2024年08月21日 08:51 ITmedia NEWS
中国科学技術大学などに所属する研究者らが発表した論文「Loophole-Free Test of Local Realism via Hardy’s Violation」は、改良した高性能な装置を用いて「量子もつれ」(2つの粒子がどれだけ離れていても相関関係を保つ現象)を実験的に検証した研究報告である。
この実験は、アインシュタインが1930年代に「不気味な遠隔作用」と呼んで懐疑的だった“量子もつれした粒子が極めて遠い距離を隔てていても瞬時に影響し合うように見える現象”を検証するものだ。アインシュタインの疑念から約30年後、物理学者のジョン・ベルはこの奇妙な可能性を検証する方法「ベルの不等式」を考案した。
その後、多くの実験がベルの不等式を基に行われ、全ての実験結果が同じ結論に達した。つまり「局所実在性」(物事の性質は観測と無関係に存在し(=実在性)、離れた場所にある物体同士は瞬時に影響し合うことはない(=局所性)という考え方)が“成り立たない”というものだ。これは、物体の状態が観測されるまで確定せず、非常に離れた粒子間に量子力学的な相関関係が存在する可能性があることを意味している。
また、ベル不等式を用いずに量子力学の非局所性を示す「ハーディのパラドックス」があるが、これまでの実験では装置の不完全性のために、完全な証明には至っていなかった。
今回の実験では、これらの問題を解決してハーディのパラドックスを実験的に実証するために、いくつかの技術的改良が行われた。まず、82.2%という高い検出効率を持つ超電導ナノワイヤ単一光子検出器(SNSPD)を使用した。次に、99.10%という高い忠実度を持つエンタングルメント源(量子もつれ状態にある粒子対を生成する装置)を開発した。
さらに、高速な量子乱数生成器(QRNG)を用いて測定設定を選択することで、測定の独立性を確保。測定装置をアリス地点が93m、ボブ地点が90m離れた場所に配置し、光速を考慮しても信号が伝わらない程度の時間間隔で測定を行い、局所性の仮定を満たした。
実験では、同時に2つの量子もつれした光子を放出し、それらを反対方向に送り出す。各光子は、アリス地点(93m離れた場所)とボブ地点(90m離れた場所)の検出器にそれぞれ到達し、そこで偏光(光粒子の向きを表す性質)を測定した。
これらの検出器では、偏光を異なる角度で測定できるが、どの角度で測定するかは高速な量子乱数生成器を用いてその場でランダムに決まる。これは、量子もつれ以外の要因による相関関係の可能性を排除し、実験結果が真に量子力学的な現象によるものであることを示すためである。
約6時間にわたる実験で、43億回以上の粒子対測定を実施。研究チームは全ての測定結果を集計し「Hardy値」と呼ばれる指標を算出した。0以下のHardy値は局所実在性と矛盾しないが、正の値はその逆を示す。この実験では、正のHardy値が得られ、その統計的有意性は物理学で結果が偶然ではないことを示す5標準偏差以上に達した。
この実験結果は、量子力学の非局所性という性質が、単なる理論上の現象ではなく、現実の物理世界で確かに存在することを示唆している。
Source and Image Credits: Si-Ran Zhao, Shuai Zhao, Hai-Hao Dong, Wen-Zhao Liu, Jing-Ling Chen, Kai Chen, Qiang Zhang, and Jian-Wei Pan. Loophole-Free Test of Local Realism via Hardy’s Violation. Phys. Rev. Lett. 133, 060201 - Published 7 August 2024
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2