Text by 生田綾
Text by 今川彩香
Text by 南麻理江
「アイドルの健康」を、もっとみんなで考えよう——。
2009年からコレオグラファー(振付演出家)として活動し、500人以上のアイドルを指導してきた竹中夏海さん。アイドルの心と体の健康についての問題提起や、それをケアするための活動もしている。2021年には、見えないものにされてきたアイドルの健康問題にクローズアップした著書『アイドル保健体育』を出版。
竹中さんへインタビューし、著書『アイドル保健体育』を書いたきっかけをはじめ、竹中さんが立ち上げたアイドル専用ジムのことなど、アイドルの健康と労働問題について、たっぷりと語ってもらった。
—竹中さんが取り組んでいる「アイドルの健康」という課題について、お話をおうかがいしたいと思います。2021年に出版された著書『アイドル保健体育』を何度も読みました。著書では「推しの健康を考えていますか、考えていく空気をつくりませんか」という呼びかけを何度もしていらっしゃいましたね。この著書を書かれたきっかけについて教えてください。
竹中夏海(以下、竹中):もともとはWEBメディア「cakes」で、平成から令和に元号が変わるタイミングで、アイドルのダンスを50年分振り返る連載をさせてもらっていたんです。いまでこそ中国や韓国、アメリカでもアイドルがブームになっていますが、日本のように50年前からアイドルの歴史がある国ってそうそうないんですよね。
ダンスやそれにまつわる衣装のことなど順番に振り返りながら、いろんな振付師の方と対談させてもらったり、私が考察したりする連載でした。はじめは連載をまとめて、私がちょこっと書き足すかたちで出版する話をいただいたんです。1冊の本にするにあたって、落とし所として最終的に未来の話を書き下ろすことになりました。
でも、アイドル業界の未来について、私の筆が全然動かなくなってしまって。
なぜだろう? と考えたとき、私は労働環境の問題がすごく気になってるのに、そこをおざなりにして「次こんなグループ流行りそうだよね」みたいな話ができないんだ、と気付いてしまった。だから「健康や労働問題についてもっと話し合っていこうよ」というテーマへの方向転換を編集者に打診してOKをもらいました。
そのときは生理など婦人科系のテーマを書こうと思っていたのですが、「でも待って。私、摂食障害も気になっているし、ウォーミングアップやクールダウンの時間が足りていないことも気になっている。恋愛禁止、って一方的に禁止しているけど性教育が全然足りていない構造もすごく気持ち悪いって思ってる!」って、どんどん書きたいことが溢れてきたんです。
だから「ごめんけど、健康で1冊で書いていいですか」って。全部書き下ろしになったけど、ちょっと書かないわけにいかなかった。当時は第一子を妊娠中だったんですが、すごい執念で書き上げたのが『アイドル保健体育』です。
竹中夏海(たけなか なつみ)
1984年生まれ、埼玉県出身。2007年日本女子体育大学ダンス学科卒業。2009年よりコレオグラファー(振付演出家)として活動。国民的大型グループから、実力派ライブアイドルまで担当したアイドルは500人にも及ぶ。ほかにも藤井隆やテレビ東京『ゴッドタン』内「マジ歌選手権」ヒム子(バナナマン・日村勇紀)など、性別や年齢、ジャンルを問わず踊り手のアイドル性を引き出す“全方位型”振付演出家として定評がある。広告やTV、MVの振付・ポージングも多く手掛ける。自身のアイドル愛にあふれる視点や女性の健康問題を扱う連載も数多く持つ。著書に『IDOL DANCE!!!~歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい~』(ポット出版)など。
—あとがきに「テーマを変更した」とは書かれていましたが、まさかゼロからだったとは! 著書では、もともとの連載の内容であるアイドルのダンスの変遷にも触れていますね。
竹中:そもそもなぜアイドルの運動量がこんなにも増えたのかということは、ダンス史を振り返らないことには説明ができないので、そこはcakesの連載が活かされていますね。
—例えば、70年代の山口百恵さんの時代はワイヤー付きのマイクだから可動域が狭い、といったお話などがありました。
竹中:そうそう! 移動ができないんですよね。ピンク・レディーさんは、ぐるっと回るダンスをするときには2人で一緒に回る振り付けがあるんですが、半周行って、また半周同じ方向に戻ることで、マイクのワイヤーが絡まないが絡まないように工夫していたりとか。
—テクノロジーの進化がこんなところに影響しているんだと感じて面白かったです。そういった制約がないいまは、どんな振り付けでもできちゃうんですか。
竹中:そうですね。K-POPは両手で踊る前提なのでヘッドセットが基本です。それもさらに進化していて、受信機が内蔵されているものもあるんです。3、4年前にいち早くHYBE(※)のグループが付け始めたイメージですね。すごく高価なんですけどね。
—振付演出家としては、制限がないと難易度が上がりますか?
