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中小のプロダクションでも導入可能? 映像制作に特化した“お手軽”な国産クラウド「Mass」を試す

2024年09月05日 16:51  ITmedia NEWS

ITmedia NEWS

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 放送や映像制作機器を幅広く扱うソリューションプロバイダーのビジュアル・グラフィックスが、映像制作用クラウドサービス「Mass」を自社開発し、今年から運用を開始した。同じグループ会社の朋栄と共同でソリューション提供にあたる。


【画像を見る】国産の映像クラウド、その完成度は?(計10枚)


 クラウドサービスとして映像制作に必要なソリューションとしては、映像素材のアップロード・ダウンロードは当然として、素材管理としてのアセットマネージャ、映像プレビュー、ファイル共有、NLEとの連携といった機能が必要とされる。


 これまでにもすでに映像制作用とされるクラウドサービスは数多くあるが、どちらかというと即時性が求められる部分、例えば現場からすぐ映像をアップロードできて、アップ中に編集には入れますよといった、報道向けのものが多かった。


 報道とはすなわちテレビ局であり、システムも大掛かりで導入金額も高い。一方で編集を前提とする番組制作では、いっそうの合理化は求められているものの、クラウドサービスの活用はかなり限定的だ。


 それというのも、従来のクラウドサービスではストレージ容量で基本料金は決まるものの、アカウントが増えると別料金が必要だったり、ダウンロードが従量制だったりといった料金形態になっており、最終的に一体いくらになるのか、運用してみないと分からないといった状況だったからだ。番組やプロジェクト単位で小さく始めるならば、運用費は番組制作予算から出さなければならなくなり、十分に活用できる状況になりにくい。


 一方、Massの「TEAM」サービスは10TB/月額28万4000円の固定料金で、接続するアカウント数はサービス上の論理値最大の5000IDが利用可能。アップロードもダウンロードも別途料金はかからない。サービスを再販するなどエンタープライズ的に使いたければ別途見積が必要だが、制作会社単位やプロジェクト単位で契約できるスケールが基本になっている。


 使用ストレージは、「コールドストレージの料金でホットストレージのスピードが使える」がウリの「Wasabi」。Wasabiは2021年から日本でもサービスを開始したが、汎用クラウドストレージなので、映像関係者が簡単につながるための仕掛けがなかった。それにMassというサービスがUIとして被さることで、使い勝手を制作側に寄せてきたということだ。


●簡単に使えるUI


 Massでは利用形態として、動作検証用に1カ月1TBを無料で試用できるPoC(Proof of Concept)というプランがある。今回はテスト用として、PoCでアカウントを発行していただいた。


 Massを特徴的なものにしているのは、ストレージへのアクセスはWebブラウザで指定のURLに行くだけ、というシンプルさだ。ブラウザはChrome互換であればChromium系でも使える。つまりOSに依存しないだけでなく、スマホやタブレットでもアクセスできるという事である。


 ファイル管理としては、Windowsのエクスプローラのような格好のツリー構造のUIとなっており、ワークフローに応じてプリセットされたフォルダ構造が使えるほか、ローカルで使用している構造をそのまま持っていくこともできる。プロダクションでは決まりのフォルダ構造で制作進行を管理しているところも多いと思うが、そうしたものもそのままコピーしてしまえばいいわけである。


 ファイルのアップロードは、お使いのPCからファイルをブラウザ上のアップロード対応フォルダに向かってドラッグ&ドロップするだけだ。アップロード状況は、アップロードマネージャで確認できる。


 アップロードされたファイルはサムネイルが作成されると共に、自動的にプロキシファイルが生成される。ブラウザ上で動画を再生して中身を確認できるが、それはプロキシを見ているという事である。従ってオリジナルは高解像度の重たいファイルでも、高速にプレビューできる。プロキシ生成状況はサムネイル下のアイコンで確認できる。


 ブラウザ上のプレーヤーは、一般的なNLEのショートカットが割り当てられており、ここで仮のIN点やOUT点の設定もできる。ディレクターが事前に使いどころを指定するという場合には便利だろう。


 またファイルの解析も同時に行われており、メタデータとしてビデオコーデックや解像度、フレームレートなどが確認できるほか、独自のアセットタグも設定できるので、ここである程度の素材整理も可能だ。


