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『劇場版モノノ怪 唐傘』テレビシリーズより大幅に“ビジュアルと音”が進化―その理由は? 中村健治監督インタビュー

2024年07月21日 18:51  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

中村健治監督
2007年に放送されたテレビシリーズ『モノノ怪』の劇場版、『劇場版モノノ怪 唐傘』が、ついに7月26日に公開される。

その特異なビジュアルセンスとミステリアスなキャラクター、独特の世界観で一世風靡した本シリーズは15年以上の時を経て、どうパワーアップしているのか、中村健治監督に制作のこだわりを聞いた。

[取材・文=杉本穂高]





■大奥を舞台に「合成の誤謬」を描く
――まずはじめに、劇場版の舞台に大奥を選んだ理由をお聞かせください。

中村 企画会議のときに最初に何か決めたほうがいいねとなったんです。公式SNSに最初に出したビジュアルが大奥の大広間に、薬売りが立っているものだったんですけど、あれは最初にホワイトボードにレイアウトを書いて「カッコよくないですか?」とプレゼンしたもので、それが好評で大奥に決まりました。

――ビジュアルから決まったんですね。その後、意識したテーマなどはあるのでしょうか。

中村 今回は、「合成の誤謬(ごびゅう)」というちょっと難しいテーマに挑んでいます。これは元々経済用語で、個々人が最適化をはかると全体は悪くなってしまうことを言うものです。
例えば、景気が悪いから個人が出費を抑えると全体としてはもっと景気が悪くなっていくような状態を表すときに使われます。集団と個の利益や事情って常にずれるものなので、それが一致するというのは幻想だと思うんです。その集団と個人がずれたところに起きる、もやっとしたものを「モノノ怪」として表現できるといいんじゃないかと思いました。

――水に対する信仰を描いていますが、これはどういう発想だったのですか?

中村 プロデューサーの山本さんの発案でしたが、集団と個人の話を描くときに、集団をどうキャラクター化するかを考えると、宗教は確かに良いなと思いました。調べていくと、大奥だけに流行っていた密教的なものが実際にあったらしく、そういうのをヒントにして作ったものです。
水は綺麗で身近なものだけど、ふとした瞬間に違って見えるものですし、動くものなので色々な表現ができます。例えば、あるキャラクターが洗脳みたいに圧がかかっている状態を水の動きで表現したりとか。雨と相性もいいし、今回はとにかく水で見せていくイメージでいきました。

■電話帳みたいに分厚い台本の理由
――今回のキャスティングのポイントも教えてください。

中村 上手い人です(笑)。僕は声優さんの力を信じているんです。これは批判ではないですけど、映画になると突然プロの声優さんを使わない作品ってあるじゃないですか。もちろん、奥行きある魅力を出せる役者さんもいますが、声優さんはすごく上手いので、クリエイティブな観点でコアな部分はやっぱり声優さんにその実力を存分に発揮してほしいんです。

――絵のすごさに負けない声の芝居を皆さん披露されていますね。

中村 今回は台本のほか、「ストーリーバイブル」のようなものをお渡ししました。この人物はこういう人ですみたいなことをすべて解説した資料ですね。なので、皆さん現場に来たときにはすでに仕上がった状態で来てくれて、あまり説明する必要もなかったです。普段はアフレコ前に前説をするんですけど、それが長いと言われていたので(笑)、資料を作ってみたんですけど、それがすごく上手くいきました。

――台本も電話帳のように分厚かったそうですね。

中村 そうです。原作モノなら原作にたくさん情報があるからいいですけど、オリジナル作品だとそれくらいないと難しいと思うんです。過去作と同じ部分、変わった部分をしっかり説明しないといけないと思ったので、分厚い台本になりました。



■テレビシリーズから進化したビジュアル
――速いテンポ感のカット割りは、テレビシリーズから踏襲されていますね。

中村 そうですね。ただ、テレビシリーズのときはもう少し長いカットも使って緩急をつけていました。時代が進み世の中のテンポが上がっていると思うんです。配信で映画を2倍速で見る人もいるし、だったら最初から2倍速みたいなスピード感で行こうと。今回は、体感でテレビシリーズの1.5倍くらいの速度感だと思います。テレビのときは3分に1回、何か起こすルールで作っていたんですけど、今回は1分半に1回、何か起こるような感じです。

――時代に合わせてテンポを上げたのですね。

中村 若い人たちの目の動体視力も上がっていますよね。ゲームをやっているからだと思いますけど、若いスタッフはリテイクのラッシュ(試写)を見て、ミスをたくさん見つけるんですよ。僕も動体視力には自信あったんですけど、気付かずスルーしていたものを若い子は見つけるんですよね。

――この作品最大の特徴はやはりビジュアルにあると思いますが、なかなかミスも見つけにくそうですね。ビジュアル面でアップデートされた部分はありますか?

