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世界に羽ばたく日本のアニメ・マンガ 躍進の背景と忍び寄る“危機”とは

2024年08月30日 16:01  ITmedia NEWS

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 日本のアニメとマンガは国内外で人気を集め、その市場規模は3兆円に迫ろうとしている。一方で10年以上前から低賃金・長時間労働が指摘され、海外大手配信事業者に「安く買いたたかれている」という指摘もある。果たして日本のアニメ・マンガは国を支える基幹産業となれるのか。


【画像を見る】3兆円規模になりつつある日本のアニメ産業


 コンテンツ産業に長く従事し大学で研究も行う筆者は、ascii.jpで15年近くに渡り、メディアとコンテンツの変化を追ってきた。コロナ禍と配信バブルを経てアニメを巡る環境は機会と危機が同時に訪れる中さらに変化しようとしている。ITmediaに場所を移しての連載第1回はその現状や全体像を俯瞰する。


●急拡大するアニメ市場とソフトパワー


 現在、日本を代表する基幹産業は言うまでもなく自動車産業だ。その市場規模は数十兆円規模とされる。世界での人気を背景にアニメ市場は半導体や鉄鋼に匹敵し、将来的には5兆円規模となるという予測※もある(※エンタメ社会学者の中山淳雄氏らによる)。資源に乏しいうえ、IT対応の遅れを生んだ経営の硬直性や新興国との競争から工業立国というポジションが失われつつあるなか、コンテンツ産業を次なる基幹産業へ、という期待が高まるのも無理はないところだ。


 コンテンツが生み出すものは、経済的な利益にとどまらない。物語を通じて、世界観、価値観が共有され、作り手ひいては彼らを育んだ国や社会へのリスペクトが生まれる。いわゆる「ソフトパワー」が強くもたらされることが他の産業にはあまり見られない特徴だ。軍事力や経済力による「ハードパワー」に対して、より強力で持続的な友好関係を結ぶことにもつながっていく。


 「ワンピース」で描かれるように、互いの主張の違いや諍いを乗り越え、物語を通じて「仲間」を増やしていくのが「ソフトパワー」であり、相手を威嚇し続けるのに対して、コストパフォーマンスも圧倒的に優れている。


 世界市場の急速な拡大をもたらしているのが、2010年代から定額制を導入したNetflixなどの海外大手配信サービスであることは言うまでもない。日本のアニメの認知度を上げ、国内放送から配信までのタイムラグを無くし、SNSでの情報拡散も同時多発的なものとなった。


 Netflixが日本上陸した2015年から外資配信大手からの配信権料収入によって、海外売上(※)が3倍近くに急増しておりアニメ市場の拡大の要因となっているのは間違いない(※この売上は放送・上映・ビデオ・配信・商品などの合算)。配信大手間の競争が激しくなる中、著名スタジオからのオリジナル作品の調達やクリエイターとの提携発表も盛んに行われた。1作品あたり数億円掛かるアニメの制作費を、独占配信権料でほとんど賄える上に、海外市場に打って出る契機を得られることから国内アニメスタジオにとっては一時大きな追い風となり、一部では「製作委員会モデルに取って変わるのではないか」という声も聞こえた。


・NetflixがCLAMPらトップクリエイターと組む真の狙い――「製作委員会を超越する」アニメ作りの革命:ジャーナリスト数土直志 激動のアニメビジネスを斬る(ITmedia ビジネスオンライン)


 しかし、現在このバブルとも言うべき状況は急速にしぼみつつある。その理由は、配信オリジナル作品が視聴時間数においてよい成績を残せていないからだ。


 もちろん、配信オリジナル作品以外のテレビ放送作品の人気は高く、配信サービスに欠かせないコンテンツであることから、アニメ作品の調達の動きが鈍くなることは考えにくい。しかし、そこで特に問題になってくるのが、外資による高い調達価格(※)とアニメ新作年間200タイトル前後という世界に類を見ない作品供給量が維持できるかどうかだ(※現在は制作費が全体に高くなっており、既に外資系配信向け作品の制作費が特段高いとはいえない状況になっているという指摘もある)。


●危機と常に隣り合わせのアニメ産業


 1クール=放送3カ月・毎週更新30分枠×12話前後というテレビアニメフォーマットは、定額契約を維持してほしい配信事業者にとっても、連続ドラマ同様、あるいはそれ以上に視聴継続性の高い優秀なコンテンツだ。


 その多くが週刊連載マンガを原作とし、面白さが市場で試された上で映像化されている。映像制作に携わるアニメスタジオとその制作陣も、原作ファンの期待を裏切らず、さらに面白いものにするべく技術に磨きをかけ続け、貪欲に新しい制作手法を試すことで、日本のアニメを世界から支持されるものに育ててきた。結果的に海外制作の実写映画やドラマに比べて低コストで調達できる点も、外資配信大手からは魅力的だったはずだ。


 しかし、配信サービスの競争は落ち着き、市場の成長も天井を迎えつつある。国内においてはAmazonプライムビデオが盤石の地位を築いており、音楽や電子書籍など、他のコンテンツ同様、調達コストの見直しが一部では既に始まっているという声も聞こえてくる。急速に拡大した海外売上の多くを占める海外配信大手の配信権料収入だが、ここが伸び悩むと他の分野がさほど成長していないなかでは、これ以上の市場拡大は難しいということになってしまう。


