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大根仁が経験した「理想の撮影現場」とは?Netflixシリーズ『地面師たち』制作の背景とともに語る

2024年08月01日 11:10  CINRA.NET

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Text by 服部桃子
Text by 沼田学
Text by ISO

7月25日よりNetflixにて配信中のドラマシリーズ『地面師たち』。原作は新庄 耕による小説『地面師たち』で、実際に起こった大規模な地面師事件がモチーフだ。綾野剛と豊川悦司のダブル主演、脇を固めるのは北村一輝、小池栄子、ピエール瀧、染谷将太と、日本を代表する豪華俳優陣が出演する本作。現場へのケアも手厚く、大根監督にとってはドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』以降2度目のタッグとなるインティマシーコーディネーターの浅田智穂も制作陣の一人に名を連ねている。

実際の事件をモチーフにしつつもエンタメ作品に仕上がった本作。監督の大根仁と『新聞記者』『シティーハンター』などヒット作を手がける高橋プロデューサーに、俳優陣起用の理由や、制作スタッフや現場への考えを聞いた。

※本稿は、物語のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。


『地面師たち』。あらすじ:ハリソン山中と拓海を中心とした地面師グループは、100 億円の土地をエサに大手デベロッパーに詐欺を仕掛ける。騙す側と騙される側、そしてハリソンを追う定年間近の刑事。三つ巴の争いは、度重なる不測の事態の果てに、拓海の「過去」とハリソンの「因縁」を浮き彫りにしていく……

—大根監督は原作『地面師たち』のあとがきで、小説のモチーフとなった地面師事件の舞台が通勤途中にあり、日々目にしていたと書いていました。事件発覚後、地面師事件に夢中になり企画書をすぐに作成したとか。なぜそこまで地面師に惹かれたのでしょうか?

大根:まずは自分の生活圏内で起きた事件ということが大きいですね。そもそも僕は都会のエアポケットのような場所にすごく惹かれるんですが、原作小説でモデルになった場所は五反田駅のすぐ近くにあるにもかかわらず長年ひっそりと建っていて、ずっと気になっていたんです。そんな場所で大事件が起きたことに驚いて、いろいろ調べるうちに「地面師」という犯罪集団の存在を知り、魅了されていきました。

そして大企業の頭も良いであろう方々がなぜコロッと騙されてしまったのか、騙す側・騙される側のプロセスへの興味もありました。それで、これを映像化したら日本では観たことのないエンタメ性を持った犯罪ドラマにできるんじゃないかなと思い立ったんです。その後、原作小説を読んで、より具体的に企画を立ち上げたという経緯です。

大根仁(おおね・ひとし)。1968年生まれ、東京都出身。『アキハバラ@DEEP』(06)、『湯けむりスナイパー』(2009)、『モテキ』(2010)など、ドラマや舞台、CM、MV を数々手掛けたのち、『モテキ』(2011)で映画監督デビュー。 主な演出作に、『まほろ駅前番外地』(2013)、『リバースエッジ 大川端探偵社』(2014)、『ハロー張りネズミ』(2017)、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(2019)、『共演 NG』(2020)、『エルピス‐希望、あるいは災い‐』(2022)などのドラマ作品、監督作に、『恋の渦』(2013)、『バクマン。』(2015)、 『DENKI GROOVE THE MOVIE? ~石野卓球とピエール瀧~』(2015)、『SCOOP!』(2016)、 『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(2017)、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018)などがある

—戦後の時代から存在していた地面師ですが、その存在が広く知られることになった事件でしたね。あとがきには大根監督が地面師事件をもとにした企画書を各所に持ち込むも、センシティブな題材ゆえになかなか受け入れてもらえなかったとも記されていました。Netflix側が映像化に踏み切った理由を教えてもらえますか?

高橋:原作小説は過去に読んだことがあって、その面白さも理解していたんですが……。じつは大根さんが撮ろうとしているビジョンとドラマの内容が本当にマッチするのか懐疑的だったんです。

地面師のやり口は基本卓上で繰り広げられると思いますが、それを「騙せるか、騙せないか」というスリリングなエンタメとして成立させるのは難しいのではないかと。でも大根さんからは「とにかく一回脚本を書かせてください」とお返事をもらって。

本当にうまくいくのかな……と思いながらいただいた脚本を読んだら滅茶苦茶うまくいってたんです(笑)。見たことがない物語でしたし、演出が端的かつ明確で、キャラクター性もしっかり書き分けられていて、純粋にすごく面白かった。これはNetflixでやりたいとラブコールを送った次第です。

