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新型SUV「CX-80」のデザインは「修行」だった? マツダに聞く

2024年08月23日 12:01  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
マツダが2024年秋の発売を予定する新型車「CX-80」は、同社の日本向けラインアップの中で最も大きなクルマとなる。デザインするうえでは「豊かさ」「優雅さ」を表現すべく知恵を絞ったとのことだが、大きなクルマならではの誘惑があり、デザイナーには苦労もあったらしい。


空間の豊かさを強調



「CX-80」は3列目シートを備える大きなSUVだ。デザインコンセプトは「Graceful Toughness」。「3列レイアウトがもたらす骨格的な豊かさ、マツダ車にはない堂々とした優雅さ」を追求したというのがデザインを担当したマツダ デザイン本部 玉谷聡主査の言葉だ。



CX-80の先代モデルにあたる3列シートSUV「CX-8」は、「CX-5」と同じデザイン言語で作ったクルマだった。つまり、CX-5の持つスポーティーさ、スリークさを3列レイアウトにも当てはめたということだ。


CX-80と同じくマツダの「ラージ商品群」に属する「CX-60」は、スポーティーかつエモーショナルな外観を持つ。CX-80はこのクルマをベースに作ったクルマだが、デザインする上ではCX-60とは「違った視点が必要」だったと玉谷さんは振り返る。空間のリッチさを強調するため、「カーライクなスピード感や躍動感」はむしろトーンダウンさせながら、「魂動デザイン」のマツダらしいエレガンスは追求するという作業であり、「なかなか難しいバランスを探った」とのことだ。



玉谷さんにCX-80についてさらに詳しく話を聞いた。


プレミアムブランドを研究



――「CX-80」では骨格の豊かさを表現したかったそうですが、実物を見るとよくわかります。Dピラー(横からCX-80を見たときに、一番後ろにくる柱のこと)のあたりでシルバーのブライトモールディング(窓を囲む銀色の装飾)が太くなっていて、いかにも3列目まで広そうな感じが見た目から伝わってきます。



玉谷さん:ありがとうございます。「特徴を付ける」というのはけっこう難しい作業で、不用意にやると「よくない癖」にもなりかねず、「これがあるからいやだ」と思われてしまう危険性があります。センスとバランスが要求されるポイントで、すごく気を使いました。


――大きなクルマをデザインすることには、独特の苦労がありそうです。



玉谷さん:CX-5とCX-8を作った時は、マツダがスポーティーなクルマを作るということを前面に出していた時代でした。なので、3列シートのSUVという今までにない商品(CX-8)も、スポーティーに表現したんです。



ただ、今回のCX-80は車格がグッと上がっていますし、これをFR(フロントエンジン、リア駆動)で作るとなると、現在のマツダの造形の方程式にはないクルマになりますので、「豊かさ」をどうやって表現するかがテーマになりました。



私は昔からプレミアムブランドのクルマがすごく気になっていたんです。私たちが思う「スポーティーな表現」は使っていないのに、すごく立派で、お金を払うべきクルマだと思わせる風格がある。その理由を探りたくて、真剣に見てみました。そうすると、プレミアムなクルマというのは、クルマ自体が持っている空間を隠さず、むしろリッチさを骨格で表現しきっていることがわかりました。「これが豊かさなんだよ」というようなメッセージが伝わってくるんです。この要素をCX-80にも入れたいと考えました。



でも、とってつけたような表現にしてしまうと、マツダ特有の走っている時の美しさ、コーナーを曲がっている時の踏ん張りや、高速で走っている時の座りのよさといった特徴がなくなりかねません。マツダとしては走りの表現は捨てられないので、そことのバランスを取って作っていこうというのが今回のCX-80でした。


――CX-60との差別化にも気を使ったのでは?



玉谷さん:CX-60は、どちらかというと肉感的なクルマです。ロングノーズ、ショートデッキで、キャビンをグッと後ろに下げて、その力をリアアクスルに乗せているような動的な表現だったんです。



今回のCX-80は、ノーズもフロントドアもCX-60と全く同じなんですけど、そこから後ろの表現にこだわりました。そもそも、ここしか変えられる場所がないので(笑)。そこで豊かさと風格を表現しました。


大きなクルマの危険な誘惑



――クルマの後ろの部分が伸びると、ボディサイドの面積も大きくなりますよね。下手をすると、のっぺりした印象のクルマになってしまいませんか?



