2024年07月28日 09:30 弁護士ドットコム
性行為中に女性が気づかぬうちにコンドームを外したという男性が、裁判所で有罪判決を受けたというイギリスでの事件が報じられ、先月話題になった。
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AFPBB Newsなどの報道によると、女性は男性との性行為について、コンドームの使用を条件に同意していたようだ。性行為中に相手の同意を得ずにコンドームを外す「ステルシング」は、イングランドとウェールズでレイプに分類されているという。男性は禁錮4年3月の判決を言い渡された。
ステルシングは、望まない妊娠や性感染症に感染するリスクを高めるおそれがあり、被害者にとっては許しがたいものだろう。もし日本でステルシングが行われた場合、今回のケースと同様に「性犯罪」となるのだろうか。不同意性交等罪の要件の1つに、「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」との規定もあるがどうか。
刑事事件に詳しい坂野真一弁護士は「ステルシングは、現在の刑法の下では、不同意性交等罪として処罰することはできないと考えられます」と話す。その理由について、詳しく解説してもらった。
性交の際に避妊具の装着について誤信を生じさせることを、いわゆる「ステルシング」と呼び、海外では刑事処罰の対象とされている国もあるようです。
2023年の刑法改正で、「不同意性交等罪」(刑法177条)が規定されたことから、日本でステルシング(避妊具の装着について誤信を生じさせ性交に及ぶ行為)が行われた場合、不同意性交等罪に該当し、刑法で処罰されるかという問題として考慮します。
ステルシングについて、法務省ホームページの刑法改正の概要欄でも特段解説はされていないようですし、今回の刑法改正についての同省HPのQ&Aにも解説は見当たりませんでした。以下は、あくまで私の見解であることをご了承ください。
不同意性交等罪は、刑法177条1項で、刑法176条(不同意わいせつ罪)1項で規定された8類型に該当する行為または事由その他これらに類する行為または事由により同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態させ又はその状態にあることに乗じて性交等の行為を行った者を不同意性交等罪としています(強制類型)。
また、刑法177条2項では、行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者を不同意性交等罪としています(誤信類型)。
ステルシングの場合、刑法177条1項が準用する刑法176条1項5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」に該当するのではないか、との疑問も生じるかもしれません。
そもそも、「性犯罪の本質は、被害者の同意がないのに性的行為が行われる点」にあります。
今回の刑法改正に関する法務省HPのQ&Aによれば、同号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」とは、「性的行為がされようとしていることに気付いてから、性的行為がされるまでの間に、その性的行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないことをいいます」とされています。
つまり、「性的行為」そのものを拒否するかどうかを自由に決定する時間的余裕がない場合が、刑法176条1項5号の「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」に該当することになります。
ところが、ステルシングの場合、性交等の性的行為を行うことそのものについては被害者の同意があります。
その被害者の同意に、避妊具を装着すること、という条件が付されているものであり、性交等の性的行為そのものについては「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがない」状況(性交等を強制される状況)にあるとまでは評価し難いのではないでしょうか。
以上から、ステルシングは強制類型(刑法177条1項5号)には該当しないと考えられます。
それでは、ステルシングは誤信類型(刑法177条2項)に該当するのでしょうか。
2023年の刑法改正において、177条1項の強制類型は「これらに類する行為又は事由」と規定されていることから「例示列挙」とされており、同項列挙事由だけでなくそれに類する行為に対しても適用されるものです。
しかし、177条2項の誤信類型は、行為がわいせつでないとの誤信、人違いの誤信の2つのみを挙げており、「これらに類する誤信や誤信に乗じた性交等」は処罰対象として規定されていません(「限定列挙」)。
これは、被害者側に一定の重要な錯誤がある場合は、同意を無効とする(不同意となる)というのが最高裁判例であることから、単に「誤信した場合」を不同意性交等罪として処罰対象であると法律に定めると、どのような誤信が重要な錯誤として同意が無効となり処罰対象とされるのか分からず、処罰範囲が無限定になってしまうおそれがあるからです。
仮に、刑法177条2項が限定列挙ではなく例示列挙だとすると、たとえば、「彼が優しくすると言ってくれたから性交等に同意したのに、終わった後も優しくしてくれなかった。これは重要な錯誤だから同意は無効だ。だから彼は不同意性交等罪で5年以上の拘禁刑になるべきだ」という主張も極論すれば成り立つ危険性が生じかねないことになります。
そのため、刑法は、177条2項に規定された2つの誤信だけを誤信類型として規定し、その2つの誤信に関してだけ処罰しようとする趣旨(限定列挙)なのです。ステルシングといえども、当該相手と性行為を行う合意はある状況なので、行為がわいせつでないとの誤信も、人違いの誤信も存在していないことになります。したがって、ステルシングは177条2項の誤信類型(行為がわいせつでないとの誤信、人違いの誤信)のいずれにも当てはまらないことは明白です。
以上から、改正された刑法177条は、ステルシングを不同意性交等罪で処罰する趣旨ではないと考えられます。
ある研修で、今回の刑法改正で中心的な役割を担われた中央大学の井田良教授の講演も聴きましたが、結論として、ステルシングについては限定列挙された誤信類型にあたらず、不同意性交等罪においては処罰の対象としない趣旨である旨の解説をされていました。
ステルシングも不同意性交等罪などに該当するような法改正がなされた場合は別ですが、現時点でのステルシングは、不同意性交等罪として処罰することはできないと考えられます。
ただし、ステルシングを行った結果、被害者を性病等に罹患させた場合は、被害者の生理的機能を侵害していることになりますから、傷害罪(刑法204条)として処罰される可能性はあります(最高裁昭和27年6月6日判決参照)。
また、刑法上の罪に問われないとしても、被害者側からステルシングにより精神的苦痛を被ったとして、慰謝料請求を受ける可能性も考えられます(民法710条等)。
【取材協力弁護士】
坂野 真一(さかの・しんいち)弁護士
ウィン綜合法律事務所パートナー弁護士。京都大学法学部卒。関西学院大学、同大学院法学研究科非常勤講師。著書(共著)「判例法理・経営判断原則」「判例法理・取締役の監視義務」「判例法理・株主総会決議取消訴訟」(いずれも中央経済社)、「増補改訂版 先生大変です!!:お医者さんの法律問題処方箋」(耕文社)、「弁護士13人が伝えたいこと~32例の失敗と成功」(日本加除出版)等。近時は相続案件、火災保険金未払事件にも注力。
事務所名:ウィン綜合法律事務所
事務所URL:https://www.win-law.jp/