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「IT多重下請け」が生まれた背景 フリーランスを守る、共同受注の強みとは?

2024年09月14日 12:11  ITmedia ビジネスオンライン

ITmedia ビジネスオンライン

PE-BANKの髙田幹也社長

 フリーランスで活動するITエンジニアも一般的になってきた。一方で、IT業界には依然として「多重下請け構造」という課題が横たわっている。


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 ChatGPTなどプログラミングコードも書ける生成AIが登場し、今後ITエンジニアという職種に、どんな影響を与えるのだろうか。


 関連記事【「ITの多重下請け構造は最悪」 エンジニアの“報酬中抜き”が許せないと考えた理由】に引き続き、フリーランスのITエンジニアと企業をつなぐエージェント事業を手掛ける1989年創業のPE-BANK(東京・港)の髙田幹也社長に、多重下請け構造が発生した背景や生成AIとエンジニアの関係について聞いた。


●フリーランスエンジニアの平均年収「765万円」 関東圏は?


 まず、フリーランスのITエンジニアを取り巻く状況を見てみたい。フリーランスエンジニア専用の求人案件検索エンジン「フリーランススタート」を運営するBrocante(東京・渋谷)が2022年5月に発表した資料によると、2021年のITフリーランスエージェントの市場規模は、前年比19.6%増の1039億円。年平均成長率(CAGR)は20~28%となり、2024年には2000億円を超えると試算している。


 フリーランス人材の数を見ると、2023年の34万6637人から2024年は41万5965人になるという。


 PE-BANKに所属するITフリーランスデータによれば、フリーランスエンジニアの2024年の年収は、関東圏で837万円、全国平均で765万円だ。国税庁が2023年9月に発表した「令和4年分(2022年)民間給与実態統計調査」によると、正社員で523万3000円、正社員以外では200万5000円となっている。プログラミングという特殊技能を持つフリーランスエンジニアの平均給与は、日本の全平均よりも高い。


●数字の明確化VS. ブラックボックス


 多重下請け構造の問題は、分かりやすく言えば、下請けが「ピンハネ」をされて安い報酬で多大な業務をこなすということだ。責任の所在が曖昧になる点も好ましくない。フリーランスのITエンジニアも同様の状況下にある。


 古くからある多重下請け構造の起源は、どこにあるのか。どのような状況からできたのか。髙田社長は「建物」に例えて、こう話す。


 「1つの会社で、一気通貫で建物を建てられる建築屋さんはほとんどいないと思います。基礎工事には基礎工事のプロがいて、壁や内装などのプロもいます。工程の中で、1人親方のような職人を雇う場合がありますよね。ソフトウェアの世界も同じです」


 そう考えると通常の取引関係ともいえる。髙田社長は「それだけなら問題はないのですが、ここに人を仲介する“ピンハネ企業”が出てきていることこそが問題なのです」と指摘した。2社間の取引が明瞭かつ、人材も納得している状態であればトラブルは起きづらくなる。しかし実際には、ミスマッチも多く発生しているのが現状だという。それゆえに2次企業は、仲介企業に人探しをお願いすることになり、ピンハネが増えていく。


 契約を結ぶという意味では、日本も外国も同じだ。外国でも同じことが起こっているのだろうか。髙田社長によれば、海外ではピンハネという感じではなく、エージェントを使って契約を結んでいるという。


 「ITエンジニアは元請けと直接、契約する形式」だといい、そもそも下請けが発生しない仕組みなのだ。その上で「野球などでのスポーツエージェントのように、間をつないだ人は契約の何パーセントかを受け取る形」なのだと説明する。この構造ならば、多重下請け構造は発生しない。それに近いのがPE-BANKの共同受注という仕組みになるのだという。


 「当社とエンジニアがジョイントベンチャーを組んで契約します。契約金額、業務内容、条件といった契約の内容も公開しています。例えば100万円の案件であれば、当社の取り分が10万円、エンジニアは90万円という具合です」


 内容をオープンにしているのが、PE-BANKと他社の違いだという。他社では案件をいくらで受けたのかも分からず、いくらピンハネをしたのかも分からない。つまり「ブラックボックス」状態なのだ。