竹中:いや、制限がないと「やったー!!」ですね。両手が使えると、何倍にもバリエーションが増えるので。
でも、日本のアイドルは基本的にハンドマイクですね。ダンスパフォーマンス用のビデオやMVのときは両手でも、結局ライブではマイクを持ってやらないといけないので。ハンドマイクの方が絶対に音は入りやすいんですよね。だからハンドマイク前提の振りを考えなければいけない制限はありますから、ヘッドセットいいな~と思っています(笑)。
ーしかし制限がないことで、運動量が莫大なものになっているわけですもんね……。
竹中:そうですね。かつて日本では「アイドル歌手」っていわれていたくらいで、ソロが中心。歌の合間に持て余さないために手振りがついていたけれど、いまはいかにダンスでパフォーマンスができるか、そのなかで歌うのが中心ですね。歌割りがない場面でその子たちのパフォーマンスをもて余すわけにもいかないのと、人数が増えたことでフォーメーションで魅せたり、動きで魅せることが前提になってくるので、昔と逆転していますね。
—先ほどのお話で「未来の話が書けなかった」とおっしゃっていました。アイドルの労働環境が気にかかるようになったきっかけがあったんでしょうか。
竹中:2010年代は基本、私ずっと1人で怒っていて。本当に1人だったんです。業界の外には「おかしいよ」って言ってくれる方々は当時からいらっしゃったけれど、アイドル業界のなかで怒っているのは私一人だった。
公開ダイエット企画だったり、まったくトレーニングをせずにいきなり100キロ走らせる企画で足を壊して引退してしまった子がいたりとか、本当に信じられないと思っていた。もっと怒っていいことだと。それなのに「そういうこともあるか」みたいな感じで、逆にいうと面白がるようなムードさえあった。本気で怒っていると「まあまあまあ」って茶化される。
—わかります。「エンタメだからさ」っていわれてしまう。
竹中:そう。「これくらいできなきゃ芸能界なんてね」って言うから、「じゃあその芸能界変えていこうよ!」っていうふうに思っていたんですけど。
私は2009年からアイドルの振り付けを始めて、2010年代後半になってやっと仲間ができはじめたんですね。それは誰かっていうと、アイドルの子たちがこちら側に来てくれるようになった。教え子たちがアイドルを卒業して、ボイストレーナーやヨガの先生になった。アイドルの当事者だった目線から、例えば「ライブ後のクールダウンをまったくさせてもらえない状態でいきなり特典会はありえない」とか。私はずっとそばで見てきて、ずっと思っていたけれど、「やっぱりそうだよね」っていうふうになってきた。
—竹中さんは著書での発信だけではなくて、アイドル専用ジム「iウェルネス」を立ち上げられたり、実際に講師としても参加されていたりしていらっしゃいますね。それはどういった経緯で立ち上げられたのでしょうか。
竹中:『アイドル保健体育』を書いているときに、いろんな専門家の方に話を伺いました。生理など婦人科系の話なら婦人科の医師、摂食障害は臨床心理士の先生、ウォーミングアップ、クールダウンの必要性についてはスポーツトレーナーの方に。そのときに、それぞれ専門家は存在して、実際に困っている子たちもいるんだけど、それをつなげてくれる場所や人がいないという話が共通してあった。
この本を書いて問題提起だけで終わっちゃうのはいやだと、何か行動を起こしたいと思った。技術を教えると学校みたいになっちゃうので、そうではなくて自分の体や心と向き合う場所——「ウェルネスジム」をつくることで、そこで不調を訴えてくれたら私のかかりつけ医を紹介することもできる。そういう場所をつくらないとなって思ったのがきっかけですね。
—ジムで講師として、竹中さんはどんなことを教えていらっしゃるんですか?
