2024年09月03日 10:00 弁護士ドットコム
プロ野球選手も「誹謗中傷」に悩まされている。勝敗やプレーに一喜一憂するファンの中には、球場でヤジを飛ばしたり、SNSで誹謗中傷の投稿をする人もいる。
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そうした状況の中で、日本プロ野球選手会(會澤翼会長)は、弁護士でつくる誹謗中傷対策チームを立ち上げ、この問題に取り組んできた。
匿名の投稿者を何件も特定して、謝罪や解決金の支払いなど示談が成立しているほか、刑事事件として告訴に至ったケースもある。
誹謗中傷する人の中には、ひいきチームの敗北を腹いせの形でぶつけるファンもいれば、プロ野球以外のさまざま話題に噛み付く人もいたという。
一方で、選手たちが声をあげると「SNSを見るな。プレーに集中しろ」と的外れな指摘も寄せられてくるそうだ。プロ野球選手会の顧問弁護士にこれまでの取り組みと課題を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
これまでもプロ野球選手会の顧問弁護士は、選手から寄せられるさまざまな法的相談に対応してきた。
近年、SNS上の誹謗中傷に関する相談が増えたことから、2023年9月に対策チームを立ち上げて、本格的に着手した。
対策チームのメンバーである高橋駿弁護士は「誹謗中傷の相談が目立つようになる中で、確実に名誉毀損や侮辱にあたる投稿が散見されるようになり、選手会として対応する姿勢を示す必要があると考えました」と話す。
先立って、2023年3月には、日本野球機構(NPB)とともに12球団と共同で誹謗中傷への注意喚起を呼びかけていた。シーズン中はSNSの投稿も盛り上がり、全体で投稿数が増えるに伴って誹謗中傷も増えていく。
「死球を巡って騒ぎになったり、際どい判定があると、全体として話題になり、それに連動するような形で誹謗中傷が増えます」
中傷の投稿には、「死ね」などのひどい発言も数えきれないほどあるという。開示が認められた投稿の中には「ゴミ」「カス」「消えろ」などの表現があった。
「そのような言葉を見て、傷つかない選手はいません。中傷だけでなく『殺してやる』など殺害予告を受けることもあり、球団と相談して警備員をつけた選手もいるほどです。それだけでなく、選手の親族までがターゲットにされることもあります」
自分のことはともかく、家族が攻撃されることは許せないと考える選手も少なくなく、シーズン中は遠征で自宅を離れることもあり、家族に何かあればと不安に感じるという。
「プレーに集中できなくなり、生活や仕事にも影響が出る極めて重大な行為です」
ところが、このような誹謗中傷の注意を呼びかけると、必ず出てくるのが「じゃあ、SNSを見るな」「プレーに集中しろ」という反応だ。
「プロ野球に限らず、アスリートの誹謗中傷問題で同じ反応が見られます。周囲から『掲示板にこんなことが書かれていたよ』と心配されることもあり、仮にSNSを見なくても、無関係ではいられないのです」
シーズン中は、選手会に届く相談も増えていく。
同じ投稿者が中傷を繰り返す傾向にあることから、削除したとしても解決にはつながらないため、削除依頼は少ない。選手側から求められるのは、投稿者を特定して、二度と誹謗中傷をしないと約束させるなどの対応だ。
発信者情報の開示手続きはコンスタントに進められている。何件も投稿者が特定され、高額な解決金を支払うに至った示談が成立している。
また、損害賠償を求める民事裁判になり、和解したケースや、刑事事件として名誉毀損罪で告訴状が受理されるケースもある。
「アスリートへの誹謗中傷が社会問題になっているとして、警察が以前より対応してくれていると感じます」
一方で、弁護士がほとんどの手続きをするとはいえど、シーズン中の合間に警察から聴取を受けることや、書類確認などの負担があることから、法的措置を取ることに二の足を踏む選手もいる。
根本的には、ネット掲示板やSNSのプラットフォーム側が投稿を削除したり、悪質な投稿者の利用に制限をかけたりする対応が求められるという。
発信者情報の開示手続きで特定した投稿者は、性別も年代もバラバラだった。
「ファンを自称する投稿者もいますが、名誉毀損や侮辱の投稿をする人はファンではないと常々感じています。どうにかして選手に反応をもらおうとしてやっているような人もいます」
ひいきするチームが負けたりすると、その苛立ちや不満を選手にぶつけるのも動機の一つだ。
「ただ、問題となった投稿の前後の投稿を見ると、プロ野球だけでなく、政治や芸能など、そのときどきで話題なったさまざまなテーマに牙を向けている人も多く、多方面で誹謗中傷している印象です」
対策チームも、どんな投稿が権利侵害と認められるのか知見を深めてきた。
たとえば、先日のパリ五輪でも、敗北した日本代表の選手に「引退しろ」と投稿があり、これが誹謗中傷だと話題になった。
ただし、「引退しろ」という言葉単体で見れば、中傷ではなく「意見」であると判断される可能性が高い。
「ただ、ある言葉が名誉毀損や侮辱にあたるかは、裁判官によっても判断が異なっています。言葉単体で見れば名誉毀損や侮辱にはならないとされる投稿であっても、その前後の投稿と組み合わせて、全体として権利侵害と判断され、開示されることもありえます。
よりよい野球界のために誹謗中傷の問題をどうにかしなければいけないと捉えている選手もいます。そのような強い思いには、われわれ弁護士もチャレンジして応えたいと思っています」
SNSだけではなく、球場での悪質なヤジも選手を悩ませてきた。
慣習的なものだとされてきたが、厳しい言葉が直接耳に入ってくるつらさは当事者しかわからない。観戦約款における禁止行為に該当するものもある。
「SNS投稿との違いは、ヤジは誰が言ったのかほとんどわからず、個人の特定が難しいことにあります。内容によっては侮辱罪にあたるようなものもあり、選手から相談も寄せられています。選手会としても問題と捉えていることは事実です」
プロ野球のファンはどうしても勝ち負けを「自分ごと」に捉えてしまう。その結果、満足できず、腹いせを投稿やヤジのかたちでしてしまう。それが選手のパフォーマンスに影響することに思いをめぐらせられるか。
選手会では注意の呼びかけも継続して続けていく考えだ。
【取材協力弁護士】
高橋 駿(たかはし・しゅん)弁護士
2018年早稲田大学法科大学院修了、2019年12月弁護士登録。第二東京弁護士会。日本プロ野球選手会顧問弁護士、日本スポーツ法学会スポーツ契約等研究専門委員会副委員長。スポーツ界における誹謗中傷抑止のための弁護士による団体「COAS」を設立。共著に「これで防げる! 学校体育・スポーツ事故: 科学的視点で考える実践へのヒント」(中央法規出版、2023年)
事務所名:Field-R 法律事務所
事務所URL:https://field-r.com/