中村 大奥をまるごと3Dで作ったので、シンプルに空間が広いです。テレビのときは基本的に室内劇でしたが、今回は庭にも出るし、外も全部3Dなので物量がまったく違います。

あと、全体的に彩度を上げています。僕たちは、テレビシリーズを鮮やかな日本の和で表現をしたつもりだったんですけど、海外の方にはくすんだ色に見えたらしく、「なんであんなくすんだ赤を使ったの?」みたいに言われることもあったんです。

それはやっぱり人種や国の文化によって、目の神経や脳の処理に違いがあるってことだと思います。カメラメーカーさんは、そのことをよくわかっていて、北米とアジアでは好まれる色の設計が異なるらしくて、そういうところを結構研究しました。
テレビシリーズの色が悪かったわけじゃないんですけど、今回は海外にも目を向けて、色彩設計やビジュアルディレクター、美術とも相談して色をかなり調整しました。

――なるほど。今回、ビジュアルディレクターに泉津井陽一さんが就かれていますが、どういう役割でしょうか?

中村 全体のルックの総責任者で、各方面から出来上がってきたものを最終的に汲み上げたり、こうしてほしいと指示書を作る役割です。アニメの撮影監督より、実写の撮影監督に近いと思います。実写だと監督がレンズを覗いて決めるより、カメラマンがチェックすることが多いですけど、それに近いですね。今回は色々な権限を各部署の方に大胆に移譲しているので、すごく助けられています。

――本作の美術は3Dとのことですが、それでもこの作品の場合、平面的な見せ方をしないといけないんですよね。

中村 徹底的に影をなくすとかですね。普通ならつける影を全部取るみたいな。普通ならキャラクターの下に影があるけど、ほとんどなくしています。多少あったほうがいい部分は残していますけど。

――本作はシネスコの画角です。シネスコのアニメも最近は増えてきましたが、実際にやってみていかがでしたか。

中村 シネスコは縦幅が狭くて窮屈なので、最初はどう人を配置すべきかレイアウトに悩み、最初の1~2ヶ月は苦労したんですけど、その後は急速に慣れました。今回経験したスタッフは皆慣れたと思います。『モノノ怪』の場合、和紙フィルターで情報が増える分、普通の作品よりキャラクターのアップが使えるんです。だから、アップにするときはとことんアップにしろと言っていました。目一個だけのアップとかでもいいからと。ミドルショットはむしろ半端に左右にスペースができやすいからできるだけ使わず、アップにするか、引いてしまった方がいいと判断しました。

――和紙テクスチャーもテレビシリーズのときから変化を?

中村 かなり進化しています。今回は人物のサイズに合わせて線の太さも全部調整しています。前作では潰れていた絵が小さいところまではっきり見えますし、サイズに合わせて和紙の線を調整しているので、アップでも違和感がないです。

あとは全体をひとつの絵として絵葉書のように見せるというか、ひとりのクリエイターが背景もキャラクターも全部描いたような感じを出したかったのですが、背景と人物の主線を揃えることよって、その感じが補われているかなと思います。

――アニメはキャラクターと背景は別々に描かれるので、絵柄が一致していないものも多いですよね。一致していない面白さもありますが、本作は統一された魅力を追求しているわけですね。

中村 アシスタントのいないマンガみたいなものですね。アシスタントさんがリアルな背景描いてキャラはデフォルメされている作品もありますが、この作品は、背景もキャラクターもひとりで描いたように見せたいということにこだわっています。

――最後に、本作をご覧になるファンにメッセージをお願いします。

中村 絵と一緒に音響にも注目してください。配信で映画を見放題な時代、人が映画館に行く理由はなんだ?とすごく考えまして、それはやっぱり臨場感や生々しさとかが欲しいからだと思うんです。今回は音にもこだわり、かなり頑張ってチューニングしていますので、絵と一緒に、耳でも声優さんの良い芝居を聞いてトリップしてくれると良いなと思っています。

それから効果音にも注目してください。各キャラクターを表す音があるので、重要な場面で鳴るようになっています。その音を追いかけてもらうと、1人ひとりのドラマがよりわかりやすくなると思います。
めちゃめちゃアクティブな薬売りも見られるし、神儀への変身後の戦闘も長めに見せていますのでぜひ、楽しんでください。

『劇場版モノノ怪 唐傘』作品情報
7月26日(金) 全国ロードショー

・キャスト
薬売り:神谷浩史
アサ:黒沢ともよ カメ:悠木碧
北川:花澤香菜 歌山:小山茉美
大友ボタン:戸松遥 時田フキ:日笠陽子
淡島:甲斐田裕子 麦谷:ゆかな
三郎丸:梶裕貴 平基:福山潤 坂下:細見大輔
天子:入野自由 溝呂木北斗:津田健次郎

・主題歌
「Love Sick」アイナ・ジ・エンド(avex trax)

・スタッフ
監督:中村健治
キャラクターデザイン:永田狐子
アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一 美術監督:倉本章 斎藤陽子 美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻田邦夫 ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D監督:白井賢一 編集:西山茂 音響監督:長崎行男 音楽:岩崎琢
プロデューサー:佐藤公章 須藤雄樹 企画プロデュース:山本幸治
配給:ツインエンジン ギグリーボックス 制作:ツインエンジン EOTA
(C)ツインエンジン