2024年08月07日 10:01 ITmedia NEWS
放送局の基幹システム機材更新は、早いところでは5年おきに半分入れ替え、もしくは10年単位で大幅更新というペースで進められている。放送システムの入れ替えが難しいのは、更新中も放送を止められないところである。従って全面更新ともなれば、局舎を新築するなどして、旧局舎で放送を出しながら平行して工事を進めていくしかないわけだが、資金的な問題もあり、それができる放送局は限られる。
【写真を見る】ソニーが提供している「放送IP化」に必要なハードウェア・ソフトウェアたち(画像3枚)
かつてアナログからデジタル放送に入れ替わるときは、大騒動だった。出力がデジタルになれば、その手前のシステムもデジタル化するべきである。最終的にはフルデジタルになるというゴールはあったものの、部分的にはまだ移行できず、A/Dコンバーターを経由してアナログ機材を併用しつつ、数年かけてフルデジタルへの移行が行われた。
とはいえ、当時のアナログとデジタルは、1対1で1方向伝送であるという点では考え方は共通していた。信号が変わったので機材も全部変わる、という、ある意味単純な話ではあったのだ。だがIPへの転換は、同じデジタルではあるものの、多対多でネットワーク化されることや、機材がハードウェアからソフトウェアベースに変わることから、これまでとは大きく考え方を変えなければならない。
こうした課題については、IPで先行しているEUに学ぶ事は多い。オランダに拠点を置くSony Europe BVのProfessional Solutions Europeでは、7月にウェビナーを開いてこれらの課題について解説した。今回はこの内容を参考に、放送システムのIP化で何が求められるのかを考えてみたい。
●技術革新というより、働き方の革新
ヨーロッパの放送局では、伝統的なSDIからIPへの変換が進んでいるだけでなく、ハードウェアからソフトウェアというツールの変化もある。以前は放送用の専用ハードウェアが放送局の技術の主流であったが、現在ではソフトウェアベースのアプリケーションで同様の結果が得られるようになっている。
これにより、専用ハードウェアを集めたスタジオサブのような場所に全員が集まって放送するというスタイルから、ハードウェアとソフトウェアが相互に補完し合う格好でシステムを組み、複数の場所から同時にコントロールするといった利用形態に変化しつつある。
この本質は、技術的に新しいという事ではない。IP化やソフトウェア化は、基本的にはハードウェアでやってきたことの置き換えだ。だがネットワークの上でそれらがパートごとに分散して存在できるということは、技術革新というよりは、働き方の革新、つまり放送ビジネスのやり方が効率的な方向へ変わってきている、ということである。
加えて、コンテンツ需要の増加に対して、限られたリソースでどのように対応するかという課題がある。これは3つのカテゴリーで考えるべきである。
まずスタッフをどこに配置するべきか。カメラマンのように、現地に張り付きでいなければならないスタッフもいれば、別の場所で働けるスタッフもいる。無駄に全員が現場入りする必要はなく、もっと効率的に人員が配置できるだろう、ということである。
2つ目に、処理を行う場所の問題。それぞれの技術要素を最適な状態に配置するため、どこでそれを行うべきか。例えば現場に近いほうがいいのか、それとも局舎の中で処理すべきなのか。クラウドを利用するなら、プライベートクラウド内なのか、パブリッククラウドの拡張性を利用するべきなのか。
3つ目に、それらをどのように接続するべきか。5Gやワイドエリア接続のような技術が非常に重要になっているが、これらは全て、異なる拠点、異なる人々を結び付けて、制作プロセスを効率的に連携させるためのものである。
このゴールは、ハードウェアとソフトウェアの融合、適切なツールの選択、最適な場所への配置によって、効率を最大化することだ。
●どう乗り越える? 「放送制御システムの課題」
IPのメリットは、3D、UHD、HDRといった必要要件に対して、それぞれ専用のハードウェアはシステムを用意しなくても済むところにある。SDIではそれらの方式が要求する最大要件でシステムを設計して備えなければならなかったが、IPではシステム内の多くがソフトウェア化されることで、どの方式にも対応できる。
