許せない。人はどういう思いでこの言葉を使うのだろう。多くは信頼を裏切られたときに使う言葉だが、「許さない」のか、「許せない」のかでどこか意味が変わってきそうだ。
許さないのは自分の意志だが、許せないのは世間の規範に合わせて、あるいは自らの正義においてという大義名分、もしくは許したいけど許すことができないなど、いくつかの受け取りようがありそうだ。
義弟は確かに浮気したけれど
「うちの妹の口癖が『許せない』なんですよ。2年前に夫に不倫され、ひとり娘を連れて離婚しました。不倫相手が夫の同僚の既婚女性だったため、離婚後に夫の勤務先と不倫相手の夫に暴露したようです」そう言うのはキワさん(44歳)だ。妹のルミさんは現在41歳。ひとり娘は9歳となった。キワさんは義弟が不倫したのもわからなくはないと庇う。
「ルミは専業主婦になりたくてなったのに、家事も育児もろくにしなかった。ルミの娘はほとんど私が育てていたようなもの。昔から甘やかされて育ったけど、結婚後も妻であり母であるという自覚が持てなかったようです」
とはいえ夫に不倫されて泣き暮らしているルミさんを放っておくわけにもいかなかった。だから実家に連絡をとり、弁護士も紹介して離婚へと進んでいったのだ。
「ルミは不倫相手の女性にも慰謝料を請求したようです。女性の夫には黙っていると口約束を交わしたのに、その後、不倫をバラして女性も離婚となった。すると義弟と女性は、また会うようになった。そこで妹は勤務先にも知らせたわけです」
「許せない」感情から暴走し始めた妹
そこまでしなくてもとキワさんは妹を説得しようとした。だがルミさんは「許せない」の一点張りだった。「許せないってどういう意味なのか……。私も考えてしまいましたね。許したいけど許せないのか、一般道徳に鑑みて許すことができないのか、あるいは自分のプライドとして許せないのか。妹は許さないとは言わないんですよ。そこが私にとっては謎でした。
自分の価値観として許さないわけではなく、他から借りてきた価値観で許すことができないと思っているのではないか、と。妹はそんなことはどうでもいいと怒っていましたが」
元夫は、仕事で評価されていたが、結局は遠い支所へと飛ばされていった。不倫相手は会社を辞めたという。
「妹は今、実家で親と暮らしていますが、今でもときどき『もっと制裁を加えるべきだった。許せない』と言っています。離婚は自分が望んだことなのだから、早く新しい人生に目を向けてほしいんですが、なかなか脱することができないようです」
許せない。ルミさんがこの言葉を使った理由は、今も謎のままだとキワさんは言う。
許したくても許せない
「私の場合、夫の不倫が発覚したのは臨月の頃でした。妊娠中に、夫はしれっと不倫していた。しかも相手は私がかわいがっていた職場の後輩。一番信頼していたふたりに裏切られて、本当にショックでした。ショックのあまり産気づいたんです」サラさん(40歳)は、6年前の記憶を思い出して顔を歪めた。後輩のミナさんは、産休に入ったサラさんに「ここだけの話だけど、私、サラ先輩のダンナさんと付き合ってるの」というメッセージを送ってきた。どうやら友人に送るはずだったのを誤爆したらしい。
サラさんが読み終わった瞬間、メッセージは取り消された。
「どうしたの、悪い冗談はやめてよねと軽い感じで送ったのに返信は来ませんでした。ミナはよほど慌てたんでしょう。だから怪しいと思った」
その晩、夫のスマホを調べた。ミナさんとのやりとりが出てきて、関係があるとわかった。夫は軽い調子で「ミナと僕の子もほしいね」などと書いていた。
「あまりにゲスで吐き気がしました。そのまま私は産気づき、夫が起きないのでひとりでタクシーを呼んで病院に行ったんです」
正期産より少し早かったが、元気な男の子が生まれたのは1日半後という難産だった。だがその間、不倫がバレたのがわかったのか夫はやって来なかった。夫の両親は遠方に住んでいるのだが、出産と同時くらいに駆けつけてきた。サラさんの両親は出産前に到着していた。
「当然、夫はどうしたのかという話になりますよね。陣痛の合間に、両方の両親がいる場で、夫が不倫したと暴露しちゃいました。夫がようやくやってきて『仕事が……』と言い訳したときには義父が夫を殴っていました」
病院が修羅場に
なんともすさまじい修羅場と化したとサラさんは苦笑する。その後、いろいろあったものの夫はサラさんに謝罪、義父母までもが謝ってくれた。「義父母に謝ってもらう理由はないので、かえって申し訳なくて。夫が、子どもも産まれたのだからやり直そう、絶対にいい夫、いい父親になると約束してくれたので、そのときは水に流そうと決めました」
ところが子どもが1歳になったころ、再び夫の様子がおかしくなった。またも携帯を覗いてみると、ミナさんとの関係が続いているとわかった。脇の甘い夫である。
「子どもには本当にいい父親だったから、許したいと思いました。許さないまでも、スルーしようと。でもやっぱりなかったことにはできない。『今もミナと続いているのね』とある日突然言ったら、夫はビクッと体を震わせた。顔がひきつっていました。
私をバカにするのもいい加減にしてと叫びました。そうだ、私はバカにされたくなかったんだと、自分の本音に気づきました」
それからは一気に離婚へと突き進んだとサラさんは言う。許したつもりでも、裏切りが続いていたとわかった瞬間、「私の仏心は消え去った」そうだ。どう考えても「許すことができない」という意味での「許せない」だった。
許すのか、許さないのか許せないのか。その基準は人それぞれ。自分の本音に気づくことが大事なのかもしれない。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))