2024年08月09日 15:51 ITmedia NEWS
コロナ禍に端を発した空前のキャンプブーム。しかし2024年に入り、ブームの失速が聞かれるようになった。ブーム終焉の決定打ともいえるのは、24年2月に発表されたスノーピークの2023年12月期の連結決算だ。純利益が「前期比99.9%減の100万円」という数字は、衝撃だった。今後は今も需要が好調な中国と米国での積極出店を進めるという。
【画像を見る】キャンプよりも災害対策に効果があるポータブルバッテリー
アウトドアブランド「PYKES PEAK」を展開するFun Standardが、3月に現キャンパーを対象に行った調査結果がある。
これによれば、現在もキャンプを趣味にしている人には、キャンプブームの終焉によって影響を受けるわけではなく、その99%がキャンプを続けるとしている。またブームの終焉によって、迷惑キャンパーが減ってきた、ギアが安くなり、キャンプ場の予約も取りやすくなったと、およそ7割が好意的に捉えていることが分かる。
つまり多くのブームと同じで、最初からやっている人はそのまま、ブームで始めて面白くなった人は定着、一時的な興味の人が撤退するという図式である。
日本のキャンプブームを支えたのは、「ソロキャンプ」という行為がバズったからともいえる。コロナ禍で旅行もままならず、仕事では慣れないテレワークや、必要以上に気を使う接客などで疲弊し、遊びに人を誘うのもはばかられるとなれば、1人でできる癒やしとして、ソロキャンプにフォーカスが当たる。
数人でのキャンプなら、キャンプギアは有り物の持ち寄りで十分だが、1人となればあらゆるものを自前で購入しなければならない。従来のキャンプスタイルよりも、市場は拡大する。
筆者はソロキャンプをやったことがないが、1人でのキャンプは大変だろうなと思う。筆者は中学時代にボーイスカウトで、高校時代は山岳部で散々野山でキャンプしたが、数人のパーティなのが当然であった。人数がいれば手分けできるので、設営、水くみ、薪の調達、火起こし、調理も早い。だが一から十まで全部1人でやるのは、考えただけでもめんどくさい。早めに現地入りして日暮れまでずーっと動き続けなければ、とうてい終わらないだろう。
夜のひとときは楽しいが、翌日は撤収が待っている。出すのは簡単だが、しまうのは大変だ。さらに家に帰れば、洗い物や次に備えてギアのメンテが必要だ。
すでに普通の生活に戻りつつある昨今、よほど1人の良さにハマった人でない限り、継続するのは難しい。筆者などは、YouTubeでソロキャンプの映像を見るだけでもうお腹いっぱいだ。
つまり癒やしを求めるのであれば、夜に家の明かりを消して、YouTubeで人がキャンプしているのを見るだけで十分ということに、多くのソロキャンパーは気づいてしまったのではないか。少し経験があるだけで、動画は普通の人よりも楽しめる。プロジェクタで大きく投影すれば、さらに雰囲気も感じられる。
日本のキャンプブームが比較的短期に終焉を迎えたのは、そもそもはコロナによるストレスから逃げるのが目的であったこと、その中心が1人テント泊だったから、ではないだろうか。
●日本でハマらなかった“ピース”
日本が終焉を迎える一方、米国のキャンプ熱は冷めていない。米国でキャンプと言えば、キャンピングカーが主力で、ファミリーでバケーションを楽しむための車というのが定着している。もっともそれは、一定以上の富裕層に限られる。
そこに上乗せする格好で、18年ごろから現役をリタイアした世代が加わってきた。家屋を売却し、老夫婦2人でキャンピングカーに乗り込み、カナダやメキシコをゆっくり旅行しながら暮らすのが、理想的なリタイア生活と言われた。
テント泊がそれほど人気がないのは、大陸にはまだ危険な野生動物が生息しているからだろうと思われる。筆者もラスベガスで大型キャンプギアショップへ赴くこともあるが、大抵は銃売り場が併設されている。キャンプと銃が切り離せないことを考えると、テントでは外の状況も分からず、防御としても安全性が低いのは自明だ。
また米国は休暇を長く取れるので、その間中ずっとキャンプに出ているという人も多い。そうなると、キャンプというよりもはや「旅」である。休暇でありながら、「Starlink」などを使ってネット回線を確保し、ワーケーションする人もいる。完全に休暇でなければ、もっと長く旅が続けられるというわけだ。
日本でもコロナ禍の真っ最中は、ワーケーションが推奨された時期がある。だが多くは、地方の旅館やリゾートホテルで仕事するといったスタイルに限られ、休暇で出掛けても結局は場所に縛られる。もともと車での長距離移動が前提ではないからだろう。その点では、ワーケーションは日本のキャンプブームにはハマらなかったピースの1つといえる。