 日本のアニメ産業は、これまでもメディアの変化に翻弄されてきた。2010年前後には、YouTubeなどの動画投稿サービスの普及と、ネット海賊版によって、それまで産業を支えて来たDVD市場の縮小が起こり「DVDバブル崩壊」などと呼ばれた(筆者が当時所属していたアニメスタジオも、この時期に事業の大幅な縮小を余儀なくされている)。その縮小分を補ったのが、パチンコなどの遊興分野や13年からアニメ産業レポートでも集計がはじまった2.5次元ミュージカルなどのライブエンタテインメント分野だった。


 海外事業者によって支えられている配信市場がこの時のように急速にしぼんでしまうことは現時点では考えにくいが、これまでのような急拡大が期待できないなか、次なるメディアの変化への備え以前に、国内の制作の現場には解決すべき課題がいまだ山積している。


 もっとも大きな課題は、慢性的な作り手の不足だ。比較的少人数で描かれるマンガと異なり、アニメはのべ100人以上が関わる複雑な生産工程を経て生み出されている。特に、動く絵のベースとなる「原画」を描けるクリエイターは国内に数千人程度しかおらず、スタジオ間で奪い合いが常態化している。また、そこから1秒間に8~12枚は必要となる「動画」とそこに彩色を施す「仕上げ」工程については8割を海外に依存しているとされる。4月にはこの「動仕」下請けが、本来発注があってはいけないはずの北朝鮮にまで及んでいることがデータの流出によって明らかになった。


・「全く知らない」「勝手に使われた」──日米のアニメ制作会社が相次ぎ声明 北朝鮮のサーバから関連ファイルが見つかった問題で(ITmedia NEWS)


 改善は進んでいるものの、給与・報酬などの労働環境が恵まれているとはいえない状況であることも人材供給のブレーキとなっている。いまの市場の急拡大が主に配信からもたらされているのは繰り返し述べている通りで、それ以外の商品化などの市場の開拓には海外事情や著作権の取り扱いに通じた専門人材(いわゆるプロデューサー的人材)が欠かせないが、こちらも長く不足が指摘されている。コアなファンによる「推し活」頼みでは一般化が進まず、逆に先鋭化・蛸つぼ化するリスクすらある。専門人材の育成に注力する米国や韓国と異なり、大学・大学院などの高等教育機関やそこでの研究が心もとない状況であることも、筆者もまさに現場で痛感しているところだ。


 少ない人数で生産性を上げるには技術革新が必要となる。業界ではCGさらにはAIの活用も含め制作工程のデジタル化への取り組みも続いているが、「これ」という決定打はまだ生まれていないのが実際のところだ。


・中期ビジョンの注力分野にアニメ 制作ソフトも開発中(ITmedia NEWS)


 例えば、日本のアニメの特徴とされてきた「コマ打ち」が果たしてこれからも魅力となりつづけるのかも気になるところだ。コマ打ちとは、1秒間に24枚の絵が必要となるところ、あえてそれを8枚(3コマ打ち)、12枚(2コマ打ち)に間引くことで、独特のテンポやリズム感を動画に与える手法だ。さらにその動きのなかにデフォルメを加えることで、映像から強い感情を呼び起こすことにも成功している。


 このコマ打ちアニメの魅力も、海外のクリエイターも取り込もうという動きも続いており、日本の専売特許という状況では無くなっているが、世界でも珍しい週刊マンガによる原作供給体制と、日本の優れたアニメ制作技術が組み合わさって優位性となっていると理解しておくべきだ。その源泉となるマンガも、これまでは海外流通網の構築に苦心してきたが、Web・アプリによる電子流通への挑戦がはじまっている。


 アニメ人気を背景に本格的に海外市場に打って出ることになるマンガだが、世界ではスマホに最適化された縦読みマンガ(Webtoon)がシェアを拡大している。こちらも日本のお家芸となっている見開きスタイルが果たしてこれからも世界で支持されつづけるか、また国内勢が縦読みマンガにどのように対応するかは、アニメ人気の今後を占う上でも重要な要因となってくる。


●求められるイノベーション、その最前線を追って


 1963年から放送が始まった『鉄腕アトム』以来、日本のマンガとアニメは、二人三脚のように市場を切り開き、インターネット、SNS、そして定額制動画配信といったメディアの変化にも柔軟に対応してきた。豊富なマンガ原作が生まれ、市場で試され、その上でアニメとなって世界でも人気を獲得していくバリューチェーンは、強力なエンジンとなっている。またそことは別に生み出されるアニメオリジナル作品も、定番(セオリー)を拡張し、日本発の作品群のユニークさ、多様性をもたらすことにも貢献している。


 一方でここまで述べてきたように、解決すべき課題も多いが、その解決に果敢に取り組むイノベーターと呼ぶべき人々が次々と現れているのもこの領域の強みでもある。本連載では、そういった人々にスポットライトをあてながら、機会と危機について追って行きたい。