2024年09月07日 09:00 弁護士ドットコム
シンガポールで女性に性的暴行を加えたとして、強姦罪などに問われていた日本人男性の裁判で、男性が最高裁に上訴せず、禁錮17年6カ月と鞭打ち刑20回としたシンガポール高裁の判決が確定したことがわかった。
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男性の弁護人をつとめた弁護士が取材に明らかにした。
執行された場合、シンガポールで初めて日本人が鞭打ち刑を受けることになる。(在シンガポール日本大使館は取材に「当館にて把握する限りにおいては初めてとなります」と回答)
どんな事件だったのか。鞭打ち刑はいつ執行されるのか。シンガポール法弁護士として事件を担当した三好健洋弁護士を取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
男性が罪に問われていたのは、2019年12月29日、シンガポールの繁華街で泥酔した状態の女子大生(20代)を自宅に連れ帰り、自室などでわいせつな行為や性的暴行を加え、その様子を撮影し、動画を友人に送った行為だ。両者に面識はなかった。
シンガポール高裁は今年7月1日、懲役17年6カ月とむち打ち20回の刑を言い渡した。
三好弁護士は、日本人唯一のシンガポール法弁護士(Advocate and solicitor)としてシンガポールで弁護士登録している。
シンガポールの法廷で民事・刑事・家事の裁判を取り扱うことができる日本人弁護士であることから、日本人が事件を起こした場合、多くのケースで三好弁護士が担当することになるという。
今回の事件も、日本大使館を通じて受任したという。事件から判決までの流れについて、三好弁護士に聞いた。
——裁判で認められたことと、争われたことは
被告人の男性は性交したことは認めています。争点は、性交の同意の有無でしたが、裁判所は認めませんでした。
男性側は、お互いに酔っ払っている状態でシンガポールのクラブ街で女子大生と出会い、外でキスをした女子大生から、「私を家に持って帰って」などと言われたため、当初は性交の合意はあったと主張しました。
しかし、検察の起訴状ではその点は触れられず、次の場面は男性のマンションになっています。
男性はタクシーで自宅に到着後、意識のないまま女子大生に対して行為を始め、同意があったことを前提として行為を開始していたため、目を覚ました相手から拒否をされてからも、行為を続けました。
男性は動画も撮影しており、その映像には、男性が行為に及んだ様子も映っています。
継続的な合意が取れないまま行為がなされ、裁判所は出会ったときの合意を重要視していません。明らかな映像証拠もあり、合意のない性的暴行が認められました。
——検察の求刑は
検察は18年の禁錮刑と鞭打ち20回を求め、弁護側は11年半の禁錮刑と鞭打ち刑8回を求めました。
双方の主張に開きがあるのは、シンガポールの刑事司法の事情もあります。
日本の裁判所では、たとえば「強制性交とリベンジポルノ法違反と住居侵入の罪を併せて懲役●年」など、複数の行為が罪に問われている場合、量刑は総合的に判断されます。
一方、シンガポールでは、たとえば起訴された犯罪が3つある場合には、そのうち2つの罪の量刑を合算し、残りについては同時に執行するとして実質的に無視されます。
検察側は一番重い罪(10年)と2番目に重い罪(8年)について求刑し、弁護側は重い罪(10年)と短い罪(1年半)を求めたわけです。
結果的に、裁判所は検察側の主張がふさわしいと判断しました。ただ、事件を担当した刑事が途中で交代したために、事件発生から4年経って起訴されたのは、あまりにも長すぎるということで、弁護側の減刑主張が認められ、少し刑期が短くされています。
シンガポールでは、同意の有無を問わず、わいせつな行為を撮影することは違法です。
「盗撮」については、現在、盗撮罪として罰せられます。しかし、犯行当時は改正刑法施行の直前だったため、盗撮罪には問われず、動画法(Films Act)に基づく卑猥な動画を作成した罪に問われました。
男性はスマホのインカメラで撮影していたので、厳密には「盗撮」に当たらないかもしれませんが、裁判になれば厳しくみられていた可能性はあります。
——男性は逮捕からずっと拘束されてきたのでしょうか
犯行翌日に逮捕され、警察の留置場に置かれてからすぐ保釈されています。
2023年になって起訴された初日に刑務所に留置されて、判決当日まで過ごしました。判決が確定してからも、受刑者として同じ刑務所に収容されます。
起訴されてから刑務所に入れられるのは、逃亡リスクなどを考慮したものです。ただし、逮捕されるとパスポートは没収されるので、そこまでの逃亡リスクは考えられません。
なお、刑務所の生活基準は、被告人でいる間は、受刑者よりも良いと言えます。髪の毛は伸ばせるなどの自由もあります。
判決と実際の刑期は異なっており、自動的に3分の2にディスカウントされます。これは再犯罪を防ぐ意味での運用です。
禁錮17年だとすると、大体11年くらいになります。未決勾留日数も算入されます。懲役刑と違って、労役のない禁錮刑ですが、受刑者が希望すれば働くことも可能です。
私が知るところでも、約6年の禁錮を言い渡された日本人の男性受刑者が刑務所で配膳の仕事をしています。安価ではあると思いますが、一定の収入が得られます。
——今回、最高裁に上訴しないという判断に至った理由を教えてください。鞭打ちはいつ執行されるのでしょうか
上訴するメリットとして最高裁で刑期が短くなる可能性もありますが、たとえば禁錮刑が1年短くなっても、前述の通り自動的な3分の2ディスカウントがあるため、実際に収容される期間を4カ月減らせるに過ぎません。
最高裁判所の判事が本件は悪質であると判断して、刑期がもっと増やされる可能性もあります。このような上訴のリスクやメリットなどについても本人に説明し、本人の総合的な判断から上訴はおこないませんでした。
鞭打ちの執行は事前に知らされることはありません。その日が来るまで、通常、不安な日々を過ごすことになります。
鞭打ちは、回数が多い場合でも、原則として基本的に1日で済みます。
変な話ですが、事前に医師がみて、鞭打ちを受けられるような健康状態で大丈夫だと判断されてから執行されます。
叩くのはお尻の部位です。20回なので、同じ部位を叩くこともあるかもしれません。
——自傷行為などを繰り返して、鞭打ちを逃れようとする受刑者はいないのでしょうか
日本の刑務所と違って、そのようなリスクが生じないよう、部屋には死角のないカメラがついています。もちろん、自傷行為ができるようなものは部屋には置かれていません。
【プロフィール】
三好 健洋(みよし・たけひろ)弁護士 日本人弁護士として唯一、シンガポールのすべての法律を扱うライセンスを持つ。2014年米国コーネル大学大学院卒業(経済・金融専攻)、外資系投資銀行で勤務。その後、シンガポールの法科大学院を卒業し、シンガポール法司法試験に合格。2019年シンガポール法弁護士登録。
事務所名:https://www.focuslawasia.com/
事務所URL:Focus Law Asia LLC