2024年07月28日 09:20 弁護士ドットコム
教職員による体罰や不適切な指導を調査する方法が自治体ごとにバラバラで、実態把握が不十分な原因の一つとなっている。体罰に関するアンケートを実施していない自治体もあり、専門家は「公教育に対する信頼を維持するため、国が統一の調査方針を掲げるべきだ」と指摘する。(ライター・渋井哲也)
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教職員による体罰は、学校教育法11条によって禁止されている。文部科学省は「体罰は、違法行為であるのみならず、児童生徒の心身に深刻な悪影響を与え、教員等及び学校への信頼を失墜させる行為である」として、次のような行為を例としてあげている。
・体育の授業中、危険な行為をした児童の背中を足で踏みつける
・授業態度について指導したが反抗的な言動をした複数の生徒らの頬を平手打ちする
・立ち歩きの多い生徒を叱ったが聞かず、席につかないため、頬をつねって席につかせる
・放課後に児童を教室に残留させ、児童がトイレに行きたいと訴えたが、一切、室外に出ることを許さない
・別室指導のため、給食の時間を含めて生徒を長く別室に留め置き、一切室外に出ることを許さない
・宿題を忘れた児童に対して、教室の後方で正座で授業を受けるよう言い、児童が苦痛を訴えたが、そのままの姿勢を保持させた
そのうえで、文科省は、都道府県・政令指定都市の教育委員会を通じて、体罰や不適切な指導で処分された教職員の数を把握している。
しかし、いずれも「実数」ではなく、しかも調査主体や対象、調査方法(相談票・アンケート)、集計方法まで自治体によって異なっているのだ。
たとえば、東京都教育委員会は、日常的な情報提供と質問票によって、体罰や不適切な指導を把握する。質問票の場合は年に1回実施して、当事者に確認して計上する。東京都の担当者は次のように話す。
「質問票は、児童・生徒と教職員に配ります。児童・生徒や教職員の体験だけでなく、見聞きしたことを含みます。調査は学校が主体です。質問票を回収して、児童・生徒や教職員から事情を聞いたうえで、市区町村の教育委員会に報告します。
都教委には、それらの情報がまとまってあがってきます。体罰だけでなく、暴言や不適切な指導、行き過ぎた指導についても同じです。回収結果を単純集計したものではありません。集計に時間がかかりますが、都教委と市区町村教委との認識は同じです」
千葉県(政令指定都市の千葉市を除く)でも、教職員による体罰やセクハラに関する実態調査をおこなっている。2016年度以降は、セクハラ以外のハラスメントも記述が可能になった。
調査票は記名式で、学校の実情に応じて家庭に持ち帰って記述できる。そのうえで、学校が体罰の事実を確認した件数が報告される。
セクハラの場合は、無記名でも集計しているが、県立高校の教職員からセクハラを受けたと回答した生徒のうち、記名した生徒の割合は61.6%だった(2023年度)。
「県教委が独自に作成したアンケートがあります。統一のフォーマットで、各学校で同じ質問です。体罰やハラスメントは、アンケートの記入があった場合、学校で確認します。暴言やセクハラの場合は数字をそのまま反映させています。学校のフィルターがかかるのは、有形力の行使である体罰の場合です。学校で面談・確認したうえで数字に反映されます」(千葉県)
体罰の認定方法は、東京都と千葉県は同じだが、暴言や不適切な指導に関しては違う。東京都は体罰と同様に、改めて聞き取ったうえで集計しているが、千葉県はアンケートの集計をそのまま反映するかたちだ。
体罰に関するアンケートを実施していない自治体もある。
その一つである広島県では、県立の学校(高校や特別支援学校)の場合、日常的な情報提供を受け付けつつ、性暴力を含めた体罰の相談窓口を開いている。市町立の小中学校の場合、各市町教委の権限でおこなうため、県教委として統一的な調査はない。
「体罰の疑いがある場合は、県教委が事情を聞きます。匿名でも受け付けていますが、相談者の意向を確認します。一方、市町立小中学校の場合、市町教委がアンケートをすることがあります。その結果は、県教委に報告があるものと、ないものがあります」(広島県担当者)
東広島市は、体罰・不適切指導のアンケートをしているが、統一的なフォーマットはない。アンケート内容も学校によってバラバラだ。2012年に不適切な指導をきっかけに自殺した男子中学生(14歳)の遺族は、市の体罰調査のアンケートを取り寄せて驚いたという。
「2023年度の市立中学校14校のアンケートのうち、体罰の設問が含まれていない学校がありました。不適切な指導の設問は1校も取り入れられていません。設問内容は学校ごとに異なり、学校に任せきりと感じました。市教委が中心となって、実態が正しく把握できるようなアンケートにしてほしいと思います」(遺族)
埼玉県でも、さいたま市(政令指定都市)を除いて、県教委は集計用のフォームとともにアンケートの参考例を示している。
子どもの権利条例を制定して、体罰を禁じる条文もある北本市では、桜井卓市議が体罰調査の内容を調べたところ、北本市教委は2022年度、「体罰」だけを調査対象にしていた。2023年度では「暴言・威嚇」も対象になったが、県教委への回答では「体罰」はゼロだった。
「私も保護者として、暴言や威嚇にあたる行為を目の当たりにしています。他の保護者からも聞いています。どの程度(頻度や内容)の暴言が体罰にあたるのか明示されておらず、回答すべきかどうかわからない児童・生徒が多いのではないでしょうか。
今の様式は、初めに体罰があったかどうかを問い、その後に具体的な行為を回答するようにしています。自身で体罰かどうかを判断することになり、回答するほうも躊躇してしまいます」(桜井議員)
2019年に熊本市立中学校の生徒が自殺した熊本市(政令指定都市)の場合、児童・生徒や保護者に対して、2022年と2024年に「体罰・暴言等に関するアンケート」をおこなった。
アンケートですべて把握するわけではなく、「体罰・暴言、そのほか不適切な行為」が疑われる場合、ホームページから「子どもを守る相談票」をダウンロードして、児童・生徒と保護者の名前を記入したうえで詳しい内容を書き込むようになっている。
この相談票をもとに、市教委の学校問題対応チームか学校の管理職が聞き取る。取り下げられない限り、最終的には「審議会」が判断する。ただし、2023年度のアンケートでは、体罰・暴言等の被害に遭った77.4%(342人)が届出をしなかった。
不適切な指導について研究している大東文化大学の山本宏樹准教授は、次のように話している。
「不適切な指導に関する実態把握は不十分であり、特に、学校に集計や報告を任せている自治体は『隠蔽体質』と批判されても仕方ない。公教育に対する信頼を維持するため、国が統一の調査方針を掲げ、正確な実態把握に努めるべきだ。
教員と児童・生徒の間で認識に大きな差がある点にも注意が必要だ。不登校当事者調査では、約3割が『教師』を不登校要因に挙げるのに対して、教員側調査では数パーセントにすぎない。
正確な実態把握のためには、国や第三者機関がデジタル端末を活用して、児童・生徒や保護者に直接調査をおこなって、学校側の報告と照合することが不可欠だろう」