玉谷さん:しかも、クルマの幅はCX-60と変わらないですしね。



――そうすると、デザイナーさんには何らかの誘惑が忍び寄るのではないですか? 大きなボディサイドの面が目の前に現れると、デザイナーさんとしては「いじりたくなる」といいますか、なんとか大きな面を退屈に見せないように、工夫してみたくなると思うんです。例えば、「ここに線を入れてみよう!」とか……。

玉谷さん:そこはですね、もう、「修行」ですよね。うち(マツダのデザイン本部)は「道場」みたいなものですから(笑)。大きな面があるからといって、そこに安易に線を入れたら「帯の色が変わるぞ」みたいな。



――白帯に降格(笑)。



玉谷さん:キャラクターラインとか要素を足さなくてもこなせること。そのレベルの高さ。逃げるのは簡単なんですが、立ち向かうのはなかなか難しいことです。



――「引き算の美学」という言葉をよく聞きますけど、「足さない美学」というのもある。



玉谷さん:引き算の美学は基本なんですけど、足さないだけでも十分しんどいんですね。だって、バーンと大きなキャンバスがあるわけですから。何か描き足したくなるものですよね。間延びを防ぎたくなる。そこを我慢するのは修行です。


――マツダの魂動デザインでは「面で見せる」ことにこだわっていますよね。具体的にはボディサイドに周囲の景色が映り込むことまでを含め、デザインとして考えていくのだと思います。CX-80は大きなクルマですから、面の表現としては、すごいことになりそうですね。景色が映り込む面積も大きいわけですから。



玉谷さん:映り込みの、ボディサイドの光の動かし方は、CX-60とCX-80は全く一緒です。S字を描くような感じなんです。ですが、CX-80は250mmもホイールベースが伸びていますから、同じ動きでも、光が長い距離を早く動くんです。そうすると、同じモチーフでも迫力が全く違います。


――CX-60との違いで言えば、CX-80はフロントグリルにシルバーのアクセントが入っていますね。「ブローチやポケットチーフを左胸に装うような」イメージとのご説明でした。



玉谷さん:改まった、格が上がったような表現にしたかったんです。3本の縦爪のように見えると思うんですけど、実は凝った作りになっていまして、上の部分だけ角度を変えて、上向きの面を作っているんです。太陽が当たると、そこだけギラっと光るようにしました。そうすると、横に並んだ3つの粒が光るような見え方になります。横方向の光は、隣にあるライティングシグネチャーと同じくらいの高さになります。そこに、キラキラと光るものが欲しかったんです。「よく見ると凝っているね」と感じてもらえるような造形にしました。


――グリルにアクセントをつける作業も、やはり一種の……。



玉谷さん:修行ですね(笑)。



――形も色も、どうにでもできますもんね(笑)。そこを縦3本のシルバーのアクセントに抑えて、しかも、よく見ると凝った作りになっていると。なるほど。



玉谷さん:縦のように見えますけど、実は、表現したかったのは横方向の光だったんですね。あとは、グリルに色を差すという手法もあるんですけど、そうすると若々しくスポーティーになります。CX-80はグレード感を表現して質感を上げたかったので、メタルにしました。



――あのアクセント、色はシルバーのみですか?



玉谷さん:そうです。全体として「クロジメ」(黒で引き締める)していくようなグレードでも、グリルのアクセントとウィンドウのモールだけはシルバーで光らせます。それでちょっと、エレガンスが残る感じ。CX-60はスポーティーに振り切ったんですが、CX-80は全体的にブラックなグレードでも、上品さを残したスポーティーという感じです。


オラオラもギラギラもしないマツダの高級車



――CX-80はマツダの日本向け商品で最高価格帯のクルマです。ただ、だからといって、押し出し強めのラグジュアリー感、オラオラ感の演出みたいなことをやられてしまうと、それは全くマツダらしくないと思います。さりげない表現や凝った表現なども含め、マツダなりの高級感の出し方というのを、これからも楽しみにしたいです。



玉谷さん:ありがとうございます。まさに、目指すのはそういうところです。オラオラもどうかと思いますし、ギラギラもどうかと思いますので、やっぱり、ちょっとセンスを見せていきたいんです。



――取材していると、最近は軽自動車でもミニバンでも、「オラオラ顔が流行らなくなってきた」とよく耳にします。私の記憶ですと、昔のクルマはどうなのかよく知らないのですが、マツダさんは、そっちの方向に一度も足を踏み入れていない会社ですよね(笑)。やっと、そういう時代になってきたのかも。



玉谷さん:特に顔の表情は、クルマの性格を表しますからね。ラージ商品群は、そもそもクルマのパフォーマンスが高いわけですから、別にオラオラする必要がないですよね。威張る必要もありません。強い人は優しくなれるといいますか、表情でも、そういうことをやっていきたいです。CX-80の場合、車格の高さはボディと存在感で示すということです。(藤田真吾)