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「パズルキューブ」0.305秒で攻略! なぜ、三菱電機のロボットが“世界一”になれたのか

2024年09月19日 08:41  ITmedia ビジネスオンライン

ITmedia ビジネスオンライン

「パズルキューブ」0.305秒で攻略 三菱電機がロボットを開発

 2024年5月、三菱電機の開発したロボットが、パズルキューブを最速で解くプロジェクトにおいて、0.305秒の記録を達成。ギネス世界記録(以下、世界記録)に認定された。


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 「TOKUFASTbot(トクファストボット)」と名付けられた同ロボットは、若手のエンジニアが発案し、通常業務と並行して1年半をかけて開発。このロボットには同社のFA(ファクトリー・オートメーション)機器と制御技術が使われており、パズルキューブを最速で解くことで自社の「モーターの速さ」を証明することが目的だったという。


 世界一の記録を樹立したことで、自社技術の証明ができただけでなく、国内外のメディアで報道されるなど想定をはるかに超える反応があったそうだ。


 世間の注目を集めた世界記録の挑戦は、どのように始まり、どんな苦労や反響があったのか。同プロジェクトに関わった5人のうち、3人に取材した。


●自社技術を“分かりやすく”証明したかった


 世界記録の挑戦は、自社製品の一つである「モーター」の速さを証明したいという動機が発端だった。速く正確なモーターをつくるには、モーターのコイルを巻く巻線機(まきせんき)という設備が必要で、「巻線機の技術は世界一だ」という自負があったが、それを分かりやすく伝える難しさを感じていたという。


 そんななか、トクファストボットの名前の由来になっている徳井氏と当時の上長だった坂上氏が、YouTubeでマサチューセッツ工科大学(以下MIT)の研究員によるパズルキューブを素早く解くロボットの動画を発見した。


 MITが開発したロボットは世界記録を達成していたが、それを分析した結果、「自社の巻線機の技術を使えば勝てる」という見込みが立った。そこで当時の上司に世界記録への挑戦を提案したそうだ。


 「MITのロボットはパズルキューブを高速回転させる際に回しすぎていて、少し戻って止まっていました。当社の技術であれば、高速でも回しすぎることなくピタッと止めることができると考え、挑戦にいたりました」(コンポーネント製造技術センター モーター製造技術推進部 巻線・自動化技術グループ グループマネージャー 中上氏)


 挑戦を開始したのは2022年9月のこと。徳井氏と坂上氏の2人でスタートし、途中から残りの3人が加わって計5人のチームで開発。通常業務と並行する形で作業を進め、一通り動くロボットが完成したのが2024年の3月だった。1年半の期間を要したわけだ。


 「20代の若手である糸瀬と三浦にも加わってもらったのは、その後の仕事に生かせる技術習得が主な目的でした。結果としてチャレンジは成功し、学びを得ただけでなく、気持ちよく終えることができました」(中上氏)


●世界一の達成を支えた3つの技術


 実際にトクファストボットの動く様子を見ると、瞬きをしたら見逃してしまいそうなほどのスピード感で「とにかく速い」ことが分かる。“正確”に“速く”パズルキューブを解くにあたり、「位置決め」「色識別」「機器間の信号接続と制御」の3つの技術がポイントになっているという。


 1つめが、まさに三菱電機が証明したかった巻線機の技術を応用したパズルキューブの「位置決め」をする技術だ。巻線機はモーターの製造工程でコイルをつくる際に使用されており、「電線を正確な位置に速く配置する動作制御」が技術の肝となる。このズレなくきれいに電線を巻きつける技術が、高速回転後のパズルキューブを正しく停止させることにつながっているという。


 2つめが、AIを用いた色認識アルゴリズムを応用した「色認識」の技術だ。パズルキューブの色を合わせるにあたり、ロボットに設置したカメラで撮影し、AIが色を認識しているのだが、当初のアルゴリズムでは赤やオレンジといった似ている色の認識が難しかった。ブロックの位置やロボットハンドの影によって、同じ色でも見え方に差異があったためだ。


 そこで、見え方が異なっていても瞬時に認識するために、色認識アルゴリズムを応用して色の見え方の差異を補正することに。時間はかかるが正確に認識できる賢いAIをベースにして、高速だが時々認識を誤るAIを学習させ、「スピード」と「正確性」を両立できる自動の色認識を実現させた。


