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偶然に身を委ねる意思決定ツール「タマタマゴ」は“令和のアナログコンピュータ”なのかもしれない

2024年08月31日 18:41  ITmedia NEWS

ITmedia NEWS

HATENALABO「Tamatamago ハテナホワイト」は1万1000円。ボール(ポリスチレン製)が10個付属する

 HATENALABOの「Tamatamago(タマタマゴ)」は、卵形の意思決定ツールだ。石膏で作られた卵の上部にある穴に、小さなボールを入れると、下部の3つの穴のどれかからボールが出てくる。その3つの穴を、例えば「やる」「やらない」「保留」と決めて、あとはボールがどこに出てくるかに任せる、といった使い方が想定されている。


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 この3つのどの穴から出てくるかの確率が、ほぼ3分の1になっているというのが、この製品のポイント。要するに、何かを決める時に、サイコロや鉛筆を転がしてその出た目に任せるアレを、卵形のブラックボックスで行うようなものなのだ。


 ただそれだけのものなのだけど、これが、実際にモノに触れて、ボールを自分で入れてみると、不思議と楽しいのだ。それこそ、単に1から3の数字をランダムに表示させるというだけなら、PCを使えば簡単に実現できる。


 試しに、Capliotに「クリックすると1~3の数字のどれかをランダムに表示して、もう一度クリックすると数字が消えるというJava Scriptを書いてください」と入力したら、1秒もかからずに、ちゃんと動くプログラムを書いてくれた。


 しかし、クリックして、1~3の数字が表示されたところで、そこに「面白さ」はない。仕組みも書かれたコードを見れば明らかで、不思議もない。


 Tamatamagoが面白いのは、ボールが卵の中を通って出てくるという「動き」と、それが3つの穴からランダムに、しかしほぼ3分の1の確率で出てくるという「不思議」という、2つの面白さが重なっているからだろう。同じようにブラックボックスでも、コンピュータは「計算機」であり、だったら、こういう処理は得意だろうという理解がこちら側にある。しかし、ボールを転がすという至ってアナログな仕組みが、何らかの計算が必要に見える現象を起こすと、そこにはちょっとした「不思議」が表れる。


 ジョージ・ダイソン著「アナロジア AIの次に来るもの」(早川書房)には、ライプニツの機械式コンピュータの話が出てくる。この18世紀に考案されたコンピュータは、ビー玉が転がる先のゲートが開いているか閉じているかのオン/オフで計算を行うという、機械によるデジタル・コンピュータの試みだった。


 ところが、このTamatamagoには、オン/オフを司るゲートは存在しない。そして、結果も2つではなく3つなのだ。最終的に出口を3つに固定しているという意味では、デジタル的ともいえるけれど、その結果を導くためのゲートは存在しないわけで、つまりこれは、アナログコンピュータと呼んでいいのではないかと、6月に東京ビッグサイトで行われたイベント「インテリアライフスタイル」で、Tamatamagoの試作品を見た時に思ったのだった。


 「アナロジア」は、5月に翻訳出版され、すぐに増刷が決まり、さらに同月、同じく早川書房から復刊されたトム・スタンデージ著「ヴィクトリア朝時代のインターネット」も大ヒットとなった。AIの先にあるアナログコンピュータの可能性や、コンピュータが無かった時代のインターネットに、今の人々が何かを見ているのが、多分、今という時代で、そこに、このTamatamagoのような試みがコンシューマー向けの製品として出てきたというのが、私にはとても面白く感じた。まず、どういう経緯で、このような製品が生まれたのかが全く分からなかったのだ。


 今回の製品を担当したアッシュコンセプトの砂口あやさんは「アッシュコンセプトで、ずっとお世話になっているスペインのデザイナーにジョルディ・ロペス・アギロさんという方がいて、彼の事務所に遊びに行ったんです。その時に見つけたのが、この製品の原型になるものでした。それはアメリカの大学のワークショップで作ったもので、1つの量感をどのように分解したら違う要素が生まれるか、といったテーマで制作したもので、最初からなんとなく卵っぽい形だったんです。この何となく不思議な形のものが、別の機能を持っているというのが面白いねと、私とジョルディさんで話していたのが最初でした」と話す。


 ジョルディ・ロペス・アギロさんといえば、アッシュコンセプトのブランド「+d(プラスディー)」で、多くの製品をデザインされている方で、例えば、回すとビックリマークが浮かび上がるコマ「Spin(スピン)」(1100円)や、流星をクレーターでキャッチするというコンセプトで、けん玉をリデザインした「Meteor(メテオ)」(6050円)など、数多くの、ちょっと不思議な感触の製品を発表している方。その彼が持ち込んだ、不思議なツールともオブジェともつかない、卵っぽいものに対して、砂口さんは、アッシュコンセプトの「不思議なものってなぜ不思議なんだろう」というものを製品化しているブランド「ハテナラボ」での製品化を提案した。しかも、その時点から、既に「タマゴ」という呼称で企画が始まったという。


 では、このアナログコンピュータ的なふるまいは、どういう仕組みで実現しているものなのか。何度試してみても、内部で何か機械的な動きをしている様子は感じられないし、ボールを入れたら、すぐに下から出てくるし、なのに、3分の1の確率になっているという、その仕組みは、ただ使ってみるだけでは、私には全く分からなかったのだ。


「ジョルディさんは、同じシステムを使った色んな形を作っていたんですけど、その中で3分の1がいいんじゃないか。イエス・ノーだとつまらないけど、イエス・ノー・多分、の3つなら面白いということになりました。仕組み自体は、実はかなりシンプルなものなんです」と言って、砂口さんが見せてくださったのは、医療器具などを作るのにも使われているという高精度の3Dプリンターで作られた物体だった。


