2024年08月06日 11:40 弁護士ドットコム
なぜオリンピックのニュースはこんなにも長すぎるのか。多少スポーツやオリンピックに興味のある人でも、連日のニュースやワイドショーにおけるパリ五輪関連の放送時間のあまりの多さには辟易しているのではないか。ましてや、関心のない人にとって、五輪期間はほぼ苦痛しかないだろう。
【関連記事:■「16歳の私が、性欲の対象にされるなんて」 高校時代の性被害、断れなかった理由】
パリ五輪が始まってからも、重要なニュースは次々に起きている。むしろ株価や金利などの経済ニュースや、国際情勢、そして天災と、五輪以外の重大なニュースが異常な頻度で発生していると言っても過言ではない。
テレビ各局がそれなりに視聴率を稼ぐ五輪の話題を大きく扱う理由はあるわけだが、その反面、「長々やるしかない」側面もある。残念ながら「五輪関連をちょうどいい長さで収めて、他の大切なニュースをやることができない」悲しい裏事情がテレビ局にはあるのだ。
この状況は、今テレビ業界が抱える問題点が象徴的に現れているので説明していく。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
『News23』(TBS)に出演したコメンテーターによる「反オリンピックなので、全然見ていない」との発言が話題になった。
この気持ちはよくわかる。私も個人的には五輪のニュースが気にはなるけれど、「もういいから他のニュースを早くやらんかい」と日々、テレビ画面に毒ついている。
ざっくり総括してしまうと、テレビが延々と五輪ニュースをやらざるを得ない背景は2つある。まずは、1つ目の「スポーツニュース制作体制の極端な弱さ」から説明していこう。
テレビ業界は右肩下がりの状況が続く。若年層を中心に視聴離れが続き、広告主のテレビ広告出稿離れが加速するにつれて、番組制作費は減少の一途を辿り、制作会社の倒産が過去最高を記録する。「斜陽産業」と言ってもよい厳しい状況だ。
各局が制作に全力を注ぐのは、まだ若年層ウケが期待できて、ビジネスに繋がるコンテンツとして、ドラマなどの配信でも人気のある番組だ。
そうしたドラマなどに少しでも多くの制作費を投入するため、ニュースやワイドショーは「できるだけ安価に放送時間を埋めたい」というのが各局の本音だ。
ニュースは高齢の視聴者にウケがよく、安定した視聴率を稼げるものの、広告収入は割りが良くない。
このような状況で「ニュース取材・制作部門」は合理化と人員削減が続いている。その中でも「スポーツニュース制作部門」は特に縮小された部署の一つと言える。
かつての「スポーツニュース番組」が現在ではほとんどなくなってしまったことにお気づきだろうか。大谷翔平選手が登場するまで長らくの間、スポーツニュースはそれほど視聴率を取らなかったからだ。
放送枠は短くなり、ニュース番組の短いコーナーとして存在するくらいになっていった。スポーツニュース制作部門はどんどん必要性が薄くなり、縮小されていったのだ。だから、いざ五輪のような大きなスポーツイベントとなると、自力ではとても対応できない。
スポーツ局本体の人員は競技の放送だけでもう手一杯になる。報道局の各部署、各番組から多くの応援をもらってようやく対応できる。
五輪では、現地と東京に2つの「本部」が作られる。現地から送られてきた映像や情報などを一括して管理し、現地に指示を出しつつ原稿を書いたり映像編集をするのが東京の本部だ。この東京本部に多くの優秀な報道局の記者やディレクターが応援要員として配置される。
だから、スポーツ以外のニュースが発生したときに、取材・対応できる人員の数はかなり少なくなる。「スポーツニュース制作部門の極端な弱さ」によって、報道本体のニュース対応能力はかなり弱まるわけである。
そして、テレビが延々と五輪ニュースをやらざるを得ないもう一つの理由が重なる。それが「横並びの競争から降りられないこと」である。
五輪のニュースを報じるためには、開催国にかなりの数の人員を送り込まなければならない。そしてこの「現地本部」は、プレスセンターも現地スタジオもいわば「事前申請で各局の取り合い」となる。
