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浅田智穂さんに聞く、インティマシー・コーディネーターという仕事。センシティブなシーンは「同意があって成立する」

2024年09月19日 16:10  CINRA.NET

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Text by 生田綾
Text by 南麻理江

最近、映像制作に関して耳にすることが多くなった「インティマシー・コーディネーター」という職業。俳優がヌードになるシーンや、身体的接触のあるシーンなど、センシティブなシーンにおいて俳優の安全を守り、監督の演出意図を最大限に実現できるようにサポートする職業です。

日本では2020年にNetflixの作品で初めて導入され、さまざまな作品に広がり、2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう』でも参加が決まっています。

実際にインティマシー・コーディネーターが導入されると、どんな流れで制作が進んでいくのでしょうか?  Podcast番組『聞くCINRA』では、アメリカで資格を取得した浅田智穂さんに仕事の実情を聞きながら、「日本のエンタメ界の課題」について考えました。

―最近の作品だと、話題作のNetflix『地面師たち』にも参加されています。インティマシー・コーディネーターがどんなお仕事か聞かせてください。

浅田:まず依頼をいただいたら台本を読み、どこがインティマシー・シーンの可能性があるかを抜粋していきます。ただ、じつはその前にとても大事なことがあって、私のほうで設けている3つのガイドラインがあるのですが、その内容をプロダクション側にご確認いただいて、お互い合意ができたらお仕事を引き受けさせていただいています。

―ガイドラインはどういった内容なんでしょうか?

浅田:この仕事はもともとアメリカで誕生した仕事ですが、アメリカにはSAG-AFTRAという大きな俳優組合があります。組合が定めた映像制作におけるルールがたくさんあり、インティマシー・コーディネーターに関してもじつはたくさんのルールが決められているんですが、日本には日本のやりかたがあるし、そもそもそういった組合もありません。

アメリカのやりかたをそのまま取り入れてもうまくいかないと思ったので、スタッフも作品も守っていくために、このガイドラインを守れば最低の安心安全は担保できるのではないか、と思ってつくったガイドラインになります。

まず1つ目は、インティマシー・シーンについては、必ず事前に俳優と話をして、同意を得たことしかしないということです。

シーンの変更はやはりあることなので、それが常識の範囲内の変更か、そうではないのかで全然違ってくると思いますが、大きな変更の場合は必ずインティマシー・コーディネーターを通すなり、ノーと言える状態で聞くということをしています。

―なるほど。

浅田:2つ目が、必ず前貼り(※)をつけてくださいというルールです。お芝居のために前貼りをつけたがらない方もある一定数いらっしゃるので、安全面と衛生面、スタッフへの配慮も考えて、必ずつけましょうというルールにしています。

3つ目は、インティマシー・シーンはクローズド・セットといわれる必要最小限の人数で撮影する、という方法をとっています。撮影となると数十人のスタッフがいたりするんですが、スタッフ全員が撮影シーンを見るのではなく、見る人を減らして、そのシーンを安全に撮影できる人数でやっています。

(※)性器を覆い隠すものの総称。

イメージ写真 / Shutterstock

―ガイドラインの合意ができて参加が決まったあとは、どんな流れで進んでいくんでしょうか?

浅田:台本を確認したあと、監督にインティマシー・シーンの可能性があるシーンについて、詳しく描写を聞いていきます。

たとえば、着替えのシーンも私はピックアップしています。台本には下着になるのか、1枚脱ぐだけなのかまではあまり書かれていないので、そういったことを確認していきます。

それをしっかりお聞きしたうえで、今度は俳優部のみなさんお一人お一人と面談というかたちで話をします。そこで、「監督がこのシーンに求めている描写はこういうことです」と説明し、できるか、同意していただけるか、というかたちでおうかがいしていきます。

もしできないものがある場合は、少しやりかたを変えればできる可能性もあったりするので、そういったことを少しずつお話します。

最終的にできないことについては、もちろん強制はしません。それが終わったら今度は監督に戻して、できないことがある場合は、今度はどうすればこのシーンを成立させられるか、どうやって解決するかということをお話します。

お互いが納得できるシーンの描写を決めて、次に撮影に入っていくんですが、その前に演出部さんや照明部さん、メイク部さんと話をして、どういう準備をしていくべきか、ということも相談します。

―撮影当日までにさまざまな調整があるんですね。

浅田:そうですね。当日は、以前同意した内容をもう一度確認します。同意した日から撮影までわりと時期が空いてしまうことがあるんですが、そのあいだに何か起きてしまう可能性もあるので、同意した内容ができるか、再度お聞きして、そこで問題ないということであれば、その通りに進めていきます。

―じつは準備の方も大変だということが伝わってきます。台本が書き換わっていって改稿されていく、ということも起きるのでしょうか?

