2024年09月06日 17:40 弁護士ドットコム
毎日放送(MBS・大阪市)が9月4日、バラエティー番組『ゼニガメ』(7月17日放送)で事実と異なる内容があったと発表し、謝罪した。毎日放送の調査結果によれば、不用品買取業者に密着取材したVTRについて、取材先の買取業者から仕込まれた"完全にウソ"の内容を事実と信じて放送したということだ。
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こうした番組を作ったことのある筆者は正直なところ「見抜けない」と感じた。しかし、これを許しては、テレビの放送内容の信頼が下がってしまう。今後の再発防止のために求められることを指摘したい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
毎日放送の発表によれば、業者が家屋にあった金庫から見つけた「金の延べ板」を買い取るシーンが放送されたが、この「金の延べ板」は業者側が用意したものだったばかりか、依頼者までサクラだったという。
また、昨年11月29日と今年5月8日に放送された「土地家屋」の買い取りも、実際にはロケの前に売買されており、いずれも「依頼者」は仕込み。さらに、その売買に立ち会った司法書士もまた依頼を受けていて、実際の売買ではないことを知っていたというのだ。
この話を聞いて私は「ああ、これは見抜けないな」と正直思った。私はこれまで、このような業者の密着取材を扱った特集コーナーに何度も演出責任者として携わっている。
そうした経験から判断すると、毎日放送が事実でない内容を放送したのは、局側のチェックミスや、現場での怠慢などではおそらくない。
取材をする現場の制作スタッフも、内容をチェックする局の責任者も、ここまで徹頭徹尾仕込まれたウソに気づくことは難しいだろう。テレビマンには買取現場の知識はないのだ。
とはいえ、気づけた可能性はゼロではないし、再発防止のために気をつけておくべき点もいくつかあるので指摘しておきたい。
取材先の業者がウソを仕掛ける背景について考えると、大きく2つの可能性がありうると思う。
1つ目は「いけないと知りながらも、テレビに出たいがためにウソを仕込んだ」可能性だ。
民間企業の密着取材を担当する立場にいると、ほぼ毎日のように「うちの会社を出してくれないか」という話が舞い込んでくる。「テレビ離れ」が言われる現在でも影響力はそれなりに大きい。テレビで紹介されると企業業績に与える影響は絶大なものがある。
私自身も取材内容を決定する立場にいたので、売り込みは数多く経験した。その多くは正当な広報活動と言える範疇のもので、テレビ側の我々としてもありがたい情報提供と言えるものだった。
しかし、「なんでもいいからとにかくテレビに出たい」という思惑の感じられる怪しい売り込みもそれなりに存在する。
そうした相手は過剰な接待を申し出てきたり、ルール違反の金銭提供をこっそり申し出るようなこともある。「面白い内容を必ず撮らせますから」と、ヤラセまがいの提案をしてくる者もいなくはなかった。
もちろん私は怪しい申し出を受けたことは一度もないし、危ない橋を渡った知り合いの同業者はいないと信じている。
ただし、そうした話に乗ってしまうテレビマンも「いるらしい」という噂話は聞いたことがある。
番組制作会社が予算も制作期間も厳しい状況にある。ある程度のものを納品しなければ局から受注を受け続けられないのではないかというプレッシャーに負けてしまう可能性は否定できない。あとは、怪しいとわかっていながらも、自らの実績を上げるため、楽をしたいという気持ちのため、見て見ぬ振りをする不届き者のディレクターもいるかもしれない。
しかしながら、「テレビに出たいがために、悪意ある業者がウソを仕込んでくる」ケースを予防することは比較的簡単である。今回の『ゼニガメ』のケースもこちらに該当するのではないだろうか。
取材を依頼するのは、そこまでテレビに出たがらないような、大手かつ実績のある業者に限ればよい。
信頼を重んじ、すでに名前もあって、ギラギラしていない業者であれば、おかしな仕込みをする動機はほぼ考えられない
ただ、このような業者が取材を受けるメリットはあまりない。大体において、トラブル解決や買い取りなどの大手の業者の顧客の多くは、「恥ずかしい面や知られたくない面を世間に知られる」ということで、取材を嫌がるのが一般的だ。取材するテレビ側の熱意や手腕が問われる。
業者がウソを仕掛ける2つ目の可能性は「業者がテレビ取材者のことを思うあまり、良かれと思って自発的に仕込んでしまったケース」である。これは意外とよくある話で、私自身も経験がある。
密着取材は成功させるのに時間がかかるものだ。テレビがよく密着する対象は、「買取・鑑定業者」のほか、「鍵開け業者」「害虫駆除」といった「トラブルバスター」が多い。彼らにいくら密着したとしても、そんなに簡単に「面白い案件」は発生してくれない。
何日も密着して、これだ!という出来事をようやく撮れたのに、客が取材・放送を断ることもよくある。何度も悔しい思いをして「ボツ素材」ばかりが増えていく。
つらい思いをしている現場のディレクターを横で見ている業者が「かわいそうだからなんとかしてあげよう」といろいろ仕込んでしまうことはままあるのだ。
自分の知り合いや社員に「客のふりをして」と頼んでしまったりする。テレビの取材に慣れている好意的な業者が「助けたい」と思ってやってしまう。こちらに事前に相談をしてくれたら阻止できるが、相談なく仕込まれたらどうしようもない。
彼らは仕込みに罪悪感がないし、そもそも悪いことだとわかっていない場合が多い。
事前に「仕込むよ」と相談され、慌てて止めて話を聞いてみると、「実際にある話をちょっと再現するだけだよ」「テレビはこのくらいのことはいつもやっているだろう」などと話す。
あるときは、「この間取材にきた『●●』という番組で、同じような仕込みを頼まれた」というケースもある。モラルの低い番組もあって、あぜんとしてしまう。とにかく、業者側はあくまでも善意から「ヤラセまがい」のことを平然とやってのけてしまう。
こうした「善意の仕込み」には気がつきにくく、防ぎにくい。個人的な経験から言うと、それまで苦戦していた取材が突然うまく進み出したら疑ってかかったほうがよい。
テレビ側は業者による仕込みを警戒することはできるが、騙される可能性はどうしてもゼロにはできないだろう。用心のために「誓約書」を作って、口頭でいちいち業者に確認していくのもよいだろう。
そして、遠回りであっても「ゆっくり時間をかけて制作すること」も再発防止になる。「業者や取材相手による仕込み」は短期間で急いで制作した場合に発生しがちだ。ある程度の制作費をかけて、制作会社に余裕を与えることが大切だ。
私がMBSの件を受けて憂慮するのは、放送局が「業者に嘘をつかれたら防ぎようがないから、密着取材はやめてしまおう」と考えてしまうことだ。
「事なかれ主義」の考え方では、良質なノンフィクション系のコンテンツやドキュメンタリーなどの取材ができなくなってしまう。
取材相手との適切な距離感を保ちながら、じっくりとノンフィクション系の良いコンテンツを制作することは、テレビに対する信頼を高めることになる。それは大切な「テレビ業界の未来への投資」だと私は考える。