Text by 今川彩香
神奈川・箱根にある彫刻の森美術館本館ギャラリーで開催されている彫刻家、舟越桂の個展『舟越桂 森へ行く日』。2024年3月29日、72歳で死去した舟越が、生前に準備を進めてきた展覧会だ。同館アートホールでは『彫刻の森美術館 名作コレクション+舟越桂選』として、同館が所蔵する作品の数々と、舟越が選出した現代の作家5名(三木俊治、三沢厚彦、杉戸洋、名和晃平、保井智貴)の作品が展示されている。
それぞれ舟越とゆかりがある5人。このほど開かれたトークショーに登壇した三木、三沢、杉戸、保井はそれぞれ、舟越との交流や出展している作品についても語った。
『彫刻の森美術館 名作コレクション+舟越桂選』は、12月1日まで。トークショーでのコメントを交えてレポートする。
⽇本で初めての野外美術館として1969年に開館した同館。『彫刻の森美術館 名作コレクション+舟越桂選』では、これまでに収集された2千点に及ぶコレクションから、近・現代彫刻の名作を選び、時代の流れに沿って展⽰。メダルド・ロッソや朝倉文夫、ブランクーシ、ジャコメッティ、舟越保武らの作品が並んでいる。
さらに、本館ギャラリーで開催中の『舟越桂 森へ行く日』の関連として、⾈越桂とゆかりのある現代作家5人の作品を展示。5人は本展のために舟越が選出した作家で、舟越は「みなさんそれぞれに、僕には思いつかない姿や形の作品を提示してきています。それがどんなことから来ているのかが気になる作家です。そんなことを考えて選ばせてもらいました」とコメントを寄せた。
2024年7月末、『舟越桂 森へ行く日』の関係者内覧会に合わせて開かれたトークショーには、三木、三沢、杉戸、保井が登壇。本展で展示された作品の説明だけではなく、舟越とのエピソードについても語り合った。
舟越とは長年の友人であるという三木俊治。本展で展示されているのは『美つくり箱』(2024年)。
会場風景より、『美つくり箱』2024年 アルミニウム合金、ステンレス鋼、革
三木は「行列」をテーマに複数の作品を制作している。初めてつくったのが1984年だといい、「『行列』は、人間社会のアイコンというか営みというか。いまは僕のアイコンみたいな感じ」と説明。「この作品の『行列』は箱のなかにあるため、本当は所有者しか見れないというふうにしてある」とした。箱の色は五行(※)を表しているのだという。
三木と舟越は、東京造形大学でともに教鞭をとった。教育者としての舟越について、三木はこう振り返った。
「舟越さんは、毎週金曜日の午前中から夜の9時までいました。なんで9時までいるかっていうと、『聞きたいことがあったらいつでも来て』って学生に言ってたから。『コーヒー飲ませてください』から『画廊とどう付き合えばいいですか』『続けることを不安に思ってしまう』『もうできません』まで、美術のカリキュラムに入っていない人まで相談にやってくるんです。僕は『そうか、じゃあインド行け』とか言っちゃうんだけど(笑)舟越さんは相手の話を聞きながら、本人が目標を決めて自分自身で走っていけるように、思いを引き出していた。すごい教育者だな、と思っています」
会場風景より、『Animals 2023-01』(2023年) 樟、油彩
三沢厚彦と杉戸洋は、渋谷区立松濤美術館で2017年に開かれた展覧会『三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館』で舟越と共作。また舟越、三沢、杉戸の3人は、ラグビー経験者という共通点もあるのだという。
「(舟越)桂さんは体幹が強くて、重心も低い。これは彫刻の精度に関係していると思うんです」と語る三沢。美術とラグビーの関係についても語ったうえで、舟越の作品についても言及した。
「ラグビーって、自分がライバルになるんです。身体づくりなどで自らが成長しないと、試合を楽しめないから。ラグビーをやるということは、つねに自分を知るということ。美術もそういう要素が多いと思うんです。僕は彫刻など物質を扱うと肉体的にしんどいこともあるんですが、ラグビーの練習よりは全然しんどくないんですよね」(三沢)
「桂さんの作品は半身の像が多いですよね。人と会話するときに認識するのって、顔からこの辺り(腹のあたりを指す)らしいんです。桂さんはのちのちそれを他人から聞いて『あっ、なるほどと思った』そう。桂さんは感覚的に、そういうことを察知するんですよね。タックルするときも相手を注意深く見る必要がありますが、桂さんはつねに相手のことを意識して見ていた」(三沢)
