2024年08月09日 10:00 弁護士ドットコム
パリ五輪・体操女子団体決勝に進んだ日本代表チームは、主将の宮田笙子選手(19歳)を欠いた4人で8位という成績を残した。
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宮田選手が飲酒・喫煙を原因として辞退したのは、過去の日本代表の歴史で初めてのこと。国際オリンピック委員会(IOC)は「タバコのない五輪」を打ち出し、喫煙と一線を引く。
開催地のフランスでは、飲酒・喫煙は日本より早い18歳以上から許される。それでも酒・タバコの法規制は段階的に進んできたという。
日仏を行き来するフランスの弁護士資格を持つマージュ パスカル・聡平弁護士は、規制前のゆるい時代の空気感も経験してきた。
フランスにはどのような変化が起きたのか。そして宮田選手への「処分」はどのように受け入れられているのか聞いた。
——フランスでは飲酒・喫煙は何歳からOKでしょうか
フランスの成人年齢は18歳です(フランスの民法典414条)。1974年にヨーロッパ各国の動きと合わせて21歳から引き下げられました。諸説ありますが、18歳引き下げによる有権者増で投票率を上げようという政治的な理由もあるとされています。
成人の18歳になれば飲酒・喫煙が可能になります。
——フランスのお酒事情について教えてください
法令上では18歳未満は飲んではいけないとされています。日本と同じく、飲酒した本人への罰則はありませんが、販売側は18歳未満の未成年に売ってしまうと罰則も科されます。
ただ、法令上ではそうなのですが、現実的にはビールとワインのように"アルコール度数が軽い"とされるお酒であれば、一昔前では、バーやブラッスリー(カフェ)でも16歳は飲んでも良いというのが慣例でした。
フランスはヨーロッパ諸国や日・米を含めた先進国が加盟するOECDのアルコール摂取量ランキング(2022年) で6位に入るほど酒を好む民族です。
私はフランス人の父親の都合で、日本に3歳の頃にやってきました。私の親もそうでしたが、フランスの家庭では良いワインやシャンパンを手に入れると、親が小指につけて赤ちゃんの唇につけて舐めさせるような「英才教育」によって、良い酒とは何かを覚えさせようとします。今はわかりませんが、少なくとも30年前はそうでした。
それから何度か日本とフランスを行き来することになりましたが、16歳(高校生)のころには、私もフランスのカフェでビールを平気で注文して飲めていました。
しかし、数年前から公衆衛生法の規制が強くなり、フランス政府は国民の健康増進に力を入れています。とはいえ、特に若者の酒類の摂取量は低くなっていますが、全体的にはまだ飲酒量は多い国です。
何が言いたいかというと、法令上はともかく、文化的にはかなり「未成年飲酒」に寛容なお国柄ということです。
——フランスの喫煙事情も教えてください
喫煙も同じで、吸えるのは18歳以上となります。未成年への販売も規制されていますが、15年~20年前には未成年にも平気で売っていました。
1991年にできたエヴァン法では、16歳未満にタバコを売ってはいけないという規定もありました。この規制は2006年法改正で「18歳未満」に引き上げられ、さらに、それまで許されていた屋内喫煙も一斉に禁じられています。
この規制に対しては施行時にはフランス全体で大きなブーイングがあがったものです。しかし、ブーイングも徐々に収まり、今では店内での禁煙は定着して、喫煙者がバーや飲食店でタバコを吸うには、一度外にでなければいけないことが当たり前になりました。
フランスではカフェにテラスが設置されているところが多いため、テラスでは普通に今でも喫煙ができます。ですので、コーヒーまたはビールなどを飲みながら煙草を吸う習慣は未だに続いており、天気がいい日などはテラスが満席になって煙草の煙だらけになります。
私も高校生の頃には、高校の校舎を出れば普通に外でタバコが吸えました。私より5歳くらい上になると、先輩たちが高校の教室でも堂々とタバコを吸っていました。昔のフランス映画などを見ても、そのようなシーンが残っています。
2006年の法改正を若いころに経験したため、喫煙にはかなりゆるい空気の時代に高校生で生きて、その後の変化も見てきたことになります。だんだんと屋内で吸うと嫌な顔をする人も現れはじめ、だいぶリテラシーやメンタリティーは変容してきました。
