに業界からの引退を表明している鈴木おさむだが、テレビにおける歴史的な残酷シーンを自分が企画した実録ドラマの中で振り返ってみたかったのではないだろうか。

男が決めた「ブック」を破る女たち

 女子プロレスの世界を描いた『極悪女王』は、10代~20代の若い女子レスラーたちが、松永兄弟(村上淳、黒田大輔、斎藤工)らに搾取される物語でもある。クラッシュギャルズや極悪同盟が血を流しながら闘えば闘うほど、松永兄弟による同族経営だった「全日本女子プロレス」は大いに潤った。対戦カードだけでなく、「ブック」という隠語で呼ばれる試合の勝ち負けを事前に決めるのも彼らだった。

 だが、予定調和で進むプロレスほど、つまらないものはない。波乱が起きるからこそ、ファンは熱狂する。そして「ブック」に従わず、敢然と反逆したレスラーこそが輝くことになる。物語の最後、ダンプ松本、長与千種、そしてライオネス飛鳥ら女子レスラーは、男たちが決めた「ブック」を平然と破る。このとき、彼女たちは最高に輝く。さまざまな利害や人間関係が渦巻くドロドロしたリングに、爽やかな風が吹き抜ける瞬間だ。

 権力側が考えた、つまらない「ブック」なんか破ってしまえ。男たちに搾取され続けた女たちが、闘うことに生きる喜びを見出していく。

 テレビ業界も、映画界も、つまらないブック(脚本)しか用意できないようなら、お客から見捨てられるのは時間の問題だろう。ドラマのできには甘さがあるものの、ゆりやん、唐田、剛力らが時間を費やして役づくりに取り組んだ『極悪女王』のような企画は、今後も期待したい。見慣れた人気俳優たちを安易に組み替えた作品よりも、体を張ったキャストが輝く瞬間を私は目撃したいのだ。