2024年08月24日 09:20 弁護士ドットコム
警察からストーカー扱いされたのは事実無根だとして提訴したのに、裁判所に“門前払い”された──。大阪高裁でそんな判決が出され、最高裁へ上告するまでに至ったケースがある。
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奈良県警からストーカー規制法に基づく「警告」を受けた中国籍の女性は、前提となるつきまとい等がなかったとして、取り消しを求めて提訴。しかし、判決で「行政指導にすぎないので、そもそも取り消せる対象でない」とされ、警告が適法だったか、つきまとい等があったのか否かといった肝心な部分に関する判断を受けられずにいる。
女性の代理人を務める松村大介弁護士は、高裁判決について「最高裁の判例に違反する判断。冤罪だと訴えている人のための救済手段はどうなっているのか」と厳しく批判する。
なぜ門前払いされてしまったのか。提訴までの経緯や判決の内容を振り返り、何が問題になっているのかを整理する。(編集部・若柳拓志)
一審判決によると、当時大学院生だった女性と研究室に所属していた男性が、女性につきまとい等をされたとして、警察に対し、ストーカー規制法に基づく警告を求める申出をした。
奈良県警は2022年6月、メッセージアプリで「できれば今日話させていただきたいです」「ラボに来てお願い致します」などのメッセージを計5回送信したことなどをとらえ、さらに反復してつきまとい等をするおそれがあると認められるとして、同法上の警告をした。
原告側は、警告がストーカー規制法上の要件を欠く違法なものであるとして、主位的には取消しを、予備的に無効であることの確認を求めて提訴した。
判決でストーカー規制法に基づく警告が違法だったかどうかが明らかになるかと思いきや、そうはならなかった。
国や都道府県などの行政を被告とする取消訴訟の要件である「処分性」がないなどとして“門前払い”となり、警告が違法か否かの判断自体がおこなわれなかったためだ。
裁判で取り消しを求めることができる「処分」とは、判例上、行政がおこなう行為のうち、〈直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの〉とされている。
原告側は、警告を受けた者は、「ストーカー」であるとのレッテルを貼られ、深刻な不利益を被るだけではなく、警告に違反した場合、高度の蓋然性をもって禁止命令を受ける危険、不安、行動の自由を著しく制限されるほか、直ちに銃刀法上の欠格事由や許可取消事由に該当し、法律上の資格要件に変動が生じ、直接の法的効果を生じさせるなどとして、警告には処分性があると主張した。
一審・奈良地裁は、銃刀法上の欠格事由や許可取消事由に該当する地位が法律上のものだとしても、「それは警告の根拠法令ではなく、銃刀法の規定に基づいて生じるものであるし、欠格事由等に関する銃刀法の規定の存在やその運用の実情によって警告に事実上の強制力が付与されたとみられるような法制度上の仕組みが構築されているともいえない」などと判断。
ストーカー規制法上の警告は、つきまとい等をしないことを求める行政指導にすぎず、新たな義務を課したり権利を制限したりする法律上の効果がないとし、救済手段としての実効性についても、同法の禁止命令や銃刀法上の不許可処分などが出た段階でそれらを取消訴訟の対象とした方が適切であるとして、訴えを却下した。
無効であることの確認という主張についても、警告は過去の事実行為であって、現在の法律関係の確認を求めるものではなく、確認の訴えという方法および確認対象の選択が適切でないと判断。「確認の利益を欠く」として、こちらも訴え却下となった。
一審判決に対し、原告側が控訴。警告の取り消し、無効の確認に加え、(1)警告を受けた者として取り扱われない地位の確認、(2)警告を受けてから3年間銃刀法上の欠格者として取り扱われない地位の確認、(3)警察組織で利用するストーカー情報管理ファイルに警告を受けたことを掲載される地位いないことの確認、という3つの請求を追加した。
警告を受ければ、警察組織から危険人物であるとの認定を受け、永久にストーカー情報管理ファイルで記録管理され続け、人格的利益が毀損されるほか、銃刀法上の欠格事由としての効力があることから、警告は行政指導ではなく、命令またはこれに準ずる行政処分であるなどの主張も補足された。
しかし、二審・大阪高裁も、控訴を棄却し、3つの追加請求についても訴え却下との結論を下した。
ただし、処分性なしとした理由については、一審と少し異なった。
二審は、2008年の銃刀法改正によって、ストーカー規制法上の警告に銃刀類の所持許可を許さない絶対的な人的欠格事由となるとの法律効果が付与されたものとして、処分性の定義である〈直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの〉に「形式的には該当するとも解し得る」とした。
一方で、行政処分に当たるかどうかは、根拠法令等がその効力を取消訴訟で争わせるに値するものとして定めているか否かという「立法政策に帰する」と指摘。
2008年の銃刀法改正でストーカー規制法上の警告が銃刀類の所持許可を許さない絶対的な人的欠格事由となったものの、警告制度自体の見直しはなかったことから、立法者の意図として「これ(警告)を行政処分とはしない立法がされたものと捉えられる」との判断を示し、結論として警告には処分性がないとした。
警察組織がストーカー情報管理ファイルで管理していることについては、法律上の効果を有しない行政指導に関する情報を管理するものであり、命令またはこれに準ずるものと捉えるのは困難と判示。(1)~(3)の追加請求についても、確認の利益を欠いて不適法とされた。
女性から相談を受け訴訟でも代理人を務めている松村弁護士によると、警告を求める申出をした男性は、女性にとってメンターと呼ばれる指導担当の先輩で、人数が少ない研究室で先輩に嫌われてしまうと指導してもらえないおそれや、就職活動にも支障が出かねない可能性など“力関係”があるような間柄だったという。
