2024年08月04日 09:50 弁護士ドットコム
何不自由のない暮らしを送るお金持ちでも、結婚生活が幸せかといえば、そうとは限りません。夫の不倫と暴力に悩み、離婚を考えているという女性から弁護士ドットコムに相談が寄せられています。
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女性によると、医者である夫は、財産(1億5000万円)を「自分の努力で稼いだもので、妻の寄与はない」と主張して、女性には「数百万円だけ渡す」と言ってきたそうです。
一般的には、婚姻中に協力して得た財産であれば、離婚に伴う財産分与の割合は夫婦それぞれ「2分の1」にします。
一方で、夫の主張のように、医者のような高額所得者の場合は「2分の1ルール」は適用されないこともあるのでしょうか。
富裕層世帯向けの法務に詳しい岩崎隼人弁護士に聞きました。
「医師の財産分与」にありがちなトラブルとともに、あらかじめ行っておくべき対策も後半に紹介しています。
——配偶者が医師であれば、財産分与にはいわゆる「2分の1ルール」が適用されないのでしょうか。
「2分の1ルール」は強力なルールです。適用されない可能性はありますが、絶対に適用されないというものではありません。
夫婦が形成した財産を分け合う手続き(財産分与)において、財産形成に対する夫婦の寄与割合が等しいものだと考えて、財産を2分の1ずつ分け合うのが「2分の1ルール」です。
裁判実務では、原則として、このルールが適用されますが、いくつかの例外があります。
「夫婦の一方が特別な資格や能力により財産を築き上げた場合」もその例外の一つです。
この点、注意が必要なのですが、医師のように「特別な資格」が認められるとしても、「2分の1ルール」が必ず修正されてしまう、というものではありません。
2024年5月17日付で成立した民法等の一部を改正する法律でも明文化されているように、原則として寄与割合は「相等しいもの」とされ、それが異なって扱われるのは寄与の程度が異なることが「明らか」であるときです。
医師であることのみをもって、およそどのような世帯であっても寄与の程度が異なることが明らかであるとは言えません。
なお、「2分の1ルール」が修正される場合、その割合は個別具体的な事情によってケースバイケースです。
過去の判例や実務上の経験を踏まえると、おおむね6:4程度となる印象です。95:5になった事案もあるのですが、これは「特別な資格」以外の論点が関係した事例(立証こそ失敗したもののほぼ全ての財産が本来特有財産であると思われるような事例)であり、医師のような「特別な資格」があることだけを理由としてはこういった極端な傾斜がかかることはまずないでしょう。
——過去に2分の1ルールが修正された裁判例を教えてください。
医師の夫と診療所の経理を一部担当していた妻との間で、約3億円分の財産の財産分与が争われた事案があります(大阪高判平成26年3月13日)。裁判所は対象となる財産に対する夫の寄与割合を6割、妻の寄与割合を4割と認定しています。
夫が医師資格を獲得するため婚姻届出前から個人的な努力をしてきたことや、婚姻後には医師資格を活用して多くの労力を費やし高額な収入を得ていることが考慮されました。
このほか、夫が多額の財産を築けたのは、夫の医師・病院経営者としての手腕、能力によるところが大きいことなどを理由として、単純な「2分の1ルール」の適用が否定されています(福岡高判昭和44年12月24日)。
——医師の夫による不倫や暴力が認められる場合、財産分与に影響はあるでしょうか。
不倫や暴力が認められる場合でも、財産分与自体には大きな影響は生じません。 財産分与の本質が、財産を公平に分け合うという清算の手続きであるためであり、精神的損害を慰謝することはその本質ではないからです。
ただし、財産分与とは別に、慰謝料を請求できます。
また、不倫や暴力に及んだ側からの離婚請求は原則として認められません。そのため、必要があれば、婚姻関係を継続し、夫から継続的に婚姻費用を受領することも可能でしょう。
——医師が配偶者の夫婦であれば、財産分与において、どんなことを押さえておくべきでしょうか。
まず、財産分与において、特有財産の範囲(財産分与の対象になる財産の範囲)がよく問題となります。財産分与では、夫婦が結婚前から保有していた財産や相続・贈与で得た財産(特有財産)は対象となりません。
ただし、それは、特有財産であると主張する側が立証しないといけません。立証のハードルは、時としてかなり高くなります。
夫婦関係に不安のある場合、こうした立証環境については注意して備えておくと良いでしょう。裁判になった場合に、証拠となる事実と資料を整理しておくことが重要です。
——開業医の場合はどのような点に注意するべきでしょうか。
医師が開業医か医療法人などを経営しているかといった場合でも話は大きく変わってきます。
医療法人を経営している場合、その法人内部に多くの資産が留保されていることが多いです。その結果、その医療法人が、2007年4月の第5次医療法改正前に設立された「持分あり医療法人」である場合には、その持分の扱いが論点となります。なお、2024年3月31日時点で、62%が持分ありの医療法人です(厚労省「種類別医療法人数の年次推移」)。
メディカル・サービス法人(MS法人=医療に関する営利事業を行う法人)の経営でも同様にその法人の株式・持分が問題となります。
こうした持分が財産的価値として扱われ、いくらと評価されるのかといった問題が生じます。規模が大きくなるケースが多いものですから、開業医世帯の財産分与において最重要論点の一つといえるでしょう。
また、「出資持分のない医療法人」や一般社団法人の形態で医療機関を運営している場合もあります。
このとき、持分は法的には存在しないのですが、M&Aもでき、事実上自由に管理もできる法人の内部留保を財産分与においてどのように扱うかは難しい論点となりえます。
個人事業主である場合には、その事業の資産や負債が個人に紐づいているので、これらを一つ一つ分析していかなければなりません。
このように、一口に医師を配偶者に持つ夫婦とはいっても、抱えている財産分与の問題は、医師の経営状況や資産運用状況によってもさまざまです。
財産分与にあたっては、妻側、夫側いずれであっても、現在の資産状況を整理し財産分与の見通しを立て、将来の財産分与に向けて早い段階から適切な対策を講じておくことが重要です。
【取材協力弁護士】
岩崎 隼人(いわさき・はやと)弁護士
第二東京弁護士会所属。慶應義塾大学大学院法務研究科修了。シニア・プライベートバンカー資格認定。日本プライベートトラスト財団評議員。著書に『富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務』(日本法令)などがある。富裕層世帯の離婚に関連した未公開裁判資料を収集し研究もしている。
事務所名:岩崎総合法律事務所
事務所URL:https://law-iwasaki.jp/divorce/