●柔軟なNLE対応


 素材共有とプレビューだけではコンテンツは出来上がらない。そこからどのようにNLEと連携できるのかがポイントになる。


 この対応としてMassでは、常駐型のデスクトップアプリ「Mass Desktop」を提供している。ブラウザ上のMassのうちトップレベルはそのワークスペースのダッシュボードになっている。その次の階層で右クリックすると、「Mass Desktop」 - 「マウント」というメニューが出てくる。これを選択すると、Mass Desktopアプリのダウンロードリンクに案内されるという仕組みだ。


 ただしこれを動かすためには、MacおよびLinuxでは仮想ドライブをマウントするため、「FUSE」というオープンソースのシステム拡張機能をインストールする必要がある。MacOSの場合はこれがかなり難物で、インストールするために一度セーフモードで起動し、OS提供のツールを使ってセキュリティレベルを下げる必要がある。


 Linux版ではこのような動作は必要ないようだが、MacOSのセキュリティレベルの厳しさが裏目に出た格好だ。またWindows版はFUSEを使わずVFSというツールを使うため、やはりセキュリティレベルを下げるという操作は不要という事である。


 MASS Desktopが無事動いたら、もう一度ブラウザから「Mass Desktop」 - 「マウント」を実行すると、そのフォルダがローカルドライブとしてマウントされる。ここからNLEアプリにファイルをインポートすれば、通常のローカルドライブにファイルがある状況と同じように編集できる。


 ただ、仮想ドライブの実行によってファイルへのリンクは張られるが、実ファイルがそこにあるわけではない。マウントしたファイルがローカルドライブへキャッシュされなければ、NLEツールで再生できるようになるにはならない。


 キャッシュはデフォルトで250GBに設定されているが、ドライブの空き容量の50%までが推奨される。現時点では、どのファイルがキャッシュされたのか、あとどれぐらいでキャッシュが完了するのかを示すパラメータがないので、編集マンはとにかくよく分かりないが待ち、という状態に置かれることになる。


 これは仕組みを知らないディレクターやクライアントが編集に立ち会う場合、進行状況が目に見えないものを取りあえず待ってくれ、というのは、なかなかに説明が厄介だ。これは何らかの解決策が必要だろう。


 1つは、編集ツールの中でプロキシファイルを作成してしまうことだ。プロキシファイルの作成にはオリジナルのファイルが必要なので、キャッシュが終わったファイルから順次ローカルでプロキシファイルが作成されることになる。4Kや6Kの編集が難しいマシンではもともとプロキシは必要になるので、この作業が終わるまで待ち、というのは納得できる。


 もう1つの方法は、マウントしたMass上のファイルを、コンピュータ上のエクスプローラやファインダなどを使って、別のMassの領域にコピーすることだ。OSのファイルシステムを使ってコピーを行うことになるので、その過程でオリジナルファイルがローカルにキャッシュされる。コピーが終わればキャッシュも完了というわけだ。


 ただ、上記2つの方法は、やらなくてもいいことをやってキャッシュ状況を可視化しているだけなので、本来ならば普通にキャッシュしている状況がモニターできるべきだろう。


 キャッシュされたデータはプロキシではなくオリジナルデータの複製なので、編集作業もオリジナルファイルと同様に行うことができる。生成されたローカルキャッシュは、設定容量に達するまで蓄積され、それ以上は古いキャッシュから自動的に削除される。


 キャッシュフォルダは、隠しフォルダに設定されているため、通常は見る事ができない。MacOSの場合は、ユーザー名のフォルダの直下でCommand + Shift + .(ピリオド)を押下すると隠しフォルダを確認できる。


 書き出し先をMassに設定しておけば、コンテンツもすぐに共有される事になる。共有相手は、管理者がその都度ワークスペース単位で編成することができ、知らない番組の素材が飛び込んできたり、知らないメンバーが進捗をのぞきに来るということもない。クライアントプレビューなど、期間限定でファイル共有することもできる。


 放送局などコンテンツ配信まで業務に入っているところでは、クラウドから配信サービスまでワンストップで行ける必要がある。一方制作会社では完成品は放送・配信事業者に納品という格好になるので、Massから直接配信サービスへの動線は標準では用意されていない。このあたりが放送系なのか制作系なのかという分かれ目だろう。


 価格的に見ても中小規模の制作会社であれば、導入も簡単なうえに、リモートワーク対応も実現できる。各種NLEに対しても、OSレベルで仮想ドライブを使うだけなので、どんなシステムでも対応できるという強みがある。


 仮編集に対してのアノテーションなどは、NLE側が提供しているツールを使った方が反映が早いので、そこまではMass側で対応しないという事だろう。そのあたりの割り切りも、手慣れている。