2024年08月07日 10:30 弁護士ドットコム
袴田巌さんの再審判決が9月末にようやく言い渡される。袴田さんの場合、再審の申し立てから実に40年以上が経過しており、現行の制度が冤罪被害者の早期救済につながっていないとの声が高まる中、再審法改正への動きが生まれている。
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6月17日には、超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(柴山昌彦会長)が小泉龍司法相に要望書を提出。議連のメンバーで弁護士出身の稲田朋美・衆院議員(自民党)に再審法の課題について話を聞いた。(ライター・梶原麻衣子)
――「袴田事件」などの冤罪事件を契機に、超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が3月11日に結成されました。
稲田:自民党からは165名、全体では324名の議員が参加しています。
昨年(2023年)3月に東京高裁が袴田事件の再審開始、つまり裁判のやり直しを決定し、10月から再審公判が開かれています。袴田さんが死刑判決を受けたのは実に44年も前のこと。事件発生自体も57年前にさかのぼります。
4人が殺害された「袴田事件」で死刑を求刑された袴田巌さんは、判決確定の翌年に第一次再審請求を行い、ようやく2014年に静岡地裁が第二次再審請求を認め、「袴田さんに対する拘置をこれ以上継続することは、耐えがたいほど正義に反する」として袴田さんを釈放しました。
しかしこれを不服とする検察が抗告し、東京高裁は再審開始決定を取消。今度は弁護人が最高裁に特別抗告し、最高裁は高裁決定を取り消して、高裁に差し戻し、昨年ようやく東京高裁が再審を認め、静岡地裁で再審公判が開始されたという経緯です。
私は、再審開始に40年以上もかかるってどういうことなのか、しかも裁判所が「捜査機関による証拠捏造」を指摘していることはただ事ではないと、再審法自体に疑問をもって再審について調べだしたのが、再審法改正に携わるきっかけです。
もちろん私も弁護士として、冤罪事件が存在することは知っていました。しかし再審開始がこれほど困難なものだとは、とあらためて問題意識を持ったのです。
――なぜ再審までにこれほど長い時間がかかってしまうのでしょうか。
稲田:時間がかかりすぎることを含め、再審法の問題は、大きく分けて3点あげられます。
1つ目は、再審法については戦前、大正時代に作られた刑事訴訟法の規定がほぼそのまま使われており、現行憲法に則った手続保障のための規定がない点です。そのため、どういった場合にどのような手続きを経れば再審が認められるかが具体的ではなく、再審請求が認められるのが非常に難しい状態のまま放置されてきた実態があります。
その結果、現在の再審法に憲法31条以下の刑事訴訟における手続保障の精神が全く生かされておらず、憲法37条の迅速な裁判を受ける権利という憲法上の権利を侵害する結果になっていることです。
現行憲法になってから唯一、不利益再審、つまり一度無罪になった人に対してもう一度裁判を行って有罪にするという規定に関しては、一事不再理の原則に基づいて廃止されました。しかし変わったのはその点だけで、再審法に関する刑事訴訟法の条文はたった19か条しかなく、再審手続きの詳細な手続きについては定められないままになっているのです。立法不作為といっても過言ではないかもしれません。
2つ目は、1つ目とかかわりますが手続きが決まっていないため、証拠調べをするかどうか、再審が認められるか否かは裁判官次第、となってしまっている点です。裁判官が冤罪事件に対して強い問題意識を持っているなどの場合は検察側にとって不利な証拠も提出させたうえで再審を認めるか否かを審議しますが、検察には証拠提出の義務がないので、裁判所の証拠提出勧告に従わない場合もあります。
また、そもそも再審請求審においては、期日指定についても、証拠開示についても規定がありませんから、裁判官は長年、期日指定もせず、証拠調べもせず、事実上放置して、突然「再審は認めない」との決定を出すケースもあります。こうした裁判所の熱意や力量次第といった現状は「再審格差」とも呼ばれています。
このため、再審が認められるまでに長い時間がかかってしまうことになります。袴田事件の場合も、初めに静岡地裁に再審開始が請求されてから実際に再審が開始されるまでに43年もかかっているのです。袴田事件では30年以上弁護人が繰り返し請求し行った証拠開示請求を裁判官も検察官も無視し続けたのです。
3つ目は、検察官抗告です。再審開始が決定されると、抗告権を持つ検察は抗告、つまり再審開始決定に対する不服申立てを行うことができます。これが繰り返されることで、再審が認められにくくなるうえ、再審請求が認められたとしても開始までに長い年月がかかってしまうのです。袴田事件でも静岡地裁が再審開始決定をしてから、実際に開始されるまで10年かかりました。
——では、どのような改正をおこなうべきでしょうか。
稲田:再審請求には「無罪を言い渡すべき、明らかな証拠を新たに発見した」という証拠の「明白性」「新規性」が必要だとされています(刑訴法435条6号)が、その条文をそのまま適用すると再審が認められるのは、真犯人を見つけたような明らかな無罪の場合に限られ非常に狭くなってしまいます。
しかし、最高裁はその解釈について「確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠」としており、(白鳥事件、1975年)この最高裁の解釈を法律のなかに書き込むべきだと思います。
袴田事件に関しては、検察側は袴田さんが殺害した決定的な証拠として事件から一年後に味噌タンクの中から発見された衣類5点を挙げていました。しかし弁護側は衣類を味噌漬けにする実験を行い、発見直前に5点の衣類が何者かによって味噌タンクの中に入れられた可能性があるものであるとの報告書を作成し、提出。これにより再審が認められたのです。