 PE-BANKはもともと15人の組合員によって組織された「首都圏コンピュータ技術者協同組合」に源流がある。そのメンバーの1人が米国に行った際、共同受注の仕組みを知り、日本にそのやり方を輸入した。国内でPE-BANKのような会社は他にないそうだ。その理由は、ブラックボックスの中身を公開してしまうと、利益が目減りしてうまみがないからだということは容易に想像できる。


 「私たちの取り分は数パーセントという、パーセントビジネスで、その数字を公開しています。それは発注側からも、エンジニアからも信頼を得られる仕組みであり、強みでしかありません」


 一方、地方の人にとっては、その数パーセントを高いと感じる人もいるという。だからといってPE-BANKとしては、地方ごとに取り分の割合を変える考えはない。


 「これにはリモートワークが関係しています。リモートワークによって東京の仕事を、地方でもできるようになりました。東京の案件を地方に持っていった結果、地方に住む優秀な方が高い報酬を得られるようになればいい。そう思っているからです」


 このようにリモートワークの定着は、ITエンジニアにとって、都市部と地方の壁を取り除いてくれる働き方になりそうに見える。だが髙田社長は「そう簡単な話でもない」と話す。


 「エンジニアは、リモートでOKだと思っています。一方の発注者、プロジェクトマネジャーの中には『近くにいないと嫌』と思う人もいますね。リモートは認めるけれど、何かあった時には、すぐに来てもらえる場所にいないとダメという人も少なくありません」


 発注側を納得させるには、成功事例を積み上げて「この人はリモートでも大丈夫」と思うようになってもらうしかないと指摘する。


●AIが与える影響は?


 プログラミングコードを書ける生成AIも登場した。その観点ではフリーランスのITエンジニアにとっては、職を失いかねないマイナス要因に見える。


 「正直なところ、生成AIが今後、どのくらいの影響を与えるのかは分かりません。ただ、何か新しいものを生み出す時、あくまでもAIはそのサポート役だと思います。そのサポートのおかげで開発が速くなって、新サービスもどんどん生まれ、生産性が上がっていきます。現段階では、大手企業にPE-BANKの技術者が行って、社員の人たちと一緒に新しいサービスを作る段階なのだと思いますので、何とも言い難いです」


 AIによって「実際に生産性が上がる」という実感を伴った製品が世に広まらないと、どのような影響が出るのかを見極めるのは難しいようだ。


●稼働中のエンジニア8割が適格請求書発行事業者に


 フリーランスという立場で最近、大きなトピックだったのはインボイス制度だ。


 「かなり意識していまして、2023年の頭ぐらいからインボイス制度についてのセミナーを徹底的にやりました」


 PE-BANKの登録者で実際に稼働しているエンジニアは現在約2500人。その8割が適格請求書発行事業者になってくれたという。「想像以上の数字です。みなさん、税金を払おうという思いがあり、プロ意識が強いのだと思います」。


 エンジニアに代わり、消費税分を支払う仲介業者もいる。だが裏を返せば、それをできるだけの財力があるということだ。うがった見方になるかもしれないものの、それなりのピンハネをしてきたと表明しているようにも見えなくもない。


 髙田社長は「私たちは無理です。会社がつぶれてしまいます」と苦笑いした。発注側であれ、仲介業者であれ、消費税分はできることなら払いたくないのが本音だ。適格請求書発行事業者になった人が多ければ、元請けが発注しやすくなることは間違いない。「8割という数字は今後、大きな強みになります」。


●賃上げの風潮を作れるか?


 日本の平均給与を上回るフリーランスのITエンジニア。その所得をうらやむ労働者もいるかもしれない。だが本質的には、日本の経営者がいかに賃上げを渋ってきたかを問題視すべきだ。


 事実ITエンジニアがいなければPCもスマホも、インターネットも、ゲームも、ATMも動かない。つまりエンジニアに対して、もっと報酬という形で報いるべきなのだ。だが現実には、建築やアニメ・マンガ業界と同様に、多重下請け構造の影響によって、能力に見合った所得を支払ってこなかった。


 賃上げを促すことによって経済を回そうという風潮が、日本企業の中でも高まってきている。個々の企業が賃上げを実現できれば、日本全体で賃上げの機運も高められる。立場の弱いフリーランスへの報酬もまた然りで、彼らの地位も上向くだろう。


 そのスパイラルは、回り回って経営者にとっても「好ましい循環」になるはずだ。


(アイティメディア今野大一、武田信晃)