広告やアート、ライブやイベントの演出で、よく目にするLEDビジョン。レイアウトやサイズが自由でつなぎ目を気にせず画面を構築できるため、様々な用途やスペースでの利用が広がっているだけでなく、新たな技術革新によって日々発展を遂げている。一昨年、米ラスベガスに登場したランドマーク「ラスベガス・スフィア」(The Las Vegas Sphere)は、そういった技術の粋を集め、没入感あふれる未来のエンターテインメント体験を提供する施設として、世界中の注目を集めた。そして今年、ここ日本でも今後のライブ・エンタテインメントでの活用が期待される新たな技術が、今年1月に行われたYOASOBIのライブでお目見えした。「飛び出す絵本」「未来のライブハウス」「圧倒的な没入体験」と、観客から驚きの声が挙がった3D演出とはいったいどんなものなのか。
■次世代LEDディスプレイ・システム「Immersive LED System」 最大の強みは演者と3D映像の融合
「音と映像のプロ集団」として、販売・施工・サービス事業を展開するヒビノ。大規模コンサートを中心に、日本のライブ・エンタテインメント演出を大型映像でけん引している。そのヒビノが23年11月に、大型LEDディスプレイと三次元(3D)LED技術、バーチャル技術を活用し、新たな演出手法や没入型体験の研究開発拠点「Hibino Immersive Entertainment Lab(ヒビノイマーシブエンターテインメントラボ)」を東京都港区に開設した。YOASOBIの国内ツアー「YOASOBI ZEPP TOUR 2024 ”POP OUT“」でいち早く採用されたのは、そのラボに常設されている新技術、次世代のLEDディスプレイ・システム「Immersive LED System」だった。
Immersive LED System とは、アメリカLiminal Space社が開発した「Ghost Tile」を搭載した3D対応LEDディスプレイ・システムのこと。Ghost Tileという立体表示技術は、独自の偏光フィルターをLEDディスプレイに施工し、専用3Dグラスを通して見ることで、傑出した3D効果を体感できる。ヒビノはLiminal Space社と資本業務提携、三次元LED技術の運用に関する技術ライセンス契約を締結し、レンタル運用を行っている。国内に180平米分(高さ6mとした場合、幅30mのステージをカバーできる大きさ)、子会社である北米H&X Technologies社も180平米分のGhost Tileを所有しており、今春からライブ・コンサートやイベント会場でのレンタル使用が可能となった。
3D映像を3Dグラスで鑑賞するスタイル自体は3D映画や一部のライブ演出でもお馴染みだが、プロジェクターを使ってスクリーンに映像を投射する方式であったため、演者や機材の影ができたり、プロジェクターの光量の弱さにより、舞台セットなどのリアルな物と映像との間に光量差が生じたりして、両者を馴染ませることが難しかった。そうした問題をImmersive LED Systemは解決してくれると、ヒビノの芋川淳一氏(取締役 常務執行役員)は語る。
ラボに常設されている幅21.6m×高さ3.6mのImmersive LED Systemのデモンストレーションを実際に体験してみたところ、確かに従来の3D映画等とは全く異なる新鮮な3D感を味わうことができた。まずもって、LEDディスプレイ自体が映し出す映像であるため、グラフィックが圧倒的に鮮明で、プロジェクターとは映像のリアルさが各段に違った。またプロジェクターの場合、スクリーンの端で映像がぼやけてしまうこともあるが、LEDディスプレイでは、どれだけサイズが大きくなろうとも隅々までピントが甘くなることはなく、しかも140度という広い視野角の実現で、視点を左右に動かしても、3Dバーチャル空間の中に自分がいるような感覚が損なわれることがなかった。
昨年11月、同ラボ内覧会に参加したYOASOBIのスタッフが、こうしたデモンストレーションを体験し、その場でツアー(YOASOBI ZEPP TOUR 2024 ”POP OUT“)での使用を強く希望したというエピソードも十分に頷ける斬新な視覚効果だった。当時、Immersive LED Systemのレンタル在庫は納品前だったが、ツアー・タイトルが「POP OUT(飛び出す)」であることを知り、「またとない機会をいただけた」(芋川氏)と考え、ラボにあるデモンストレーション用のLEDディスプレイをツアーに提供することを即断したという。
ここで、YOASOBIのツアーの様子も簡単に紹介しておこう。ライブ中盤の5曲が3Dパートとなった(その前後は通常の2D映像を使用)。入場時に配布された3Dグラスの装着を促す映像が流れ、観客は3Dの世界へと誘われる。「Biri-Biri」でボクセルアートの世界が広がり、「怪物」ではモンスターがメンバーと一緒にリズムとビートに合わせてうねる。「もしも命が描けたら」で歌詞が飛び出し、「優しい彗星」ではボーカルikuraがLEDディスプレイ中段の高さのステージに移動することで、光と星空に包まれた空間の中で歌っているようなファンタジーな世界を表現。最後の「ツバメ」では、観客の頭上をツバメが飛び交うようなシーンを作り出された。Immersive LED Systemの強みを最大限に活かした演出は、YOASOBIの物語の世界にアーティストと観客が一体となって没入することに成功したと言っていいだろう。
「エンターテインメント市場におけるImmersive LED Systemの可能性を考えると、ライブ・パフォーマンスと3D映像による背景エフェクトとの融合は第1ステップで、将来的には、ロケーションベースエンタテインメントやアミューズメントパークなどでのインタラクティビティと3D映像の融合、さらにはライブやスポーツの臨場感をサテライト会場で立体映像によって伝えるライブ・ビューイングによって、アーティストやスポーツ選手のパフォーマンスをより身近に感じていただけるよう、今後も技術の向上と普及に向けて努力していきたいと考えています」(芋川氏)
YOASOBIのツアー以降のImmersive LED System の活用事例としては、5月のみずほPayPayドーム福岡で開催されたイベント「STAR ISLAND」で、アーティストYOSHIROTTENによるドーム全体を使ったアート作品「SUN」があり、9月には展示会での導入が決まっている。もちろん、ライブ・コンサート以外でも、企業イベントでの自動車やキャラクターなど、クライアントが所有するアセットを立体映像で表現する際に効果的で、例えば自動車の新モデルを紹介するような場合には、3D映像で来場者に説明することで、より多くの情報を効率的かつ効果的に伝えることができる。
こうしたヒビノのLEDディスプレイ・システムへの取り組みは、Immersive LED Systemだけではない。スタジオに設置した大型LEDディスプレイにCGによる仮想空間や実写のロケーション映像を映し、それと役者や被写体を同時撮影することで自然な合成映像をリアルタイムで作り出せる「インカメラVFX」機能を備えたバーチャルプロダクションスタジオ「Hibino VFX Studio」も開設しており、この技術は既に昨年放送されたNHK大河ドラマ『どうする家康』や、三代目J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのボーカル今市隆二のソロ楽曲「CASTLE OF SAND」ミュージックビデオの撮影等で使用されている。