2024年09月02日 10:40 弁護士ドットコム
客からの迷惑行為「カスタマーハラスメント」、いわゆる「カスハラ」が横行しています。弁護士ドットコムにも、カスハラの被害に遭ったという相談が多く寄せられています。あるピザ店でデリバリーのアルバイトをしていたという人から、土下座させられたという声が寄せられました。
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相談者によると、ピザの注文を受けて客に届けたところ、客が想定していた時間よりも遅れていたといいます。何度も謝罪しましたが、「行動で示せ! 土下座しろ!」と繰り返し詰め寄り、土下座させられたそうです。
ほかにも客に土下座を求められたという人からの相談が寄せられています。従業員に土下座させるという過度な謝罪の要求は、罪に問われないのでしょうか。また、土下座を要求してくる客にどう対応したらよいのでしょうか。
カスハラ問題に詳しい能勢章弁護士に聞きました。
——土下座を要求するという行為に違法性はないのでしょうか
罪に問われる可能性があります。
単に「土下座しろ」と言うだけでなく、「土下座しなければ腹を蹴るぞ」とか「土下座しなければ店を壊すぞ」といった身体や財産に対する害悪の告知があった場合には、脅迫罪(刑法222条)が成立する可能性があります。
また、土下座という義務のないことを命令する行為にも当たりますから、強要罪(刑法223条1項)が成立する可能性もあります。
なお、土下座する姿を撮影してそれをSNSにアップし、「時間通りに配達できない最悪な従業員に土下座させた」といったコメントをした場合には、公然と事実を摘示して従業員の名誉を棄損したと言えますから、名誉毀損罪(刑法230条1項)が成立する可能性もあります。
——土下座を要求する行為は、カスハラの一つのパターンですが、その背景にはどのような客側の心理や問題があるのでしょうか
カスハラを行う客には、「独自の正義感をもっている」、「言いやすい相手や会社を選んでいる」という特徴があります。
この場合の正義感とは大抵身勝手で歪んだものなのですが、本人の中ではそれが軸として揺るがない強固なものとして確立しています。そのため、従業員側が何を言っても説得には応じないし、なかなか引き下がらないという傾向があります。
また、カスハラを行う客は、誰彼ともなくクレームを言うわけではありません。自分よりも立場の弱い人や言いやすい会社を選んでいます。
例えば、スーパーなら男性従業員よりも女性の従業員に対して、病院なら医師よりも受付窓口の職員に対して、カスハラ行為を行うことが多いのです。常に自分が優位な立場に立てる状況でクレームを言ってくる傾向があります。
——土下座を要求してくる客に、従業員や事業所はどう対応するのが望ましいでしょうか。 客から執拗に攻め立てられると、その状況から逃れたい一心で土下座してその場を収めたいという気持ちを抱くかもしれません。
しかしながら、土下座をしたからと言ってそれで収まるとは限りません。収まるどころかより状況が悪化する可能性すらあります。 土下座とは、日本に伝わる礼式の一つで、土の上に直で坐り、ひれ伏して礼を行うことで、深い謝罪や請願の意を表する場合などに行われます。土下座をしたということは、会社として最上位の謝罪をしたに等しいと言えますから、顧客からすれば、それだけ悪いことをしたのだろうと勘違いしていまいます。
カスハラを行う顧客は相手を選んでいることが多く、強そうな相手や面倒な相手には執拗な要求を行わないものです。土下座をすることで弱気の姿勢を見せれば、自分の立場に自信を深めてより面倒な要求をしてくる可能性もあります。
従って、事業所や従業員としては、客から土下座を要求されても丁寧に断るべきなのです。
そうだとしても、従業員側にも不手際があった場合はどうすべきでしょうか。
仮に従業員側に何らかの不手際があった場合であったとしても、その不手際についての謝罪は行うものの、土下座自体は拒否すべきだと思います。
例えば、「ご不便をおかけしたことは本当に申し訳ございません。しかしながら、これが精一杯の気持ちですから土下座についてはどうかご勘弁頂けませんか」などと言って丁重に断るべきでしょう。
——東京都がカスハラ防止条例を制定すると報じられています。罰則はないものの、カスハラへの抑止力になりえるとお考えでしょうか。
カスハラへの抑止力にはならないと思います。
東京都が令和6年7月公開した「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」によれば、カスハラ加害者となり得る顧客等に対しては、 「顧客等は、カスタマーハラスメントに係る問題に対する関心と理解とを深めるとともに、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努める」、「顧客等は、都が実施するカスタマーハラスメントの防止に関する施策に協力するよう努める」という内容の規定を定めるようです。
上記で述べたように、カスハラを行う客は、「独自の正義感をもっている」という特徴があります。いくら東京都が条例を定めて啓蒙活動を行っても,自分が正しいと思って行動しているわけですから、自らの行為がカスハラに当たるという認識は全くなく、条例で対象となるカスハラ行為にまさか自分が該当するなどとは思うことはないでしょう。自己の行為がカスハラに当たるとは思っていない以上、抑止力になるとは思えません。
正当なクレームを出すことを躊躇させかねない側面もあって罰則を定めないのでしょうが、内容も効果も中途半端なものであって、抑止力があるとは言えません。カスハラの社会問題化に鑑みれば、やはり何らかの罰則は必要だと思います。
【取材協力弁護士】
能勢 章(のせ・あきら)弁護士
カスハラ専門の弁護士。カスハラという言葉がない時代からBtoCの企業から依頼を受けて困難なカスハラ案件に数多く従事する。カスハラ対策及びカスハラ対応に関する情報を発信するサイト「正しいカスハラ対策で従業員を守る方法 - カスハラドットコム (kasuhara.com)」を運営している。
事務所名:能勢総合法律事務所
事務所URL:https://kasuhara.com/