高橋信一(たかはし・しんいち)。Netflixエグゼクティブプロデューサー。Netflix コンテンツ部門 ディレクター(実写)。2020年入社。Netflixの東京オフィスを拠点に、日本発の実写作品での制作及び編成を担当。2022 Asian Academy Creative AwardsにてBest Feature Filmを受賞した 『浅草キッド』や『桜のような僕の恋人』『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』『シティーハンター』などのNetflix映画、『新聞記者』『ヒヤマケンタロウの妊娠』『御手洗家、炎上する』『地面師たち』『極悪女王』、Netflix初の日米韓チーム共同プロデュースを行なった『ONE PIECE』などのドラマシリーズ、『未来日記』『LIGHTHOUSE』『トークサバイバー』シリーズなどのバラエティ作品のプロデュースを担当。Netflix入社前は岩井俊二監督の元で劇場用映画やドキュメンタリー映画などをプロデューサーとして手掛ける。また日活にて『We ARE LITTLE ZOMBIES』(35回サンダンス国際映画祭にて日本映画初の審査員特別賞・オリジナリティ賞を受賞並びに第69回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門スペシャルメンション(準グランプリ)受賞)などを手掛けた

—原作と比べると大胆な脚色をされていますよね。原作だと地面師を追う刑事は辰(リリー・フランキー)ひとりだったのに、倉持(池田エライザ)という辰の意思を継承する若い刑事の存在がいたことは面白いアレンジだと感じました。

大根:僕はプロの脚本家ではないので、一般的に脚本家の方々が最初につくるプロット(物語全体のラフな構成)は書かないし、そもそも書けないんですよ。いつもダイレクトに脚本に着手して、監督脳と視聴者脳を使い完成形を想像しながら書いているんです。こういう台詞があって、ここに芯がつながっていくと良いかなとか、ここで何が起きたらフレッシュな驚きになるのだろうとか、この辺で新しいキャラクターが見たいな、とか。

「地面師たち」は騙す地面師側、騙される石洋ハウス側、事件を追う警察側と3つの柱が絡み合いながら進んでいきます。原作だと地面師側と石洋ハウス側のドラマに比重を置いている一方、警察側が辰の単独行動だったので映像化するうえでは警察側がちょっと弱いなと思いまして。それで「辰に若いバディがいたらどうなるかな」と考え始めたのが倉持というキャラクターができた経緯ですね。思えば途中で若い相棒が出てくるという点で、『メア・オブ・イーストタウン』(2021年。ケイト・ウィンスレット主演、クレイグ・ゾベル監督のドラマ)を参考にしたのかもしれません。

リリーフランキー演じる辰と池田エライザ演じる倉持

高橋:ネタバレなので詳しくは言えないんですけど、辰をめぐるオリジナルの展開はわりと早い段階から大根さんは決めていましたよね。 僕が脚本を読んで『本当に上手いなこの演出!」と思ったのが、映画『ダイハード』(1988)の悪役ハンス・グルーバーについてハリソンが言及する場面なんですが、あの部分はどのように思いついたんですか?

大根:ハリソンは恐らく犯罪映画が好きで、いろんな殺し方を研究しながら次はこれをやりたいなとか思っている人なんじゃないかなと想像しまして。

高橋:(笑)。

大根:そのちょっと前にNetflixで『ボクらを作った映画たち』の『ダイ・ハード』編を観たんです。それでハンスを演じた役者が、騙されて高いところから落とされたということを話していて面白いなと思ったのが頭に残っていたのかもしれないですね。

—私も当初高橋プロデューサーと同じ懸念を持ちつつ鑑賞したのですが、いざ観たら『オーシャンズ11』のようなケイパー(強盗)映画的な面白さもあり一気見しました。地面師をエンタメとして描くにあたって、いまお話したような作品以外にも何か参照したものはあるのでしょうか。

大根:僕はなんらかの引用や元ネタがあることが多いんですが、今回地面師を描くにあたっては「ザ・犯罪チーム」的な作品はあまりイメージしなかったですね。じつはケイパー映画的なショットってそれっぽく見せるのは簡単なんですよ。

例えば土地を見にいくときのショットでも、5人並んで歩いてくるところを単焦点レンズで撮るだけでそれっぽい雰囲気になるんですが、今回それはあえて避けたんです。拓海の台詞にもありましたけど、地面師は分担作業で決してチームとして一丸ではない。いつその関係性が崩れてもおかしくないと感じさせるようなバランスで描くようにしたんです。