 それは、下に行くに従って細くなっている螺旋状の管の最下部が3つに分かれている形状の手のひらにのるくらいのもの。つまり、この螺旋状の管を、ボールが滑り落ちていって、3つの出口のどれかから出るということなのだろう。


「管をこんな風に螺旋(らせん)状にして、その螺旋でボールをスピードアップさせてから一点に収束させれば、3つの出口から均等な割合で出てくるんじゃないかというのを、ジョルディさんが3Dプリンターでいくつも試作して、スペインから送ってもらったり、データをもらって、こっちで出力したりしながら、少しずつ作っていきました。卵形にした時に、卵に見える程度のサイズの中に収まるようにするのが大変でした。その制約の中で、スパイラルの角度や、螺旋の数、ボールには何を使うかなどを、さまざまに検証して、どうにか辿り着いたのが、この最終形態です」と砂口さんは、その、ちょっと生き物の内臓にも似た物体について話してくれた。写真は流石にNGではあったけれど、最初のイメージ図は公開を許して頂いたので、この図から想像してみてほしい。


 しかも、3分の1の確率になっているかどうかの検証も、砂口さんとジョルディさんが、せっせとボールを何百個と入れて行ったという。理論的にそうなる仕組みだったとしても、実際に作ると誤差も生まれるし、ボールのふるまいは必ずしも計算通りにいくわけではない。


 そうなると、検証は実際にやってみるしかないのだ。だから、当然だが、このTamatamagoは、あくまでも約3分の1の確率で、ボールが出てくるという書き方になる。でも、それで十分ではないかという気はする。サイコロの目をコントロールしたり、ルーレットで目指す穴に落とすなんて技術は、大昔から伝わっているわけで、ならば、このTamatamagoは、そういう人為的なコントロールが出来ない分、意思決定ツールとしては優秀だと思うのだ。


 ボールを何にするかも大きな課題だった。素材は何にするか、重量はどのくらいがいいのかなどを考えて、一時はマグネット球を使うというアイデアもあったそうだ。


 結果的には、エアガン用のBB弾(0.12g)が、その大きさや重さ、均一性や入手のしやすさなどの点で、最も合っているということになった。


 実は私は、試作品をお借りして試用していたのだけど、その時、ボールをなくすのではないかとドキドキしていた。なので、どこででも気軽に入手出来るボールが使われているというのはとてもあり難い。ボールは卵の黄身を意識して、イエローのものが10個付属しているが、これなら足りない人も安心だ。といっても何千個も必要になるわけではないから、少ない数のパッケージを探す方が大変かもしれない。


 この製品の凄さは、その仕組みだけではない。実際、樹脂などで、この仕組み部分をただ包んだだけの製品にするという方向もあったと思うけれど、意思決定ツールとして使うには、あまり安っぽい見た目だとありがたみも薄い。また、中の仕組みが見えてしまうのも、科学オモチャとしては楽しいが、実用品としてもオブジェとしても、やや興ざめ。なんといっても、当初から「卵」にするというアイデアがあった。


「卵に見えないとイヤだったんです。内部構造ごと3Dプリンタで作ると、質感が軽過ぎるし、色々試してみましたが、内部構造ごと作るのは難しいということが分かりました。ならば、内部と外部は分けようということで、内部構造をインサートできて、外側の質感も高品質に仕上げられるのはsoilさんしかいないなと思ったんです」と砂口さん。


 soilさんというのは、この連載でも取り上げた、世界を少しだけ平和にする猫ボードゲーム「ネゴ」のコマや、珪藻土を使ったバスマットや傘立てなどを作っている、左官の技術を生かしたモノづくりのメーカーで、アッシュコンセプトとの付き合いも深い。


「ボールを入れる穴から内部の構造が見えないようにするとか、水平と垂直を保ったまま、3Dプリンターで作った内部構造を、管の中に石膏を入れずに成形するといったことができるのは、soilさんだからこそなんです」と砂口さん。


 実際に使っている型も見せていただいたのだけど、シリコンではないがそれに近い素材で作られた型は、成形後、型を割って中の製品を取りだしている。なので、一つの製品を作るのに、型も必ず作らなければならない。製品自体は、アナログコンピュータといって良いようなものなのに、製造過程はほとんど工芸品だ。白モデルで1万円という、決して安くはない価格も、この工程では仕方ないというべきだろう。


「卵の下に置くプレートも最初は無かったんですけど、ボールが飛びだしてしまうのは、あまり良くないし、どの穴から出たのかをハッキリ見せたいとも思いました。3分の1ということを視覚的に見せるのにもプレートは必要でした。それに、ボールの収納場所も作りたかったんです。ただ、色々考え過ぎて、凝った造形になっていって、それだとプレートの方が主役のようになってしまうので、シンプルな形にして、あくまでも脇役というデザインに仕上げました」と砂口さん。


 実際の卵に比べれば、やや大きいのだけど、石膏で作られたマットな質感の肌は、その見事な造形もあって十分に卵に見える。縁起物だからという意味合いか、金色のモデルも用意されているのも、洒落が効いている。


 できることは、3択をユーザーの替わりに選んでくれるということだけ。でも、ボールを入れると、3つの穴のどれかから出てくる、その動作は、何となく説得力があるのだ。


 それは、ボールが、何か分からない仕掛けを通って、1つの結論を出すという「ふるまい」の面白さなのだと思う。ボールの行き先は、物理法則以外にはコントロールされていないということが感じられるから、そのふるまいを面白く思うことができる。あきらかに変な製品だし、量産は効かないし、価格も高い。それでも、こんなに面白い物体は、なかなか無い。AIの時代だから、余計に、そう思うのかもしれない。