2024年07月20日 08:50 弁護士ドットコム
シンガポールで女性に性的暴行を加えたとして強制性交罪などに問われた日本人男性の裁判で、「鞭打ち刑」を科す判決が言い渡されたと報じられて、国内外で話題になった。
【関連記事:■セックスレスで風俗へ行った40代男性の後悔…妻からは離婚を宣告され「性欲に勝てなかった」と涙】
シンガポールでは、裁判所の令状がなくても逮捕、捜索差押えができる場合があるなど、日本に比べて警察の権限が強力であり、日本の刑事司法制度とは大きく異なっている。シンガポール在住の弁護士に聞いた。
報道によると、2019年に地元の女子大学生に性的暴行を加えた他、その様子を撮影して友人に送るなどしたとして、シンガポール高等裁判所が7月1日、元美容師の日本人男性に対して、禁錮17年6カ月、鞭打ち刑20回の判決を言い渡したという。
これが報じられると、日本では「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」(憲法36条)として禁じられていることもあり、先進国であるシンガポールにおける「鞭打ち刑」の存在がクローズアップされた。
SNS上では「普通に前近代的で残酷な刑罰」と拒否反応を示す投稿だけでなく、「日本も性犯罪はこれくらい厳しくしていい」「性犯罪者が裁かれる社会なのが心底羨ましい」など受け入れる声が大きく広がった。
シンガポールに在住し、現地法に詳しい栗田哲郎弁護士によると、シンガポールの刑事司法制度は厳格で、日本では軽微な罪として捉えられる行為であっても逮捕・起訴されることがあり、執行猶予が認められることは原則なく、いきなり実刑に処されるケースが多いという。
たとえば、落書きや立小便などのシンガポールの景観を害する行為であっても、現地では執行猶予がほぼ認められないため、悪質な場合は、初犯でも有罪となれば、いきなり刑事施設に収容されることもあるそうだ。
「警察の捜査権限が強大」であることは、在シンガポール日本大使館が公表している資料でも強調されており、無令状での逮捕権限や捜索差押権限が与えられ、至る所に監視カメラが設置され、捜査にも活用されている。
「シンガポールの刑事司法制度は、犯罪に対して厳しく臨むという政府の方針が強く打ち出されたものになっています。原則として、被告人と被害者との間で事件終結のための任意での示談が許されていないことなども特徴です。日本と同レベルの被疑者の黙秘権や弁護士との接見交通権が許されていないなど、日本とは異なる点が多数あります。
また、日本では再犯防止のために更生の機会を与えるという考えですが、良くも悪くもシンガポールでは厳罰で犯罪を抑止するという考えです。汚職にも厳しく、独立した汚職調査局 (CPIB) により政府高官や企業幹部を含む全ての市民が厳格に監視されます。CPIBが強力な調査権限を持ち、疑わしい活動や賄賂の受け取りに対して徹底的に取り締まりを行います」
「実際に、器物損害で鞭打ち刑が科された青年の事例があります。1994年、18歳のシンガポール在住のアメリカ人、マイケル・フェイ氏が器物損壊の罪で鞭打ち刑を受け、国際的な論争を引き起こしました。フェイ氏は道路標識を盗み、18台の車に落書きをした罪で逮捕され、鞭打ち刑6回を含む処罰を受けました。
この厳しい刑罰はアメリカ国内でも大きな注目を集め、当時の米大統領ビル・クリントンが介入し、鞭打ち刑が過酷すぎるとして慈悲を求めました。その結果、鞭打ちの回数は6回から4回に減少されました。多くのアメリカ人は、この暴力的な鞭打ち刑を野蛮だと批判しましたが、シンガポールの厳格な法律を評価する声もありました。
この事件は、アメリカとシンガポールの外交関係を一時的に緊張させることになりました」
「鞭打ちは、性犯罪のほか、窃盗、麻薬取引などの罪に科されることがあります。適用される対象は50歳までの男性に限られ、回数は最多で24回と定められていて、長さ1.5メートル程度の籐(ラタン)で作られた棒で、臀部を叩くものです。事前通告はないので、受刑者は判決が出た後に怯えながら過ごすことになります。
性犯罪は再犯率が高いため、体に痛みを刻み込まないと再犯に及ぶ可能性が高いとの考えも理解できます。先進国において身体的な苦痛を伴う罰則は珍しくもあり、国外から反対意見を受けることもありますが、国内では反対の声が目立つとは感じません」
栗田弁護士は、報道からわかる情報を前提として、今回の判決について「性的暴行がある意味で非人道的な行為とみなされた」と指摘する。
「個人的な見解ですが、裁判官の判断として、シンガポールは犯罪に対しては厳しい国だということを内外に示すために判決を出した可能性もあります。
つまり、シンガポール国民に対してはもちろん、外国人に対しても、厳罰をもって臨み、再犯を防止するという政策的判断も入っているのではないかと思いました。すでにこのようにして鞭打ち刑が話題になっていること自体、犯罪の抑制に働いているのではないでしょうか」
栗田弁護士のクライアントには、ビジネスのために日本からシンガポールを訪れる人も少なくない。
「我々のクライアントにも、シンガポールの刑法は非常に厳しく、軽微な犯罪行為でもビザが更新されず、シンガポールに滞在できなくなる可能性があることはお伝えしております。場合によっては、いきなり逮捕・拘留され、ビザをはく奪されて、国外退去にされるというケースもあるため、注意が必要です」
【取材協力弁護士】
栗田 哲郎(くりた・てつお)弁護士
シンガポール法(Foreign Practitioner Examination)・日本法・アメリカNY州法弁護士。2003年東京大学法学部卒業、04年弁護士登録。11年米・ニューヨーク州法弁護士登録。日本の大手法律事務所勤務やシンガポールの大手法律事務所などを経て、シンガポールを中心にアジア法務全般(M&A、国際商事仲裁等の紛争解決等)のアドバイスを提供。One Asia法律事務所代表弁護士。
事務所名:One Asia法律事務所
事務所URL:https://oneasia.legal/