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名言ななめ斬り! 第81回 清水ミチコが忘れられない言葉「世の中はむしろ、うまくいかないようにできていることを知った方がいいですよ」

2024年07月23日 10:01  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
男性の売れっ子芸人さんが、芸人になった理由として「いいクルマ乗って、うまいモン食って、いいオンナ抱きたいから」という意味のことを言っていました。その芸人さんは売れる前からながーく交際していた一般人の彼女がいたのですが、「結婚願望がないから」という理由で別れ、けれど、その後に交際した女子アナ(ミスコンの覇者)とは、ささっと結婚したのでした。つまり、お笑いは自分の夢をかなえるための“手段”と言えるでしょう。



別の売れっ子の男性芸人さんは、「オンナ芸人のほうがお笑いを愛している」と言っていたことがありました。上述したとおり、男性芸人の場合、売れると仕事はもちろん、お金はもちろん、モテるようになって女子アナのようなブランドの人と交際、結婚ができる。しかし、女性芸人を見渡すと、売れたからアイドルやイケメン俳優さんと交際とか結婚なんて話は聞いたことがない。男性芸人は売れることで一石二鳥にも三鳥にもなるのに、女性芸人はそうはならない。にも関わらず、お笑いをやろうと思うのは、オンナ芸人がそれだけお笑いを愛している証拠なのだと思ったのでしょう。



それでは、なぜ女性芸人が“笑い”を目指すのでしょう。今日は清水ミチコさんの半自伝的エッセイ「カニカマ人生論」(幻冬舎)から、それをさぐってみましょう。


○かなりめずらしい女性芸人、清水ミチコ



清水ミチコさんはかなりめずらしい女性芸人と言えるのではないでしょうか。80年代から活動を始め、伝説のコント番組「夢で逢えたら」(フジテレビ系)にも出演しています。しかし、誰か師匠について修行したわけでもなく、大物に見出されたというわけでもない、つまり、業界の「売り出し枠」出身なわけではないのです。ご結婚されて、お子さんもいますが、あの時代の女性芸人では珍しいことでしたし、だからといって、家族の話をすることもない。音楽とお笑いを合体させ、軽やかにずーっと第一線を走り続けている。私は彼女のライブにも行ったことがあります。予想通り面白くて大爆笑し、笑いすぎて右目のコンタクトを落としてしまったのですが、なぜかあんなに明るい清水さんからさみしさのようなものを感じたのでした。



今回、「カニカマ人生論」を読んで、あの時に感じたさみしさというものは、あながち間違っていなかったのかもしれないと思いました。「カニカマ人生論」では、清水さんの人生に影響を与えた人や出来事について触れています。同書によると、清水さんは実はこわがりで、鬼ごっこをしても捕まるのがこわくて、早くつかまるために歩いてしまうような気が弱いところがあるそう。しかし、その一方で、学校のクラスメイトに「替え歌を歌って」と頼まれると臆することなく歌ったり、生徒会長選挙のための応援演説(面白いほうが効果的)を頼まれると引き受けるなど、人一倍、度胸があり、ウケることが何よりもうれしいという芸人さんの本質を感じさせるエピソードも収められています。清水さんのような成功者の場合、「この人に出会って、私の人生はガラっと変わった! この人の一言で目からうろこがおちた!」というようなターニングポイントを書きそうなものですが、清水さんは実に恬淡としています。ご両親の離婚、血のつながらないお母さんからもらった愛情など、いくらでも「いい話」にしようと思えばできるのに、それをしません。ごくあっさりと「こういうことがありました、私の場合はこうです」と書くにとどめています。

○“不安力”が、笑いの原動力に?



上述した鬼ごっこのエピソードでもわかるとおり、清水さんは神経が細かすぎる部分があります。絶対合格するであろうと言われていた高校の受験の際も、プレッシャーに耐え切れず、途中で回答することをやめてしまったそうです。当然不合格になってしまいますが、清水さん本人は「しょうがない」と思っていたそう。しかし、不合格にショックを受けるご両親を見て、今度は自分も傷ついてしまう。しかし、清水さんは半分白紙の答案を出したことを今も後悔しておらず、「沸いてきた緊張と不安はハンパなかった」と当時を振り返っており、この性分は大人になっても直らないとも書いています。

人によっては「そんなに緊張する必要はない」とか「リラックスして」となぐさめることでしょう。しかし、私は清水さんの笑いの原動力は、緊張と不安にあるのではないかと思うのです。逃げ出したいほどの緊張、自分はもうダメだという不安があるからこそ笑いを求め、ネタを作る。聴衆が笑ってくれると、不安がほぐれる。医学的に見ても、笑うことでストレスや不安を軽減するドーパミンなどの脳内物質が分泌されることがわかっています。一般に緊張や不安は悪いものとされていますが、そこから清水さんのように何かを生み出せる人もいるわけで、“不安力”は決して悪いものではないと思うのです。

○恩師にかけられた忘れえぬ言葉「世の中はむしろ、うまくいかないようにできていることを知った方がいいですよ」


清水さんは短大を卒業してから、田園調布のデリカテッセンでバイトを始めます。ここのオーナーの女性のご親戚がラジオのプロデューサーで、ご紹介により、ラジオ番組に出演することになります。その林さんは清水さんの生みの親と言っても過言ではないと思いますが、ちょっとしたことで落ち込みがちな若かりし頃の清水さんに、林さんは「世の中はむしろ、うまくいかないようにできていることを知った方がいいですよ」と声をかけたそうです。



ちょっと冷たい言い方だと思う人もいるかもしれませんが、その後に「だから、立てた予定が思い通りうまくいった時や、たまにいいことがあったなんて時にはうんと喜ぶようにすればいいんです」と付け加えたそうです。清水さんは「いまだにこの言葉が忘れられません」と書いているので、相当響いたのでしょう。



不安が強い人というのは、いいことがあればあったで「今度は失敗するのではないか」と不安になってしまうもの。本人とてつらいのでしょうが、それは「今を大事にしない、他人の厚意を無下にする」ことにつながってしまいます。清水さんは「幸せになれないように出来ているから、一瞬の笑いも生まれるのかもしれません」「人生はあらゆる感情の中でも“悲しみ”とだけはより深い縁で結ばれているものなのかもしれません」とアンラッキーと笑いが表裏一体であると感じているようです。



オトコVSオンナ、勝ち組VS負け組というように、SNSでは対局にあるように思える人たちを敵に見立てる内容がバズりがちです。正反対を並べると伝わりやすいのは確かなのですが、本当に両者は相容れないのでしょうか。幸せの反対は不幸と言いがちですが、不幸(幸福)の中にも幸福(不幸)があるということはありえると思います。



若い時に、完璧な幸せ、人に見せつける幸せを背伸びして追い求めることは意味があると私は思います。しかし、世の中には上には上がいるものですから、いつか限界はくるのではないでしょうか。もしそんな生き方に疲れたり、不安を感じたら、ぜひ清水さんのライブに行くことをお勧めします。おなかがよじれるまで笑えることは、私が保証致します。



仁科友里 にしなゆり 会社員を経てフリーライターに。OL生活を綴ったブログが注目を集め『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。「間違いだらけの婚活にサヨナラ」(主婦と生活社) が異例の婚活本として話題に。「週刊女性PRIME」にて「ヤバ女列伝」、「現代ビジネス」にて「カサンドラな妻たち」連載中。Twitterアカウント @_nishinayuri この著者の記事一覧はこちら(仁科友里)