大学でラグビー部に入部したという杉戸洋は、まさに「ラグビー部に入れば制作も上手くなると言われて入った」と話した。「なんでかなと思ったんだけど、下半身ができる。絵を描くのも自分のへそを知ってないとダメで、へそだけ大事にすれば絵を描ける。これ本当だと思うんですよ。へその中心、高さを把握することは、空間の把握につながってくる」とした。
柔道経験者でもある杉戸は「舟越さんには、柔道で倒せないなという最初の印象があった。隙がないんですよね。腰の引き方がちょっと違う」と話していた。
三沢は、本展に展示している『Animals 2023-01』について「去年、千葉市でやった展覧会の新作なんですよ。作品集を出したとき、桂さんと対談をしたんです。美術館で対談する予定だったんですけど、ちょっと体調が悪くて桂さんのアトリエでやったんです。作品は後日見てもらえればいいかなと思ったんですが、お見せすることはできなかった。この展覧会は生前からプランニングされていたので、桂さんに見てもらえるし、同じ場所で展示されるのに一番ふさわしいという気持ちで選びました」と語った。
会場風景より、『easel』(2024年)セメント、樹脂、木材、タイル、スタイロフォーム、PPテープ、カンヴァス
杉戸は本展に、今年に国立西洋美術館で展示した『easel』を選出した理由について、「あんまり立体はつくらないんですけど……。これ(作中の粒)はピーナッツなんですけど、皮むいて、一個一個現物を型取りしたもので。一つのパネルに何粒のピーナッツを入れれば綺麗になるのかと、一つ間違えれば数え直さなければいけないんですよね。舟越さんも、なんか……いつも手元でちょこちょこやってたから、例えばこのピーナッツのことだけでも、話すことがいっぱいあったな、と思って」と語った。
会場風景より、『tictac』(2007年)漆、麻布、螺鈿、岩絵具、膠、黒曜石、大理石など=写真左=と、『untitled』(2004年)漆、麻布、螺鈿、岩絵具、膠、スペクトライト、大理石、鉄など
三木と同様、舟越と東京造形大学でともに教鞭をとった保井智貴。舟越について印象的だったのは「結構ボロの紙(※)に、必ず鉛筆でメモをする」ことだったという。「何気ない僕の、学生の、他の先生の言葉を『あ、いい言葉だね』『そういう言い方するんだ』ってメモするんですよね。すごい勉強家で大先生だけれど、学生と対等に、一緒になって彫刻の勉強をしていくような印象があります」と語った。
今回展示しているのは、『untitled』と『tictac』の2点。「彫刻をやっていく原点になる作品」と説明し、「ちょうどその当時、舟越先生の作品を見ていたころだったので、もっと新しい作品を出そうかとも思ったのですが、あえて古い作品を出品したいと思いました」。
「10年前は人物像に色を使う人って他にあまりいなかったし、知らなかったんです。舟越先生の作品集を見ながら、どういうふうに彫刻をして、どういうふうに色をつけているのか、それを見ながら制作してたなと思い出しました」。
会場風景より、写真左側は名和晃平『Trans-Yujin(Stroke)』(2012年)ミクストメディア
本展には、『三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館』にて、三沢がゲスト作家に舟越、杉戸、小林正人、浅田政志を招き、会期中に共同で制作した作品『オカピのいる場所』も展示されている。
トークショーでは三沢と杉戸が、その制作当時を振り返る場面も。三沢は、「(作品は)展覧会初日になんとなくはつくるけど、そっからはもう自由にやってこうよってね。どうやって桂さんを参加させようかと話をしていたら、杉戸さんが『オカピ!』って。桂さんオカピ好きだから(笑)それで僕らがオカピのベースを持って行って、『桂さん、みんなでオカピつくるよ』って声を掛けたら、『そうか! それはいいな』って言ってくださった」と楽しげに振り返った。
会場風景より、『オカピのいる場所』(2017年)ミスクトメディア
続けて、「桂さんは(制作の)出席率が良かったんです。当時、僕は朝からいろいろ調整したりしていたので『今日はもう休みたいな』と思っていると、夕方ごろに電話がある。『三沢くん、いま何してんの』『あ、家にいます』『俺、いまから松濤美術館行こうかと思ったけど、それならいいかもなあ』『あ、いや、行きますか』ってなるんですよ(笑)だいたい18時の閉館後に行って、朝3時まで、朝刊が届くような時間までやってくれた。一番熱心にやってくれて。オカピは、相当楽しかったんだと思います」と話していた。
このオカピの腹部のあたりをよく見ると、舟越によるスケッチが描かれているのだという。
左から、三沢厚彦、杉戸洋、保井智貴、三木俊治