竹中:ウォーミングアップやクールダウンの正しい方法を教えていますね。それはレッスン前にはできても、ライブ前は楽屋が狭くてウォーミングアップ・クールダウンを十分にできる時間も場所もないということもあるから、せめて最低限抑えるべきところや、家帰ってからでもいいから寝る前にリセットしてから寝ようね、ということだったり。あとはダンスの実践的なことを教えたりとかっていうことはしてます。
—そういった竹中さんの活動や発信が広がっている印象を、私は見ていて感じていますが、実際に「1人で怒っていた」時期から変化はありましたか。
竹中:1人で怒っていたときよりは、劇的に良くはなってるのかな。私の周りは。先日の都知事選挙のときも思ったんですが、結局私の見えている世界って、私の見たい社会なんだな
っていうのはすごい実感するから……。
でも、まだまだ問題は山積みですが、社会全体がマシになってきてはいるじゃないですか。さっき触れたような、2010年代の何もトレーニングさせずに100キロマラソンを走らせて面白がる企画なんかは、いまはさすがにできないと思う。社会がそうさせないっていうところが、抑止力になってるかなとは思いますね。
—アイドルはじめ芸能人の方はルックスが重視される世界ですよね。そのなかでもK-POPの細くて可愛いアイドルがいま、大人気です。ボディポジティブといったようなムーブメントもある一方で、ルッキズム的な価値観もやっぱり根強いと感じます。そうすると、アイドルの人たちのなかには極度のダイエットや摂食障害などで苦しんでいる人もいるのかな、と考えたとき、どういう言葉をかけるのかって、すごく難しいのではないかと思っていて。
竹中:そうですね。声がけについては臨床心理士の方にもお聞きしたんですけど、何によってストレスを感じるかって人によって違うから……例えば、マネージャーさんがほかのメンバーに痩せなさいって言ってるのを、別のメンバーが聞いただけで、その子がストレスを感じて摂食障害になってしまうこともある。言われた本人は大丈夫な場合もあるので、すごく難しいなとは思いつつ。
私のアイドル専用ジム「iウェルネス」のなかでは「痩せようね」っていう言い方ではなくて「自分の遺伝子史上最高を目指そうね」って声がけにしています。本当に、遺伝子には敵わないっていうことは覚えておいてもらいたいなと思うので。
—なるほど。それは、人によって、減量しやすい体質の人もいれば、そうではない体質の人もいるということですよね。
竹中:そうです。すんごく痩せても生理が止まらない人もいれば、平均体重よりちょっと重めでも生理がすぐに止まってしまう人もいる。不思議なことに、身長や顔立ちには努力の限界があるということはみんな認識しているのに、なぜか体重や体型だけは努力次第って刷り込まれているじゃないですか。
たしかに私も臨床心理士さんとお話するまで気づかなかったのですが、そんなわけないんですよね。だから努力次第ではない——そもそも遺伝子史上ベストを目指さなくたっていいのだけれど、モチベーションを上げたいのであれば、自分の「自分の遺伝子史上最高を目指そう」という言い方をするようにしています。
—人と比べてしんどくなっちゃうことって多いけれど、自分のなかのベストを目指す気持ちさえも否定したくはない、というところも共感します。アイドル以外の仕事でも、お守りになりそうな言葉ですね。
—竹中さんが、小説家の柚木麻子さんとDIVAのゆっきゅんさんとされているPodcast番組「Y2K新書」のなかで「私はエンタメとケアを自由に行き来できるようになりたいんだよね」とおっしゃっていて、素敵な言葉だなと思って印象に残っています。その言葉の意図をあらためてお聞きさせてください。
竹中:数年間、アイドルの健康や働き方について取り組んでみて思ったのは、やっぱり、楽しいことをやってる人たちに見えないとだめだなということでした——私も楽しいことをやっていないともたないという面もあるんですけど——それこそY2Kの時代の『あいのり』みたいな人になりたいっていうのがずっとつねに心のなかにあって。
私は学生時代、ずっと『あいのり』に夢中で。『あいのり』のいいところって、世界を旅するじゃないですか。人の恋愛や友情、青春を追っているだけではなくて、巡る国の歴史も学べる番組だったんですよ。当時からほかにも意義のある社会的な番組はあったと思うんですが、中高生の私はNHKも見ていなかったし……。なにも考えずに『あいのり』を見ている学生の私にも届く、ということがすごく大切だなっていうふうに思って。サブリミナル勉強というか、勉強アハ体験というか(笑)
知らないあいだに刷り込まれているっていう状態が、すごくいい。本来届かない人たちに、エンタメの力を使って届けるっていうことが、すごく大切だなっと思っています。そういうエンタメをつくりたいですね。
そのエンタメの、ステージの上の人たち、カメラの前の人たちがボロボロになってしまっては意味がないので、「エンタメ」か「ケア」のどちらか片方ではなくて、都度スイッチして、行き来できるっていうふうになりたいと思っていますね。