筆者のメールマガジンで、編集プロダクションを営むマイカ代表取締役の井上 真花さんに話を伺った事がある。マイカでは、コロナ禍を契機にそれまで契約していたオフィスを解約し、改装したハイエースをオフィスとして、全国を旅しながら仕事をするという、「バンワーク」を実践されている。こうした働き方が、米国型ワーケーションのイメージに一番近いのではないかと思われるが、日本では誰でも知っているようなメジャーな方法にはなっていない。
こうしたイメージのズレは、ポータブルバッテリーの広告においても顕著に現われる。米国をメインの市場に据えているバッテリーメーカーは、アウトドアでポータブルバッテリーを使うというイメージ戦略を取るが、米国ではキャンピングカーやオートキャンプが主流なので、それは分かる。
一方日本のキャンプブームはテント泊がメインであり、薪を拾って火を起こすことで癒やしを得るのが目的の中、わざわざ重たいポータブルバッテリーをテントまで運んでコーヒーを沸かすといった行為に、必然性がない。マイカのようなバンワークではポータブルバッテリーは必須だが、そもそもそういうことを実践している人が少ない。
つまりキャンプブームがあっても、ポータブルバッテリーの市場開拓には大してつながらなかったのではないか。ポータブルバッテリーもまた、日本のキャンプブームにハマらなかったピースの1つだろう。
●「キャンプブーム」のあとしまつ
「キャンプ女子」もターゲットに新形態を積極的に展開してきたワークマンは、今後男性カジュアル衣料に転換するという。
筆者の地元にあるイオンモール宮崎では、なんと24年の3月22日というタイミングで「ワークマン女子」が新規オープンしたが、最初から店舗内は男女の衣類がほぼ同量で置かれ、特にキャンプ用品に力を入れている感じもなくなっている。店舗名はそのままに、内容だけずらしていくということだろう。ただ、「女子」を掲げる店舗にオジサンが入っていくのは抵抗がある部分を、今後どうするかは課題だ。
一方イオンモール宮崎にてアウトドア専門店「TRIP OUT」を展開していた株式会社 インテリア日向は、24年1月31日で店舗を閉店した。たった2年間の営業期間だった。キャンピングカーや大型アウトドア車まで展示されていた広大なテナント跡は、まだ空いたままだ。
ブームにのってキャンプギア売り場を目立つ位置に展開してきたダイソーでは、売り場のリニューアルに伴ってキャンプギア売り場を奥に引っ込め、一般商品の1コーナーという格好に収まりつつある。新商品開発はまだ続いているようだが、量の拡大は止まったと見ていいだろう。
近所の中古販売店を何店か物色してみた。ブーム終焉を受けて中古市場が活気づいていると思ったのだが、23年までは結構潤沢にあったキャンプ用品売り場は逆に縮小していた。古めのテントや寝袋はまだあるものの、キャンプでなくても使える椅子やテーブルのようなものはあらかたさばけてしまってた。回転の早い中古市場では、めざとい人達がすでに昨年のうちにめぼしいものをさらっていってしまったようだ。
興味深いのは、断熱シートのような消耗品は、シュリンクがかかった新品が安値で売られていたことである。おそらく閉店した専門店からの放出品ではないだろうか。
●「キャンプ経験者増」は災害対策にメリット
ブームが去り、キャンプ市場はある意味元に戻っただけともいえるが、少なくともキャンプ経験者は増えた事になる。こうした経験は、災害時のサバイバルに対してはよい影響を及ぼすだろう。
使わなくなったキャンプ用品は、そのまま防災用品として保管したり、車に積んでおくだけで安心感が違う。野宿はよほどのことがない限り発生しないだろうが、寝袋やコンロのような煮炊き製品はそれほどかさばらず、災害時には役に立つ。まとめて持ち出せるようにしておくといいだろう。
日本のキャンプでは使い道がないと言われたソーラーパネルやポータブルバッテリーも、防災用品としては頼りになる。8月8日に筆者の住む宮崎県では震度6弱の地震を経験したばかりだが、その後の余震や停電に備えて、ポータブルバッテリーをフル充電し、1台は家の中、もう1台は車の中にスタンバイした。ソーラーパネルも1枚車に積んだ。取りあえず家か車か、どちらかがダメになってももう片方で凌げるという体制だ。
大きなものが持ち出せないなら、USBで出力が出せる折り畳み式の小型ソーラーパネルとモバイルバッテリーを避難バッグの中に入れておくのもいい。こうしたものも、キャンプ用品という文脈からあぶれて廉価で提供されている。いざというときにちょっとでも発電できて電気が使えるというのは、安心できる。
防災は、いつ使うか分からないものにどれだけコストが割けるかが大きな課題だが、キャンプブーム崩壊の受け皿としてはいいソリューションではないだろうか。販売側も今後、キャンプ向けと言われた製品群を、防災向けに転換して売ることも考えていいだろう。防災専門ショップとして再展開するというのも、アリと言えばアリではないだろうか。