2024年08月24日 09:20 弁護士ドットコム
近年頻繁にクローズアップされている「クマ」による人的被害。環境省の発表によると2023年度のクマ類による人身被害の発生件数(人数)は198件(219人、うち6人死亡)で、統計のある2006年度以降で過去最多を記録した。
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こうした現状に対して、政府も手をこまねいているわけではない。環境省の専門家検討会は7月8日、鳥獣保護法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)を改正して、市街地での銃猟が可能となる要件を条件付きで緩和する対応方針をまとめた。
具体的には、「住宅街で大型獣による人身被害の恐れが生じている場合」、「建物内にクマが入り込んだ場合」、「住宅街で箱わなを使ってクマを捕獲した場合」に銃による殺処分が可能になる。
もっとも、現場の声が反映されていない改正案になってしまうようであれば、十分な対応とは言い難い。クマ駆除の現場にいる人はこの対応方針をどうみているか。
北海道猟友会札幌支部でヒグマ防除隊長を務める玉木康雄氏に、クマの駆除に当たっている猟師の現状や鳥獣保護管理法の改正方針などについて話を聞いた。(ライター・望月悠木)
クマによる人的被害が増加している背景について、玉木氏は「狩猟者の高齢化や社会構造の変化で、クマを仕留める頻度が下がった」と話す。
「一昔前は『クマを一頭狩ればその村は豊かに暮らせる』と言われ、クマの肉や毛皮を売るためにクマ狩りをしている狩猟者は珍しくありませんでした。しかし、経済状況の変化で生活のためにクマを狩る必要がなくなり、積極的にクマを仕留めようと思う狩猟者が減りました。
加えて、狩猟者は山の生態系を守ることも重要な任務です。生態系のピラミッドを壊さないため、クマを必要以上に狩ることを自重する者も増えました。
そうした結果、狩猟者のクマを狩る動機が減り、山にクマが溢れ、人間が暮らすところまで出没するようになったのだと思います」
さらに、オスのクマの脅威から子グマを守るため、母親のクマと子グマが一緒に山から市街地に降りてくるケースが散見されていると指摘。
「母親のクマは子グマを守るため殺気立っており、子グマに接近する人間を攻撃対象とみなします。そのことも人的被害が増えた要因と言えそうです」
鳥獣保護法の改正で、一定の要件のもと市街地での銃猟が可能となることについて、玉木氏は「狩猟者の不安感軽減が期待できる」と前向きに捉えている。
「現在、市街地での猟銃使用については、『警察官職務執行法4条』や緊急避難を定める『刑法37条』などを駆使し、なんとか『違法性を阻却』して用いている状況です。
もっとも、我々狩猟者は猟銃の引き金を引くたびに『違法性を阻却できる状況だったのかどうか』が問われるため、常に不安感を抱えていました。銃猟使用の条件が緩和されれば、不安感の軽減が期待できます」
市街地での発砲条件が緩和されることは「迅速な対応が可能というメリットがある」と話す。
「過去の判例などから、鳥獣保護法で銃猟が制限される『住居が集合している地域』は、『人家と田畑が混在する地域内にあり、周囲半径約200メートル以内に人家が約10軒ある場所』と言われています。
ただ、『長年人が住んでいない空き家は人家になるのか』『物置として使われている人家も人家になるのか』など、見ただけでは簡単に区別がつきません。
そのため、駆け付けた警察や行政も、クマが現れた場所が『住居が集合している地域』に該当するのかを現場で即座に正確に判断することは容易ではありません。
改正法によって『市街地であっても必要であれば(発砲可能)』ということになれば、現場の判断も速やかに行うことができ、迅速な対応ができるようになると思います」
ただ、玉木氏は「検討会でこれまでに比較すれば必要な議論がされているが、実際の現場での適用の具体的な運用部分はまだ見えてきていない」とも言う。
「現在、物損事故を始めとした狩猟活動を続けるうえで想定される事態に対応してくれる保険に我々はすべて加入しています。裏を返せば、狩猟者が問題を起こした場合、その責任は狩猟者個人が取らなければいけないため、保険に入らざるを得ないのです。
保険料自体はそれほど高額ではありません。それでも、被害を与えた場合には加害者になってしまう。一方で、警察が同じような問題を起こしても国が責任を取ってくれます。
防除に関わる狩猟者も住民の生活を守る役割を担っているのですから、責任の所在を個人に背負わせている現状を変えていただきたい。今回の改正法を検討するうえで、政府はしっかり現場の声に耳を傾けてもらったように感じています。引き続きこの点についてもより一層現場の意見に耳を傾けてもらい、議論していってほしいです」
2024年5月、北海道奈井江町の猟友会が、町のヒグマ駆除への協力要請に対し、報酬が十分ではないとして辞退を表明したことが話題となり、社会的耳目を集めた。
狩猟者の報酬について、玉木氏は「自分の支部でも過分な利益は出ていない」と明かす。
「とある地域の支部の方とお話した際、案件内容によって変動はしますが『日当8500円ほど』と聞きました。札幌支部の日当はその倍くらいはもらっていますが、基本的には現場に向かうためのガソリン代、弾代などの諸経費は狩猟者持ち。
加えて、支部の運営費として日当の半分を回しているため、隊員の個人的利益はほとんど出ません。運営費の使用目的は、主に後進育成に充てられています。猟友会を私達の代で終わらせてはいけないので」
猟友会を取り巻く厳しい経済状況について、玉木氏は「継続的な活動が難しくなりかねない」と危機感を露わにする。
「私達は利益が出ないだけですが、日当8500円の支部の場合は出動する度に赤字になっているかもしれません。
『猟友会はボランティアによって支えられている』というと聞こえは良いですが、それでは狩猟者という人的資源は枯渇して、結局のところ、継続的な活動が難しくなってしまいます。
適切かつ継続的な運営をするためにも、日当額の見直し、隊員に依存しない諸経費・運営費なども話し合ってほしいです」
【筆者プロフィール】望月悠木:主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki