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横浜駅「女子高生」飛び降り事故 巻き添え女性死亡…賠償責任を「誰も負わない」ワケ

2024年09月03日 19:01  弁護士ドットコム

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JR横浜駅に直結する商業施設の屋上から女子高校生(17)が転落し、路上にいた女性(32)を巻き込んだ事故は、二人とも死亡するという痛ましい結果になった。


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報道によると、女子高校生は8月31日、屋上に設置されていた約2.5メートルの高さがある柵を乗り越えて飛び降りたとされる。一方、巻き込まれた女性は、友人3人と駅前の路上を歩いていたようだ。警察は重過失致死の疑いなども含め捜査しているという。



状況からして、巻き込まれた女性は「被害者」ということになりそうだが、今回の被害について、誰にどのような法的責任が生じるのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。



●損害賠償責任も「相続放棄」できる

──女性を死なせた加害者側はどのような責任を負うことになりますか



加害者本人は過失によって被害者を死亡させたことから、民法上の不法行為(民法709条)が成立して、被害者の遺族に対して損害賠償責任を負うことになります。



加害者本人が未成年者の場合は、未成年者本人が責任を負うのか否か問題となりえますが、判例実務上、小学校卒業程度であれば事理弁識能力(自分の行為の責任を弁識するに足りる知能)が認められて、本人の不法行為責任が認められます。



今回のケースでは、加害者が高校生であることから、原則として、加害者本人が不法行為責任を負うことになります。



──加害者本人が亡くなっている場合はどうなりますか



不法行為責任による損害賠償責任も、金銭債務として相続の対象となります。そのため、加害者の相続人(両親)が、被害者に対する損害賠償責任を承継することになります。



──相続人が「相続放棄」をした場合はどうなるのでしょうか。



加害者の相続人は、被害者に対する損害賠償責任を相続により引き継ぐことになりますが、相続を放棄することによって免れることも可能です。



相続放棄の制度は、プラスの財産もマイナスの財産も含めて、相続される人の一切の財産を相続せず、放棄するものです(民法939条)。



家庭裁判所に申し立て、受理されれば、相続放棄した人は、プラスの財産もマイナスの財産も含めて、すべての相続財産の承継を拒否することができます。



不法行為責任による損害賠償責任も、相続債務に含まれますので、相続放棄することによって免れることができてしまうというわけです。



●未必の故意あっても「殺人罪にはならないのではないか」

──重過失致死の疑いで捜査していると報道されていますが、殺人罪などにはならないのでしょうか



加害者本人が亡くなられていることから、実際に事件として立件されることはありませんが、理屈上はいくつかの罪名が考えられます。



飛び降りる際に下を見ればたくさんの歩行者が見えるわけですから、そのような場所から飛び降りた場合に他人を巻き込んで死亡させる可能性は容易に予見できたと思われます。したがって、重過失により他人を死亡させたとして、重過失致死罪(刑法211条)の成立が考えられます。



また、「誰か路上にいる人にぶつかるかもしれないがそれでも構わない」というつもりでいたなら、「未必の故意」による殺人罪が成立するのではないか、ということも考えられます。



たしかに、本当に「他人を死亡させるかもしれないがそれでも構わない」と認識していたならば、殺人罪の「未必の故意」が認められますが、「未必の故意」というのはあくまで主観的要素であり、大前提として、その行為が客観的に殺人罪の「実行行為」に該当することが必要となります。



──殺人罪の「実行行為」とはどのようなものでしょうか



わかりやすい例を挙げると、日本刀で他人に切りかかる行為や、ナイフで胸部を刺す行為です。このような行為であれば、殺人の結果を発生させる危険性の高い行為であることから、殺人罪の実行行為性が認められます。



これに対して、今回のケースではあくまで自死が目的であったと考えられ、仮に高い場所から飛び降りたとしても、はたして下にいる誰かにぶつかって、死亡させるかどうかは通常はまったくわかりません。



そのような不確実性の高い行為について、定型的に殺人の結果発生の危険の高い行為とまではいえず、殺人罪の実行行為性までは認められないのではないでしょうか。



今回のケースと似て非なるものに自殺行為を伴う無理心中がありますが、これは心中する際に行為者が被害者に直接、毒を飲ませたり、殺傷したりするなど、殺害行為をおこなっているため、殺人罪の実行行為性が認められるのです。



したがって、そもそも飛び降りるという行為には、客観的に殺人罪の実行行為性が認められないことから、いくら主観面で「未必の故意」が認められたとしても、殺人罪の成立は認められないものと思われます。




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/