Text by 今川彩香
東京駅八重洲南口近くのアートセンターBUGで、企画展『キャラクター・マトリクス』が開かれている。
仏教などの東洋思想や妖怪を再解釈し、ビデオゲームやピクセルアート、NFTなどのデジタル表現に落とし込んだ作品を展開しているアーティスト、たかくらかずきがキュレーションを担当。まるで舞台のように立体的に組まれた会場に、曼荼羅のように作品が並ぶ。
たかくらは、現代美術のキャラクター表現では「美少女アニメ風」が主流であるとし、今回はその枠から取りこぼされてきたキャラクターを取り扱うとする。参加アーティストは、たかくらのほか、青山夢、影山紗和子、九鬼知也、谷村メイチンロマーナ、平山匠。
主催はBUGで、会期は9月16日まで。
たかくらは、国内の現代美術シーンにおいてのキャラクター表現といえば「美少女風アニメキャラクター」が主流だとし、アニメ、ないしオタクカルチャー以外の表現が取りこぼされてきたと指摘。そのうえで、その主流があるために見過ごされてきた視点があるとする。本展の目的として、その見落とされてきた歴史を拾い、紡いでいくことを掲げている。
BUGに入ると、秘密基地のような空間が広がっていた。今回の企画展のために特別に組まれた会場は、階段を登ったり、降りたり、舞台の奈落のようなスペースに入ることができたり、鑑賞者は上下左右に回遊することとなる。
たかくらは演劇集団・範宙遊泳(はんちゅうゆうえい)のアートディレクターとしても活動してきた。同じく範宙遊泳に参加する舞台美術家・セノグラファーの中村友美が会場設計を担当。この設計にも本展の仕掛けが働いている。
会場風景
企画展タイトルの「マトリクス」は数学用語で「行列」を意味するが、本展では「上下の関係がなく、格子状に広がりをみせる様子」を表すためにこの言葉を使っているのだという。つまり、曼荼羅だ。
高野山の聖地のひとつ「壇上伽藍(だんじょうがらん)」は、空海が「立体曼荼羅」として設計したのだという。つまり、壇上伽藍を一回りすれば、密教を体現した世界を身体的にも体感することができる。たかくらは、そういった寺院の構造を一種の「演出」として捉え、本展の会場設計に適用した。
また、高低差があることによって、会場を上から見ても、横から見ても、曼荼羅のようにキャラクターが広がる構成となっている。
会場風景より、中央は九鬼知也『star chest boxer』(2024年)陶土、釉薬、下絵具
会場は、大きく「地上」と「地下」に分けることもできる。「地上」に展示されている作品は、人間の力が及ばない自然の災禍をイメージ。それは、さまざまなモンスターや怪獣として表現される。「地下」は人間の営みとして、呪術的なモチーフが散りばめられている。
「地上」の作品として、谷村メイチンロマーナはカートゥン(※)の特徴を感じるモンスターを、発泡ウレタンを使った半立体的な絵画作品と、グルーガン(グルースティック)を織り重ねてつくった立体作品で表現する。
谷村メイチンロマーナ『アマ・フチ大国最強の右腕「ヤマダーノ・オロシ」(3Dver.)』(2024年)グルースティック、V color
谷村は自称「ソフビやカートゥンのカッコよさに魅了されたクレイジー・クリエイター」。立体作品は質感のためにソフビと同じ塗料を使っている。そのため、ソフビのツルツル感とグルーガンの凸凹感がマッチして、なんとも不思議な質感をあらわしている。ちなみに、「ヤマダーノ・オロシ」は日本神話に登場する、頭と尾が八つずつある大蛇「八岐大蛇」のもじりだという。
青山夢の作品もまた「地上」にある。ポリエステル生地を手縫いした後に綿を入れるという青山の半立体作品は、意図した凹凸と、意図しない凹凸があるのだという。質感はもこもこ、ふわふわ、ツルツル。初期のポケモンのかたちと質感が好きだと話す青山の作品からは、たしかにその独特のテクスチャーを感じることができる。
青山夢『海の魔物』(2024年)ポリエステル生地、綿、糸、アクリル、油彩、パネル
新作である『海の魔物』は八岐大蛇がテーマ。谷村の作品と共通したのは偶然だそう。
「地上」のだいたい中央にそびえ立つのは、平山匠の『ハニラ』。約3日をかけて、会場に陶芸用の粘土から立ち上げた4.5メートルの怪獣だ。
平山匠『ハニラ』(2024年)粘土、鉄、しゅろ縄
『ハニラ』はウルトラ怪獣の「棲星怪獣 ジャミラ」から着想を得ているのだという。「ジャミラ」は元宇宙飛行士で、宇宙開発闘争に巻き込まれ、漂着した星の過酷な環境に適応していくなかで姿が変形してしまった——というストーリーだ。
平山は『ハニラ』に自己批判的な意味も込めているのだという。粘土からできる陶器などは人間の生活に寄り添ってきたが、その資源はこの先の減少が指摘されている。それでも粘土を使い続ける内省と、「ジャミラ」が描いた人間のエゴとを、『ハニラ』によってリンクさせている。
ハニラに水をあげる平山匠
乾燥によってぽろぽろとこぼれ落ちる表皮は、足元の街を模した粘土から補給されるうえ、数時間に1回、平山によって水やりが行なわれる。人間によって振り回されてきた粘土が、今度は平山を振り回す、逆転の関係性が立ち上がる。
影山紗和子の映像作品は、「地上」から「地下」に行く導線上にある。「自由気ままを愛するキャラクター達をいっぱい描いています!」という影山は、本展にはTVをテーマにしたアニメーション群を展示。目がキラキラと輝くキャラクターたちが、天気予報やテレビショッピングといった番組に登場している。
影山紗和子『angel TV shoping』(2024年)ビデオ、サウンド
たかくらの新作『伽羅選曼荼羅』は、「地下」の突き当たりに展示されている。
そもそも曼荼羅とは、たくさんの仏が規則正しく並んだ絵のことで、複雑なお経の内容を絵にした「見るお経」とも言われている。『伽羅選曼荼羅』は、なかでも胎蔵界曼荼羅をもとにしている。胎蔵界曼荼羅は、すべての仏は大日如来から生まれ、人々の心の中にある「さとり」を開くもとを、大日如来が育てていくようすを表しているものなのだという。
たかくらかずき『伽羅選曼荼羅』(2024年)デジタルペインティング、UV樹脂
会場のそこらじゅうに、九鬼知也の「陶フィギュア」が配置されている。煩悩と同じ数である108体を、本展のためにつくりあげたのだという。「地上」にもあるが、「地下」のある一角にある「陶フィギュア」たちは、何やら儀式をしている様子だ。
会場風景より、九鬼知也の作品群
儀式の一角はちょうど、平山の『ハニラ』の真下で行なわれている。会場の設計図をはじめ、設営の際に使われた電動ノコギリや資材がわざと近くに配され、そのなかで何か道具のような「陶フィギュア」を捧げているように見える。この儀式を起点にして、この会場が立ち上っているようにも思える構造となっている。
たかくらは「儀式」について、「フィクションと現実のあわいにあるもの」と説明する。
本展は、キュレーターであるたかくらが仕掛けた「マトリクス」の構造と「儀式」に込めた意図、そして、それぞれのアーティストが作品に込めた物語(もしくは物語を内包しないこと)とが、幾重もの意味の層を成しているように感じた。