女性は当時既婚者で、夫は中国にいて、単身留学してきたという立場だった。男性から好意を寄せられた際、不利益を被ることをおそれやむなく応じてしまったという。
再び同じように迫られたときには断ったが、その後男性は2022年2月、警察に警告を求める申出をおこなった。もっとも、その時点ではいきなり警告が出されたわけではなく、この時点では口頭の注意でとどまった。
「口頭注意があったからといって、2人とも大学院を辞めるわけでもないし、研究上のやり取りをなくすことは不可能です。この点を警察に確認したら、『研究に関するやり取りなら大丈夫』とのお墨付きをもらって、いったんは収まりました」
とはいえ、同じようなことになっては困るとして、女性も一人で大学院に行かないようにしたり、研究室の集まりでも担当教授に男性と接触しないよう配慮してもらったりするなどして気を付けていたようだ。
ところが、同年6月にゼミの食事会で同席することがあり、そのことでまたストーカー扱いされては困るとして、話をしたい旨のメッセージを送ったら、そのことが契機となって、奈良県警から警告を文書で受けたという。
「食事会には女性が先に参加表明をしていて、そこに男性も来ました。男性は女性のほぼ正面側に座って、女性が他の学生と料理する場面を見ながら、女性が作った料理も食べて、一緒にゼミの集合写真も撮っていた。
ストーカー申告をしたことがあるにもかかわらず、そういう接触を嫌がらないというのは不自然ではないでしょうか」
ストーカー扱いされた影響は大きかった。研究室だけでなく、警察から中国にいる夫にも連絡がいき、夫婦関係にもヒビが入った。
女性から相談・依頼を受けた松村弁護士はまず、警告について、行政手続法に基づく中止の申出をおこなった。しかし、警察の認定が覆ることはなかったため、訴訟に踏み切った。
しかし、訴訟では処分性や確認の利益がないとして訴えを却下されている。女性が本当につきまとい等をおこなっていたのか、警告が妥当だったのかどうかなどについて、判決では何も判断されていない。女性が訴えたい内容を判断してもらうところにまで行き着いてすらいないのが現状だ。
松村弁護士は、二審判決が警告の法的効果を示唆しつつ、処分性なしとした判断を批判する。
「警告が行政指導であるということは、従わなくても何も不利益を受けないということです。警告は、ストーカー規制法制定当初は、行政指導として位置付けられてきたのかもしれません。
しかし、警告の発令手順、書式について厳格なルールを規定するストーカー規制法・同規則の定めからすれば、もはや警告は行政指導とはいえないものに変容し、罰則がない禁止命令に非常に近いものと考えられます。
警察としても、警告に従わなくていいものであるとは、到底考えていないはずです。警告が行政指導というのであれば従う義務はないはずですが、そのように捉える者は極めて少数でしょう。
これは、警告を受けた者の9割がストーカー行為を止めるというデータによっても裏付けられています。一審・二審も、警告の実情を正確に理解せず、行政指導であると一括りにしている点で不当判決です」
さらに、「警告に法的効果はあるとしながら、銃刀法改正時の立法者の意思として、警告を行政処分にはしない扱いだったと捉えられるので処分性を否定するというのはおかしい」と判決の論理が不合理であると指摘する。
「立法者の意思などというものは、私も目を通した当時の法改正に関する資料などからは読み取れません。『警告を行政処分としない立法がなされた』のではありません。“後法優越の原理”により、銃刀法改正をもって警告の意味合いも変容したものと解すべきです。
こうした分析を踏まえると、警告は相当な重みのある行政処分であり、だからこそ、銃刀法改正の際に、欠格事由として取り込まれたのです。行政指導であれば、何らの法的効果も生じませんし、生じてもいけません。銃刀法の欠格事由という法的効果を生じる警告は、もはや行政指導ではないのです」
松村弁護士は、「警告が行政指導にすぎないということであれば、冤罪の場合でも裁判で取り消す手段も一切ないことになる」と訴える。
「事情聴取も、理由を提示する必要もありません。警告制度が悪用されれば、一方的な申告で、警告が発令され、ストーカー扱いをされる事態も生じかねません。
実際に、事実無根の警告を受けたことが発端で殺人事件に発展した事件や、まったく事情聴取もないのに、いきなり警察が自宅にきて警告書を交付され、銃砲許可が取り上げられてしまったケースもあります。
処分性があるのにないものにするという、裁判を受ける権利を否定するような立法裁量や立法者の意思というのは存在しませんし、それを許容するならば、裁判所は何のために存在しているのか。裁判所の真価が問われる場面です。一審・二審は、処分性の定義を示した最高裁の判例に違反するものだと思います」
すでに最高裁へ上告しており、引き続き一審・二審の判決が不当であることを訴えていくという。
「判決に関する記事についたネット上のコメントなどを見ると、悪質なストーカーが警告などに納得できなくてしつこく争っているという意見などもありました。
そういうケースも中にはあるかもしれませんが、一方で冤罪だと訴えている方もいて、そういう人のための救済手段はどうなっているのかという話ですので、その点はご理解いただきたいです」
女性は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、次のように回答した。
「ストーカー規制法の警告は、制度的に、私の事例のように事実が逆さまにされ、冤罪が起こりやすい危険な制度です。冤罪なのにも関わらず、ストーカーのように扱われているケースもたくさんあると思います。
私もそうですが、警告を受けた一般人は法律に関する知識もありません。冤罪を晴らす方法もありません。誰も警察と戦う勇気を持っていないから、私が裁判の場ですべてを示します」