次に、再審開始のための審理が長期化するのを避けるためには、裁判所による期日指定の定めや証拠開示手続きの規定など最低限の規定を設けることが必要です。
また、検察による抗告を制限する制度も必要です。検察は再審開始されれば、再審公判で争うことができるわけですから、裁判所の開始決定に今のように機械的ともいうべき抗告をすることはいたずらに審理を長期化させることになるのです。
さらに、確定審や再審において、過去に審理に関与した裁判官を除斥・忌避できるようにすることも裁判の公平から必要です。
いずれにしても、規定がないことが問題です。
――袴田事件以外に、再審が問題になった事例にはどんなものがありますか。
稲田:例えば2003年に発生した湖東事件があります。女性看護助手が入院患者の人工呼吸器のチューブをはずして殺害したという殺人容疑で2007年に懲役12年の判決が確定しました。看護助手の自白が有力な証拠とされたのですが、のちにこれを否定し、無罪を主張していました。
しかし判決は覆らず、看護助手は服役中に再審を請求しては棄却されることを繰り返し、2017年には刑期満了で出所。その後の2019年になってようやく再審が開始されることになり、2020年3月に大津地方裁判所が無罪判決を言い渡すことになったのです。
無罪判決後、大西裁判長は異例の説諭を行い「逮捕から15年以上たって初めて開示された証拠もありました。取調べや証拠開示など一つでも適正に行われていれば、本件は逮捕、起訴されることもなかったかもしれません。」とのべたのです。
不当な捜査と長期間に及ぶ再審手続きで女性の24歳から40歳を葬り去る ことを許してはならないと思います。
――規定がないことが問題を引き起こしている以上、その規定を設けるべきだという再審法の改正には反対する論理がないので、改正のハードルは低いように思いますが。
稲田:まず法務省が反対とは言わないまでも積極的ではないように思います。官僚から「法改正しなくとも、運用で対応できます」と言われると、そうなのかなと思ってしまう政治家もいるでしょう。法務省の刑事局は検察出身者が多く、「検察に不利になるような改正はしたくない」と考える人もいるのではないでしょうか。
日本の検察は刑事裁判の有罪率が99.9%であることを誇っているため、一度確定した有罪が再審で覆され、無罪になるようなことは「あってはならない」と考えているのかもしれません。
こうした「検察の無謬(むびゅう)性」を誇る体質が再審法改正を難しくしている面があるのではないでしょうか。世間のとらえ方としても、「逮捕・起訴されたのにはそれなりの理由があるはずだ」「まさか警察や検察が、無実の罪で人を有罪や死刑に追い込むようなことをするはずがない」という性善説的な感覚を持っている人が大半です。
しかし、人や組織は誰でも間違えることはあり、完璧ではありません。それは検察でも警察でも、裁判所でも弁護士でも、もちろん政治家でも同じことです。
――「袴田事件」を契機に、再審に対する世論の見方も変わってきています。
稲田:これまでにも再審に対する世間の関心が高まった時期はありました。特に1980年代には、先にも述べた白鳥判決の影響で再審が開始され、死刑判決が無罪となった事例が4件、続けて起きています(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)。当時も議論が盛り上がったようなのですが、改正に至らずにしぼんでしまい、40年近い月日が経ってしまいました。
今回は警察による証拠の捏造が疑われる袴田事件が広く報じられることで、再審請求や冤罪に対する国民の意識も高まっていますから、なんとか法改正の実現につなげたいと思います。
――刑事事件は一般の国民にとっては「自分は悪いことをしないから関係ない話」としてしまいがちですが、冤罪事件となると他人事だと言っていられない面もあります。
稲田:全くその通りで、例えば、起訴が取り消されて、国賠訴訟が行われている大川原化工機の冤罪事件。取り調べを受ける側はメモを取ることも許されない一方、警察の調書の文言は警察に有利な形で書かれてしまい、逮捕・起訴されるに至りました。社員の一人は一年間も拘留され、体調が悪化しているにもかかわらず保釈請求も認められず、結果としてお亡くなりになっています。
起訴を認めた検察官は、警察の恣意的な捜査が明らかになっても「起訴は間違っていなかった」と主張していますが、これも検察の無謬性から来るものではないでしょうか。
あるいは、袴田事件の支援者の一人でもある周防正行監督が制作した『それでもボクはやっていない』という映画のように、痴漢冤罪で有罪とされてしまうケースなどは、多くの人にとって決して他人事ではないはずです。
起訴を認めた検察官は、警察の恣意的な捜査が明らかになっても「起訴は間違っていなかった」と主張していますが、これも検察の無謬性から来るものではないでしょうか。
あるいは、再審法改正の支援者の一人でもある周防正行監督が制作した『それでもボクはやっていない』という映画のように、痴漢冤罪で有罪とされてしまうケースなどは、多くの人にとって決して他人事ではないはずです。
――だからこそ、再審法改正を目指す超党派議連には、右から左まで多くの国会議員が参加しているのですね。
稲田:刑事法の大原則は白鳥事件の判例の通り、「手続保障」と「疑わしきは被告人の利益に」です。この再審法改正には政治思想の右左を問わず、多くの人の賛同を得られるのではないでしょうか。
弁護士出身の政治家として、再審法改正に取り組んでいきたい。その思いの根底にあるのは、無実の罪で長年苦しい立場に追い込まれる人を救いたいという気持ちです。冤罪で人生が葬り去られることを見て見ぬふりはできません。人が人として大切にされる政治を目指したいと思います。