浅田:私が言ったことで変わるということではないんですが、シーンの描写は、台本ではあまりはっきり書かれていないことが多いんです。なので、皆さんの認識を共通にしていくということが大事だと思っています。

例えば「2人はキスをした」と書いてあったとしたら、そのキスがどのようなキスであったかはまず書かれていません。「2人は激しく求めあった」「愛を確かめあった」という描写も、具体的な行為については一切書かれていないので、そういったことを監督と確認していきます。

―日本だけの話ではないと思いますが、ベッドシーンにチャレンジしたり、露出を多くするシーンがあるとき、「体当たり演技」だと礼賛される風潮がずっとあるようにも感じています。そのなかで俳優の安全が守られる職業ができたことはすごい変化だと思いましたが、そもそも、なぜインティマシー・コーディネーターという職業が必要とされるようになったのでしょうか?

浅田:この名称ができる前、舞台制作の現場に「インティマシー・ディレクター」という職業があり、それが映像業界でも必要とされるようになって、「インティマシー・コーディネーター」と名前を変えたと聞いたことがあります。

SAG-AFTRAは撮影が困難なシーンのルールをたくさん持っているんですが、それをしっかり守るためにインティマシー・コーディネーターが誕生したという話もありますし、HBOの『DEUCE/ポルノストリート in NY』(*1)という作品で初めて入ったという話など、諸説あります。

そのなかで、2017年にハリウッドで「#MeToo運動」が起きて、さらに需要が高まった。インティマシー・コーディネーターが足りない状況になってしまい、1日2日のワークショップで名乗れるようなトレーニングができてしまったこともあり、SAG-AFTRAが認定制度と教育プログラムを設けるようになりました。

―本当にここ数年に急激に増えていった職業なんですね。

浅田:日本では2020年に、水原希子さん、さとうほなみさんダブル主演の『彼女』というNetflixの作品で、インティマシー・コーディネーターが初めて導入されました。水原希子さんの希望とNetflixが企業理念として掲げているみんなにとって気持ちのいい職場をつくるという姿勢もあって実現したことだと思います。

―導入から5年が経って、何か業界の変化などは感じますか?

浅田:インティマシー・コーディネーターの依頼が増えたということは一つの目安になると思うんですが、その意味では私は変化を感じています。

少なくとも、私がしっかりとインティマシー・コーディネーターとしての役割を果たせた作品においては、不必要な脱ぎや絡みはなく、俳優の皆さんを守れたのではないかなと思っています。守るというのは、ハラスメントから守るということではなく、本人の意思を尊重できたと思う、という意味で守るという言葉を使っています。

イメージ写真 / Shutterstock

―浅田さんのお話を聞いていると、俳優のサポートという役割もありますが、映画監督のサポート役という側面も大きいように感じました。

浅田:ただ、インティマシー・コーディネーターが入ることで「検閲」になるんじゃないかとか、何か止められるんじゃないか、自分がやりたいことができないんではないかと思われている方もまだたくさんいらっしゃると思います。

たとえば、台本に書かれていないけれど少し激しい描写がほしいとしたら、それが絶対駄目ということではなく、やはり同意があってこそ初めて成立すると思います。俳優部の皆さんが全然問題なくやりたいということであればまったく問題ない。けれど、もしやりたくないことだったとしたら、それをやらされるというところが問題だと思います。

検閲とか、そういう立場として入っているわけではないということを、映画業界の方にもご理解いただけたらなと思っています。

―インティマシー・コーディネーターの参加については、どなたからの要望が多いんでしょうか。

浅田:やはり監督とプロデューサーが多いです。ただ、俳優の方々からリクエストがあったり、すごく嬉しいのが、一度ご一緒した方からまた声がかかることですね。

あとはたとえば演出部とか、監督やプロデューサーではないスタッフとご一緒したことがあって、その方々が別の作品でこれは絶対インティマシー・コーディネーターを入れたほうがいいと紹介してくださって連絡いただく場合もあります。そんなときは貢献できたのかなと思えるので、すごく嬉しいです。

―映画ファンとしても、インティマシー・コーディネーターが入っていることがわかると安心感もあって、当たり前になってほしいなとも思います。より広まっていくには、どんなことが必要だと思いますか?

浅田:いまはあくまで希望があって依頼をいただいているかたちなので、入れたくない人は入れなくても済むシステムではあります。ルール化みたいなものがないと、必ず入れましょうということにはならない気がするんですが、逆に言うと私はインティマシー・シーン以前に本当にたくさんのルールが映画業界には必要だと思っています。

ただ、日本の映画業界はすごく貧乏で、予算が大きい作品も少ない。インティマシー・コーディネーターを入れるということはもちろん人件費がかかるので、予算にも影響します。入れられなくても仕方がない予算であるという状況だと思います。

そのなかでもちろん何とかして入れてほしいという希望はありますし、実際に低予算の作品でも呼んでいただくこともたくさんあります。ただ、お金がすべてではないと思いつつ、やはりそこに予算がかけづらいという問題はあると思うので、インティマシー・コーディネーターがマストになることも大切ですが、映画業界そのものがもっといろんな意味で変わらないといけないなと思っています。

*1 米HBOが起用した「セックスシーン専門コーディネーター」のお仕事 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)