豊川悦司演じるハリソンが率いる詐欺集団。綾野剛、ピエール瀧、北村一輝、小池栄子

高橋:ハリソンたちはチーム感も薄いし、感情移入できないキャラクターばかりなんですが、視聴者目線で観ると不思議と詐欺が成功することを祈ってしまうんですよね。その感覚は作品に没入させるエンタメとしての強度があってこそなんだろうなと思います。

大根:人は騙されている人を見るのが好きですからね(笑)。青柳を演じた山本耕史さんの騙されっぷりが素晴らしすぎるのもありますが。

石洋ハウス・開発事業部の青柳を演じる山本耕史

—あの演技は見応えありましたね。山本さんはじめ『地面師たち』の比類ない豪華キャストを選ぶにあたってのプロセスを教えていただけますでしょうか。

高橋:ほとんどの方は大根さんが想定していた第1希望のまま、キャスティングさせていただきましたね。綾野さん、豊川さんに関しては初期からお願いしたいというお話が出ていて、お二人とも脚本を読んで即決してくださいました。

大根:小池(栄子)さんとは『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018)でもご一緒したんですが、僕は彼女を何でもできる芸能界最強プレイヤーの1人だと思っていて。人間的にも大好きですし、また一緒にやりたいなと思っていたので、犯罪集団の「怪しい華」をお願いすることにしました。

北村(一輝)さんはご無沙汰でしたけど、この役は彼の真骨頂かなと思ったんですよね。そして(ピエール)瀧さんを自分でキャスティングしたのはじつは今回が初めてなんです。『モテキ』(2011)にも出てますけど、あれはピエール瀧本人役なのでキャスティングという意味では僕のなかで異なります。こういう瀧さんをずっと撮りたかったので、今回ついに僕からお願いすることができました。

高橋:大根さんは最初から俳優の皆さんを想定して脚本を書かれていたんです。もちろんキャスティングに関してはプロデューサーの意見も尊重していただいてはいますが、もともとキャラクターのイメージが明確だったので、こちらも大根さんの希望を尊重したいなと。そこに大きな齟齬はありませんでした。

—ナレーションを山田孝之さんが担当されていて驚きましたが、あえて声で山田さんを起用したのはなぜでしょうか?

大根:彼の出演作品に対するリスペクトはもともとありますし、以前ご一緒したこともある。あとはNHKでナレーションをされていましたけど、プロのナレーターとは違う味があるし、そのうえで格段に上手いし、説得力があるし……、ナレーションで作品の質をあそこまで上げられる人はなかなかいないと思っていて、いつかお願いしたいと思っていたんです。綾野くんとも親しい間柄ですしね。あと、なんと言っても僕のなかで山田孝之は「ミスターNetflix」なんですよ(笑)。

—大根監督はさまざまな作品を手掛けてきましたが、今回はじめてNetflixで制作を行なうなかで、これまでの撮影と何か違いは感じましたか?

大根:撮影現場自体は基本的にどこも変わらないんですが……生々しいことを言えば、まずは潤沢な予算、そして人道的な撮影スケジュールと手厚い現場のフォローなど、僕が長年求めていた理想の撮影現場やシステムを構築していただけたのは本当にありがたかったですね。

高橋:もっと褒めてください。

大根:(笑)。すべての現場がこうなってほしいなと願います。

—おっしゃるとおり、予算の潤沢さは映像面にも現れていましたね。撮影監督は『SUNNY 強い気持ち・強い愛』でもタッグを組まれた阿藤正一さんでしたが、序盤から映像のスケール感やVFXが大作映画さながらで驚きました。

大根:最初からある程度の予算感は聞いていたので、それに合わせて脚本を書いたんです。だから普段だと「これは難しいな」と刀を鞘に収めちゃうような展開や演出も全部剥き出しでいけたのは大きいですね。熊が登場したり、こんなに必要ないよなってくらい派手なシーンもあったりしますし(笑)。

VFXで大変だったのが、地面師が狙う寺ですね。あの寺は実際港区高輪にあるわけではなくて、郊外にあるまわりに何もない寺と駐車場に高輪の背景を合成したんです。脚本の段階からこのシーンは空撮との合成とか大変ですよって言われていたんですけど、僕はそのときあんまりピンと来ていなくて。「そうかな?」って。

高橋:たしかに、あのとき大根さんはずっと「大丈夫ですよ」って言ってましたね。結局大変だったじゃないですか(笑)。

大根:でも皆さんが頑張ってくれたおかげで高輪にあるように見えますよね?