とはいえ、ヨーロッパにおいてもシステムを一度にIP化することはできず、部分的な入れ替えが行われている。ここで問題になっているのが、既存の放送制御システム(ブロードキャストコントローラー)の限界だ。放送制御システムとは、映像や音声のルーティングや、カメラやサブなど放送に必要な機器リソースを、放送スケジュールに応じて切り替えるシステムである。
SDIのシステムでは、このブロードキャストコントローラーを中心にしてつながるものはつながるし、つながらないものは人が操作して自動操作可能な空き入力ポートにつなげる必要がある。システムが管理できるものとできないものに、はっきり別れていた。
だがシステム全体がIPになると、ブロードキャストコントローラーを介さなくても各デバイス同士がつながることになる。また遠隔地にある機器も、手元にある機器と同じようにつながってくるため、膨大なデバイスやエンドポイントを管理する必要が出てくる。IPベースになれば、まずブロードキャストコントローラー自体を見直さなければならない。最終的なゴールは、人材や機材がどこに存在してもコンテンツ制作に寄与できるという状況を実現する事だ。
ただそれも一度にやれるわけではなく、IP時代に求められるブロードキャストコントローラーのポイントは5つある。
1.ライブオペレーションの自動化
番組制作には、必要なリソースを予約して確保する必要があるが、それらは毎回同じリソースが使用できるとは限らない。同じ機材でも違う場所にあるのかもしれないし、多くの機器は複数の機能を持っているので、設定変更して使えるようにセットアップしなければならないこともある。またGPIやタリー、インカムなども配備しなければならない。
2.ユーザーがどこにいても機能するUI
ユーザーがどこにいても、必要かつ適切なインタフェースを提供する必要がある。例えばタッチスクリーンで操作できるUIかもしれないし、場合によっては電話かもしれない。どこにいても、その現場に適切なインタフェースが提供されなければならない。
3.タスクに合わせたUIのチューニング
ユーザーそれぞれの役割に応じて、専用の機能のUIを提供する必要がある。全てが操作できるUIを全員に提供し、人が利用するパートを選択するようなUIは、間違いが起こりやすい。使わない機能は隠すといったカスタマイズ性が重要である。
4.見るべきものだけを見せる
各タスクを担当するユーザーは、必要な情報や画面のみを表示し、不要な情報、あるいは見るべきではない情報は表示しないようにする必要がある。これにより、ユーザーは自分のタスクに集中することができる。
5.人材とリソースの安全な接続
旧来のシステムでは、リソースを1箇所に集めて専用線で接続していたため、建屋内の人の出入りだけを監視していれば十分だった。また局内回線をIP化しても、WANから独立していれば問題がなかった。しかしリモートでクラウドを利用するためには外部と局内システムが接続する必要がある。このため、デバイスやソフトウェア、システムにログインする人の安全な接続環境は欠かせないものとなっている。
●映像技術者に「明日からネットワーク技術者になれ」は無理な話
IPに対応したブロードキャストコントローラーにはソニーの「VideoIPath」といった商品があるが、これはもともとはネットワーク管理システムだったが、3年かけて放送制御機能を追加してきたものだ。
とはいえソニー製品で固めれば問題解決というわけでもない。ソニー1社では手に負えない分野も当然多数存在しており、多くの企業の製品と連携していかなければならないわけだし、ソニー製以外のブロードキャストコントローラーを使うことも考えられる。いずれにしても、上記5つの条件は満たす必要がある。
アナログからデジタルになったときは、ハードウェアそのものが別物になったことから、新しい機材に慣れるためのトレーニングが必要だった。画角にしても、4:3の世界から16:9の世界に慣れるまで、かなり時間がかかった。
一方SDIからIPになる場合には、極力同じインタフェースで操作できるようにという工夫が見られる。映像技術者に、明日からネットワーク技術者になれというのは無理な話で、例えばスイッチャーのコントロールパネルはこれまでのものを使用するが、つながる先はスイッチャー本体ではなくクラウド上の仮想スイッチャーであるといった格好だ。
IPへの移行は、働き方や働く場所が大きく変わるが、やってることはこれまでと同じ、というゴールに向かって進んでいる。国をまたいで1つのコンテンツを作ることも可能にするというのが、国が地続きであるEU諸国の放送局の考え方の特徴だといえる。