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ヒクソン・グレイシーが決戦直前に山に籠った本当の理由とは? いま明かされる真実─。

2024年08月22日 18:11  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
「400戦無敗」「最強の男」と称された伝説の格闘家ヒクソン・グレイシーの生き様、実像に迫るドキュメントを3話構成でお届けする。第1話は、神秘性を醸した決戦前の「山籠り」ー。


闘いの直前に長野県の山中でヒクソンは何をしていたのか? 人に見せたくない極秘練習? イベントを盛り上げるための単なるデモンストレーション? それとも─。当時、山籠もりに同行するなどヒクソンの密着取材 を続けてきたスポーツジャーナリスト・近藤隆夫が、その真実を明かす。

○■「山籠もりを見に行ってもいいか?」



ヒクソン・グレイシーは64歳になった。

すでに現役を引退、近年はパーキンソン病を患うも柔術の指導には精力的に取り組み続けている。

「人生にはいろいろなことがある。この状況を私は受け入れ、試練に立ち向かうつもりだ」

24年前、2000年5月26日、東京ドームでの船木誠勝戦がラストファイト。その6年後に現役引退を表明したが、彼の瞳の輝きはいまも失われていない。



20世紀末の総合格闘技界には独特の熱さがあり、その時代の主役はヒクソン・グレイシーだった。

彼は日本で5つのビッグイベントに出場、9試合を行い全勝した。そのすべてが関節技、絞め技を決めての一本勝ち、もしくはグラウンド打撃でのKO、TKO勝利である。

そして闘いの約1カ月前には来日し常に山籠もりをしていた。家族、兄弟とともに自然の中で過ごすのである。



長野県の山中でヒクソンは決戦前に何をしているのか?

気になった私は、1997年『PRIDE.1』髙田延彦戦の前に彼に言った。

「山籠もりの様子を見に行ってもいいか?」と。

彼は答えた。

「いいよ。でも大したことはやっていない。それでも良ければ」

行ってみることにした。



午前6時頃、山小屋から出てきたジャージ姿のヒクソンは弟ホイラー、息子ホクソンとともに山道を歩き始める。30分ほどで木崎湖に着くと数十秒間、山に視線を向けた後に言った。

「よし、泳ぐぞ!」

ジャージを脱ぎ、湖に飛び込む。そして何度もクロールを繰り返し約30分後に陸に上がった。

タオルを手にホイラーが駆け寄る。

「いい気持ちだ」

そう言ってヒクソンはニコニコしていた。


○■自然の中で心を研ぎ澄ませる



山小屋に戻り朝食。その後に再び山中を散歩、その間に幾度か木登りもしていた。また食事をし午後は入念にストレッチ。その後に彫刻刀を出してきて木彫りに集中する。夕食後は、家族とポルトガル語で談笑していた。とてもリラックスしている。

そんなヒクソンに尋ねた。



──スパーリングはしないのか?

「今日はやらないが、ホイラーを相手にやる日もある。でも軽くだよ。私は追い込んだ練習はすでに終えて日本に来た。ここでやるべきことはフィジカル、メンタルの両面で最高の状態に自分を仕上げることだ。特に重要なのはメンタルだ」



──というのは?

「山を歩き、湖を泳ぎながら自然に接していると気持ちが落ち着くんだ。ここは、とてもいい場所だ。人の多いところにいるとストレスも生じる。でも、ここならリラックスして過ごせ闘いに向けての気持ちをつくることができる」



──試合が近づくにつれての精神的変化は?

「少しずつ感覚が研ぎ澄まされていく。自分が自然の一部に溶け込んでいくような感覚だ」



──緊張感は?

「それは、いまはない。私はリング上では機械と化す。感情は、すべて神に捧げる。やるべき準備をして闘う、それだけだ。自然に私はキスをする。すると自然が私にパワーを与えてくれるんだ」


ヒクソンにとって山籠もりは、特別な練習をする場ではなく、またファンの幻想を掻き立てるためのデモンストレーションなどでもなかった。闘いの前に自然に接し、メンタルを整える儀式だったのだ。

そして決戦2日前に下山し、10・11東京ドーム『PRIDE.1』で髙田延彦に完勝。以降もヒクソンは、日本のリングで圧倒的な強さを見せ続けていく。

しかし、そんな彼にも闘いの前にカラダと心を整え切れなかったことが実は一度だけあった─。



(次回『ヒクソン・グレイシー危機一髪!『400戦無敗』の男がもっとも苦しんだ闘いとは?』に続く)



文/近藤隆夫



近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。~ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実~』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。
『伝説のオリンピックランナー〝いだてん〟金栗四三』(汐文社)
『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS髙田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら(近藤隆夫)