 3つめは、複数の機器間の「高速な信号接続と制御」の技術となる。パズルキューブを回転させているサーボモーターをはじめ、産業用PC、タッチパネル表示機器、カメラなどの主要機器を自社製品で構成し、機器同士の高速な信号接続と制御をかなえた。


 自社の技術の証明として、特注の機器ではなく、すでに発売済の製品だけで構成したのがポイントだという。


●1度目は失敗、2度目のチャレンジで成功


 さまざまな技術的な壁を乗り越え、狙い通りの動きができるロボットが完成。今回、三菱電機がギネス世界記録を達成するまでの最速記録は0.38秒で、練習ではこれよりも速いタイムが出ていた。とはいえ、チャレンジした5月21日時点の成功率は50%を切っていたという。


 実際に本番のチャレンジでも1度目は失敗している。改造したパズルキューブに取り付けた樹脂部品が壊れてしまったためだ。部品を交換して、再度のチャレンジとなった。


 そして、多くの社員が見守るなか祈るような気持ちで迎えた2度目のチャレンジは無事に成功。世界記録に認定された瞬間の思いを尋ねると、メンバーは一同に「ほっとした」と答えた。


 「自社の技術力や成功を信じていたものの、技術的なチャレンジに失敗はつきものです。仮に記録を更新できずに終わったとしても、メンバーが落胆しないようリカバリーのプランも立てていましたが、結果としてベストな形で終わることができて安心しました」(中上氏)


●世界記録達成がもたらしたメリットは?


 関わったメンバーにとって記憶に残るチャレンジになったようだが、結果として、世界記録の達成はどんなメリットをもたらしたのか。


 「当初の目的であった『巻線機の技術を分かりやすく伝える』においては、十分に達成できたと思います。トクファストボットが最速でパズルキューブを解く動画はSNSで多くの方に閲覧いただき、国内外のメディアで報道されました。社内からも『メディアに取り上げてもらって嬉しい』『誇れる仕事をしているのだと自信がわいた』などの声がありました」(中上氏)


 三菱電機の広報いわく、B2Bのビジネスモデルゆえ、これまでは業界専門媒体に取り上げられることが多かったという。一方で世界記録達成のニュースは、一般消費者向けとしてテレビなどの媒体でも紹介された。また、米国の中高生向けの科学雑誌からも取材のオファーがあったそうだ。


 リーダーとして開発を牽引した徳井氏と、主に技術習得を目的に参加した若手の三浦氏、糸瀬氏にも本取り組みへの思いや得られたメリットを聞いた。


 「チャレンジを通して世界をより良くするという夢への思いが強まり、そのために夢中になることの大切さを学びました。取り組みで得た技術力と経験を生かし、今後もワクワクするような挑戦を続け、日本や世界の人たちに社会課題を解決できるより良い当社製品を届けたいと思います」(コンポーネント製造技術センター モーター製造技術推進部 機械デバイス技術グループ 徳井氏)


 「私はモーターとパズルキューブをつなぐ、ロボットの手や指に相当する樹脂部品の制作を担当しました。3Dデータを作成して3Dプリンターで部品をつくるのですが、最後の追い込みの時期の作業だったので、とにかく迅速な動きが求められました。


 入社してまだ1年半ということもあり、ここまでスピードが要求されるプロジェクトは初めてで、いかに速く正確に部品をつくるかという観点で学びを得られましたね。また、参加を通して社内のいろいろな人に顔を覚えてもらい、コミュニケーションが取りやすくなりました」(コンポーネント製造技術センター モーター製造技術推進部 巻線・自動化技術グループ 三浦氏)


 「私は比較的初期から参加していて、ロボットの目にあたるカメラを担当しました。通常業務においてカメラによる製品の仕上がり検査の自動化のプロジェクトに関わっていて、カメラを扱う技術を学ぶ目的で参加したんです。


 結果的に普段の製造現場で使用するレベルをはるかに超越した細かい部分まで、カメラの使い方や照明の当て方を習得できました。また、参加を通して、今回の挑戦の成功は社内の誰かによって蓄積されてきた技術の賜物なのだと実感しました」(コンポーネント製造技術センター モーター製造技術推進部 評価システム開発グループ 糸瀬氏)


 三菱電機では、今回の取り組みに触発されて「新たなチャレンジをしたい」と話している社員がいるという。現状、具体的に動いているプロジェクトはないそうだが、再びユニークな知らせが届くかもしれない。


(小林香織)