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いつ来るか分からないものにどう備える? 初の「南海トラフ地震臨時情報」発表で見えた混乱

2024年08月21日 11:31  ITmedia NEWS

ITmedia NEWS

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 8月8日午後4時43分ごろ、宮崎県沿岸沖を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生した。もっとも大きな揺れは日南市の震度6弱で、筆者の住む宮崎市は震度5強を観測した。


【画像を見る】そもそも「南海トラフ地震臨時情報」とは?


 当日筆者はマンション3階の自室で原稿執筆中だったが、最初は小さな揺れが数秒続き、小さいが大丈夫だと感じた直後、大きな横揺れを感じた。震度5強と言えば、東日本大震災の際に、当時住んでいたさいたま市で体験した震度と同じである。


 のちの報道では、「突き上げるような強い揺れを感じた」という報告もあったが、筆者宅ではそのような縦揺れはなく、横揺れのみであった。幸い倒れたのは積み上げていたダンボールの空箱ぐらいであったが、食器棚が食器を乗せたまま滑って少し位置がズレていた。それだけ横揺れが長かったという事だろう。


 宮崎県の沿岸部沖を日向灘というが、ここを震源とする地震は7月27日にM3.6、7月30日にM5.2と、連続して起こっていた。宮崎県ではある意味これで、地震に対する意識が高まっていたところであった。


 県内では重軽傷者10人、住宅70棟あまりが損壊するなどの被害が出たが、死者がいないことが幸いであった。ニュースになっていない範囲では、建物の内外に亀裂が入る、商業施設ではスプリンクラーの配管が壊れて商品が水浸しになるといった被害があり、今も一部で安全確認と被害修復のために休業している店舗がある。


 筆者の住まいは海岸から2km程度しか離れておらず、震源地にかなり近い場所だが、周囲にはそれほど大きな被害は見られなかった。むしろ遠く離れた日南市のほうが揺れが大きく、また宮崎市から40km以上も離れた都城市でも宮崎市と同じ震度5強を記録している。震源地から離れれば揺れは小さいという常識を覆す結果となったのも、この地震の特徴であろう。


 7月の2つの地震は、南海トラフとの関連性は認められないという結論だったが、8月8日の地震は南海トラフとの関連性ありと判断された。気象庁は制度改正後初めてとなる「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表した。期限を1週間、8月15日までとした。


●埋もれてしまった臨時情報


 その後余震は執筆時点で18回あったが、一度震度3クラスがあったものの、その他は震度1程度である。地元では報じられているが、この規模では全国ニュースにはなっていないだろう。


 翌日には神奈川県南部を震源とするM5.3の地震があり、メディア報道は一斉にそちらに切り替わった。首都圏に人口が多いことはもちろんだが、そもそも大手メディアが全て東京に集中しているだけに、首都圏の意識は一発でこれに切り替わった。この地震は南海トラフとは関係なしという見解はすぐに出されたが、これによって南海トラフへの注意警戒は分散された格好になってしまった感は否めない。


 加えて12日には台風5号が東北地方を横断、15、16日は関東地方に台風7号接近と、相次ぐ台風報道で南海トラフどころではなくなり、そうこうしているうちに地震臨時情報解除を迎えた。さまざまな災害関連の情報が重なり、さらにお盆帰省による交通の混乱なども伴うため、報道機関は大忙しだっただろう。


 一方で地震予知のデマ情報も拡散した。筆者は10日ごろに気がついたが、多かったのは8月14日説である。もちろん、根拠はない。そもそも今の科学的知見では地震予知は困難であるからこそ、気象庁は臨時情報を公開という格好に切り替えたのである。


 昨今は情報リテラシーも上がっており、こうしたデマを真に受ける人は以前よりは少なくなっているだろう。大人よりもむしろ子供のほうが、学校できちんと教育されており、こうしたデマを簡単に信用しなくなっている。むしろこうしたデマを悪乗りして拡散する者を、冷ややかな態度で捉えているようなところもある。


 地震予言アカウントの作り方さえも、子ども達の間では研究されている。あらかじめ非公開アカウントで、「○月○日に地震が起こります」という発言を、数字を変えてたくさん上げておく。そして本当に地震が起こったら、その日以外の発言を消して、アカウントを公開にする。そして何食わぬ顔で別アカウントから、「この人こんな前から予言してる!」と書き込めば、予言者アカウントの出来上がりというわけである。


 単なるイタズラで終わらず、フォロワーが数万人に達したところでアカウントを転売するといったことも考えられる。次の予言を期待してだまされた人達には、ある日を境に怪しげな広告がばんばか届くようになり、こんなのフォローしたっけ? となるわけだ。


 ケガの功名としては、このデマが14日にセットされたことで、数多くの自然災害に紛れながらも、なんとなく緊張感を維持できたということはある。人は日時が設定されると、例えそれがデマでまったく信用していなくても、それなりに気にはするんだなということを再認識した。当然の事ながら、デマ情報を推奨するわけではない。いたずらに社会不安を煽れば、人々の正しい判断を失わせるという大きなリスクが生じる。デマの拡散に加担することは、デマを流した本人と同じ責任を追うことになる。


●「南海トラフ地震臨時情報」をどう評価するか


 台風の予想進路や上陸予測は昨今それほど外れることはないので、準備するにもある程度の見込みが立てられる。一方地震は、予知が無理だとするところから始まった。「南海トラフ地震臨時情報」にどのように対応すべきかは、国内でもかなりバラバラであった。


 ここ宮崎市内では水の買い占めなどは特に起こらなかったが、震源地から遠く離れた東海地方ではかなりの買い占めが起こった。ここは長いあいだ東海地震が想定されていた地域であり、同時に南海トラフの東端に位置することから、特に警戒感が高まったものと思われる。


 また「令和の米騒動」ともいわれる現象が各地で報告されている。もともと今年は米の流通量が不足気味のところに、今回の地震臨時情報を受けて備蓄に走った家庭が多かったことから、一気に状況が悪化した。


 地震は、揺れそのものの被害もさることながら、東日本大震災では津波によって、能登半島地震では火災によって被害が拡大した。地震対策の難しさは、揺れそのものへの対応だけでなく、その後に起こる事態にも対応しなければならないことである。


 かき入れ時ともいえるお盆休み中の海水浴場も、一時閉鎖や営業中止を決めたところが多かった。閉鎖するまでもなく、利用者側からのキャンセルも相当あっただろう。和歌山の白浜海水浴場では、1週間の閉鎖で旅館組合からは5億円近い損害が出たという。花火大会を中止にした自治体もあり、今後も経済損失額はさらに積み上がるものと思われる。


 一方で静岡の熱海や伊東のように、「遊泳注意」の黄旗を掲げて営業を継続したところもあった。これらの地域ではもう長い間地震対策が行われており、観光客への避難誘導も問題ないと判断したようだ。


 「南海トラフ地震臨時情報」の難しいところは、「だからどうするべきなのか」を国民側の判断に任せているところである。行動を自粛するべきなのか、あるいは注意しながらも経済を回すべきなのか。そもそも1週間という期間は妥当なのか。


 何も起こらなかったことは幸いだが、今後も引き続きた臨時情報が出されても、「結局何も起こらない」ことが続けば、感覚はまひしてしまう。地震の度に南海トラフと関係ありかなしかを判断をするという重要性は理解できる。ただ関連があった場合の情報の出し方はこれでよかったのか。


 引き続き警戒が必要といわれても、人間そんなに長くは注意力が保たない。そもそも予知ができないという前提であれば、避難できる用意をした上で通常通りの生活、といった規範を示すことが、現実的な解だったのではないだろうか。