—あれがVFXだとは……。本当に高輪にあるお寺で撮っているものかと思っていました。

大根:やった! 成功だ!

高橋:撮影環境やシステムに関して大根さんにそう言ってもらえたのは非常にありがたいです。ただ当然Netflixとしてもすべてを無尽蔵に提供できる訳ではないので、そこはロケーションやセットなどの選び方・使い方やバランスといったところを、大根さんやメインスタッフの皆さんが上手く特色を出しながら調整してくれていましたね。

大根:撮影の阿藤さんと照明の中村さんはよく組んでいますけど、それぞれ映画やCM、予算規模の大きい海外作品もやられているので、彼らの経験値にも助けられました。「個別に撮ってあとで合成すれば大丈夫」とアイデアをいただいたり。あと美術デザイナーの都築さんの存在も大きかった。そういう意味で彼らのような熟練のスタッフがいたことは本当に心強かったです。

—スタッフといえば大根監督は『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022)で地上波プライムタイムの連続ドラマとして初めてインティマシーコーディネーター(IC)を起用して話題になりましたが、『地面師たち』でもICの浅田智穂さんと2度目の共演をされていますね。

大根:『エルピス』でICを入れようって言ってくれたのはプロデューサーの佐野亜裕美さんなんですよ。いまではICを入れるのが普通になりつつありますよね。

—そうですね。ただまだまだ、現場に必要なスタッフであることの認知は薄いように感じます。

大根:「言われなくてもちゃんとやってるよ!」とか言ったりね。やってないからそういう職業ができたんでしょと僕は思うんですけど。ほかのICの方とご一緒したことはありませんが、浅田さんとの仕事はとてもやりやすいです。

『エルピス』ではそれほど激しいシーンはなく、キスから2人の関係が深まっていくシーンで役者のケアなどをしていただいたんです。でも今回は結構激しめのシーンがあって、どうしようと思っていたら浅田さんが「こんな見せ方はどうでしょう」とちょっと遠慮しがちな僕をグイグイ引っ張ってくれて。それでICって役者のをケアはもちろんのこと、シーンのことも考えてアドバイスをくださるんだなとあらためて感じました。

高橋:今回の現場だけではなく、浅田さんは監督が求めているものやシーンに必要なラインがどこまでかということと、俳優部の皆さんが許容できるバランスとを常に考えてくれているんですよね。撮影中に意図しないことが起こらないのは前提として、皆さんの同意を得たうえで最も良いかたちで円滑に進める仕事をしてくれていて。

ICは演出をサポートする役割も担ってくれるので、演出部はじめスタッフも悩む時間が少なくなるし、役割分担ができてすごく楽になるんですよ。ICが現場や観る側にとってのセーフティーネットにもなるので、撮影に関わるすべての人が安心することができる役割だなと感じますね。

—最後に……、音楽が格好良いなと思っていたら、まさかの石野卓球さんでしたね!

大根:僕は劇中の音楽をプロの劇伴作曲家の方にお願いすることはなくて、好きなミュージシャンやDJ、トラックメーカーの方に頼むのがマイルールと言いますか。自分が好きで聴いている音楽を自分がつくる作品の劇中で流したいという想いがあるんです。それで卓球さんは昔から狙ってはいたんですが、なかなか一筋縄じゃないといいますか。正義のヒーローが出てきたり、登場人物がそれらしいことを言ったりする甘い脚本じゃダメだなと思っていて。今回の企画が立ち上がり始めたときに「悪いヤツしか出てこない、この作品だ!」と思ったんです。

高橋:撮影の前に大根さんとこの作品はどういうトーンを狙いますかというお話をしたんですが、脚本の段階では重く暗く見える可能性もあったんです。でも「音楽は卓球さんが良い」と言われたときに、いまの作品のトーンが明確に見えた気がしました。

大根さんのつくり方の特徴として、撮影前の段階で音楽を何曲か先に上げてもらうというのがあるんですけど、それを聞いたり、画に合わせたりしていくなかで「これはすごい作品が生まれるな」と確信しました。作品のスリリングさも軽妙さも重さも全部入っているような見事な音楽ですよね。

大根:キャラクターがそれぞれ魅力的ではあるんですが、視聴者はキャラクターに感情移入して観続けるのではなく、どんどん転がっていく「事象が引っ張っていくドラマ」だと思っているんです。その事象を牽引する一つの力として、四つ打ちの楽曲は上手く効いてくれるし、観ている方もアガってくるじゃないですか。エンドロールの四つ打ちに合わせて「次のエピソード」を押さざるを得なくなるかなって(笑)。