このとき、「他局に差をつけられたくない」という横並びの競争原理が働く。
「五輪の現地に送り込む規模」を維持するためには、スポーツニュース番組がほぼ存在しない今となっては、各ニュース・ワイドショーが分担して「それなりの人員」を出すことがほぼマストとなるわけだ。
各番組が現地に送り出すのは「メイン級の出演者」と「エース級のディレクター」となるが、彼らが競技自体に触れることはほぼできない。五輪の競技映像は、オフィシャルの国際映像に限られるし、取材の自由は極めて少ないからだ。
それでは、現地に送り込まれた人がすることは、自然と周辺取材になってしまう。
会場周辺の盛り上がり、観客の反応、その他のサイドストーリーを取材して、中継でそのVTRを織り込みながら話すことになる。このようなシーンは視聴者もすぐに思い浮かべることができるだろう。
番組としては「メイン出演者とエースディレクター」を送り込んでいるわけだから、多少内容が薄かろうが、半ば無理矢理だろうが、とにかく彼らに周辺取材を毎日させ、中継をさせなければ現地に派遣した意味がなくなる。だからそれなりの時間を毎日用意することになる。
テレビ業界関係者以外は知らない人も多いだろうが、そもそも五輪オフィシャルの競技映像は、各番組ごとに使える長さが厳格に決められている。
だから、番組側は「制限いっぱいまで使わないともったいない」と考えがちである。競技映像を目一杯使った「本日のダイジェスト」を毎日放送するのもそのような事情があるわけだ。
こうした説明を聞いてから、五輪ニュースを見てみると、次のような構成になっていることが多いことに気づく。
(1)ギリギリいっぱいまで伸ばした競技映像VTR
(2)現地からの周辺取材とキャスター中継
(3)現地スタジオに呼んだ選手の生中継
(4)選手の地元の人たちや親類縁者、学校の後輩の反応
(1)と(2)は、何がなんでも毎日放送される。(3)と(4)も実は「横並びの競争原理」で必ず追加される。
これらがなぜ「横並びの競争原理」なのかというと、(3)は、生出演可能な選手の時間を分刻みで割り振って「何時何分から何分間どこどこの局、それが終わったら次はどこどこの局」と毎日取り合っているからで、そこに手を挙げなければ他局に負けてしまうという、まさに横並びの事情からも選手の生中継を「やらざるを得ない」部分があるのだ。
そして(4)も、その地元を管轄する地方局の間で各局横並びの競争になったり話し合いでの共同取材になったりするわけで、これも「やらなければ他局に遅れをとる」ということになってしまう。
結果的に、とにかく五輪の放送時間は長くなってしまう。
「ここまで長くやらなくても…」と視聴者が感じようが感じまいが、上述の「4点セット」は局側の事情でどうしてもやらざるを得ない。
4点セットではどうしても、負けた選手はスルーされてメダルを獲った選手にだけ脚光が当たることになるし、その選手の生い立ちや友人の話やサイドストーリーなど、取材される対象もだいたい同じような内容になりがちで、「各局の報道の仕方はいかがなものか」という批判の声も上がることになってしまう。
スポーツニュースの体制が手薄なのに、五輪に時間も人員も最大限投入しているのだから、他のニュースに割ける時間は短くなってしまう。重要な出来事が発生しても、手厚く対応する余力はない。
でももうこんなことは止めにしたほうがいい。スポーツニュースが見たい人にも、スポーツに関心がない人にも、こんな姿勢で五輪ニュースを出し続けるのは失礼ではないか。
五輪や大谷翔平選手に限らず、今や視聴率の取れる強いスポーツニュースは途絶えずにあるように感じる。
スポーツニュース制作部署の体制を整えて、スポーツニュース番組をきちんと復活させたほうが良いのではないだろうか。
スポーツニュースはスポーツニュース番組でやり、通常のニュース番組ではスポーツ以外のニュースをちゃんとやるようにしたほうが、どの視聴者にとっても快適だと思う。
分離できないとしても、スポーツニュースの放送枠以外ではスポーツニュースをやらないくらいのゾーニングをしても良いのではないか。