ーー屋外での喫煙は制限されないのでしょうか
公道で吸うのは問題ありません(しかし公園等では喫煙は禁止されているところが多いです)。 7月初めにフランスに行きましたが、パリ市内でも他の街でも、五輪開催間近にもかかわらず、路上喫煙はいたるところで目にするし、道に捨てる人もたくさんいます。
五輪のウェブサイトには、開催ゾーンでは喫煙できないとされています。それ以外の場所はあまり関係ないようです。
五輪開催地は受動喫煙への対策を進めるのが常のようです。しかし、そのような理由の規制に対しては性格上反発する国民性かもしれませんが、五輪という国際イベントですと、割と禁煙に関する規制を守ると思います。
いま、タバコ1箱(20本入り)の値段はだいたい12ユーロ(2千円くらい)で、日本よりもかなり高額。パリ在住の弁護士たちは「我々は中毒だから高くても吸う(笑い)」と話していました。
昔は10本入りのタバコもあって、当時だと2~3ユーロと学生でも手を出しやすかったのですが、今では10本入りは廃止されています。
また、自販機での販売も禁止されています。
最近では参議院で20ユーロ(約3千300円)まで引き上げの議論もあり、値段を上げてタバコの消費率、特に若者たちの消費率を下げる政府の戦略は、公衆衛生上は成功しているようです。
一方で、フランスよりも物価の安いスペインなど近隣諸国で大量に買ってくるケースも少なくありません。
また、北アフリカのブラックマーケットなどで買ってきたタバコが、移民などによって格安の値段で路上販売されている光景もあります。
フランスではライセンスがないタバコの販売は違法です。そのようなタバコはパリのバルべス通り付近やクリニャンクール等に行くと「マルボロ、マルボロ」と路上で販売する人たちが声をかけてきて売られることもありますが、正直どんな中身か見当もつきません。
ーー日本からフランスを訪れた18歳や19歳の「日本における未成年」が現地で飲酒喫煙した場合、現地の法令に違反するのでしょうか
問題はあるのかもしれませんが、仮に18歳未満の日本人がフランスで喫煙をしたとしても、フランスの警察に捕まるようなことはありません。
フランスで未成年が吸ったとして刑罰の対象になるかというと、まず販売側または吸わせた側に責任があり、未成年を取り締まるほど警察も暇ではありません。タバコに対する文化が違っているので、介入はしないと思います。
——19歳の宮田選手が飲酒・喫煙による代表行動規範に違反したとして、代表を辞退しました。どう受け止めていますか
五輪の日本代表に選出された19歳の女性選手が、代表辞退となったニュースは、フランスのメディアでも大きく取り上げられています。
うちの事務所のフランス人弁護士たちとも話したのですが、みんなすごくびっくりしています。
日本では飲酒・喫煙は20歳からというルールは理解できますが、だからといって国外から日本に呼び戻して聴取したり、代表辞退になるとは驚きです。
飲酒・喫煙した20歳未満の責任を考える場合、販売したり吸わせた側に責任があるわけで、本人が罰せられる理由があるかは疑問に思っています。そのうえ彼女はトップアスリートで、オリンピックのメダル候補でもあったため、代表を辞退する結果は残念だとも思っています。
20歳未満の飲酒・喫煙を禁止するのは、彼ら彼女らの健康と成長を保護するためです。
今回出場できなくなったことで、彼女のトップアスリートとしてのキャリアも止まる可能性があります。それが彼女の未来を守ることにつながっているでしょうか。
【プロフィール】
マージュ パスカル・聡平(まーじゅ ぱすかる そうへい)弁護士
外国法事務弁護士(パリ弁護士会・第二東京弁護士会)。フランスのパリ第2大学卒業。現地企業に勤務後、2016年にフランスで弁護士登録。フランスの法律事務所を経て、現職。外国法事務弁護士として2021年登録。国内外のM&A、法人設立、ジョイントベンチャーの設立をはじめ、コーポレート・商業取引における各種契約及び規制分野(GDPR、IT関連等)に経験を持つ。
事務所名:LPA外国法事務弁護士法人
事務所URL:https://lpalaw.jp/jp/